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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』  作者: talina
カルテ⑤中年サラリーマン

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第21話 「透明な人」

 会議室の空気は、

 いつもより少し重かった。


 プロジェクターに映る資料。

 淡々と進む議題。

 誰もが、時計を意識している。


 高瀬 恒一は、手元の資料に視線を落としたまま、発言のタイミングを探していた。


 この企画。

 方向性は悪くない。


 でも、このまま進めば、現場が疲弊する。


 言うべきことは、頭の中にある。


 整理も、できている。


「――では、次の案件に移ります」


 司会の声。


 高瀬は、口を開きかけて、閉じた。


 結局、何も言えなかった。


 若手の一人が、軽い調子で口を挟む。


「それ、前の事例だと結構ウケましたよね」


「じゃあ、それで行こう」


 即決。


 高瀬の資料は、「参考資料」として画面の端に追いやられた。


 会議は、何事もなかったように進む。


 ――また、か。


 誰も、高瀬を無視しているわけじゃない。


 敵意も、悪意もない。


 ただ。


 見えていない。


 それだけだった。


 昼休み。


 社内のカフェスペースで、若手たちが笑っている。


 流行りの話題。

 仕事の愚痴。

 軽い冗談。


 高瀬は、少し離れた席で、コーヒーを飲む。


 混ざれないわけじゃない。

 話せば、きっと受け入れられる。


 でも。


 話しかける理由が、見つからない。


 午後。


 部下からの報告を受ける。


「これで、進めておきますね」


「……ああ、お願いします」


 声は、自分でも驚くほど、弱かった。


 定時。


 オフィスを出ると、空はすでに暗い。


 電車に揺られ、家に帰る。


「ただいま」


「おかえり」


 妻の声。


 台所から、同じトーンで返ってくる。


 娘は、自分の部屋。


 ドアは閉まっている。


 夕食の席。


 テレビの音。

 箸の音。


「学校、どうだ?」


 高瀬が聞くと……。


「普通」


 短い返事。


 それ以上、会話は続かない。


 風呂を済ませ、寝る前。


 洗面所の鏡に、自分が映る。


 少し薄くなった頭頂部。

 無理に分けた前髪。

 疲れた目。


 昔と、ほとんど変わっていない。


 変わったのは、周りだけだ。


 高瀬は、鏡から目を逸らした。


 ――俺は、いつから、こんな存在になったんだろう。


 誰にも嫌われない。

 誰にも頼られない。


 ただ、そこにいるだけの人。


 翌朝も、同じスーツを着て、同じ分け目を作る。


 家を出る前、玄関で一瞬、立ち止まった。


 このままで、いいのか。


 答えは、出ない。


 ただ、胸の奥に残るのは……。


 「まだ終わりたくない」


 という、小さな感情だけだった。

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