第17話 「届いていない」
その日は、授業参観だった。
白石真帆は、黒板の前に立ちながら、教室の後ろに並ぶ保護者たちを意識していた。
緊張はない。
準備は、いつも以上にしてきた。
今日のテーマは、「自分の考えを言葉にする」。
将来、必ず必要になる力だ。
「それじゃあ、この問題について考えてみましょう」
真帆は、ゆっくりと問いを投げる。
子どもたちは、ノートに向かう。
静かだ。
悪くはない。
秩序は、保たれている。
「誰か、発表できる人はいますか」
手が、上がらない。
少し待つ。
――待てば、考えは出てくる。
そう信じている。
けれど、沈黙は長くなるばかりだった。
「……じゃあ、この中から一人」
名前を呼ぶと、その子は、びくっと肩を揺らした。
「……分かりません」
教室の後ろで、誰かが小さく息を吸う音がした。
真帆は、責めない。
「大丈夫。分からない、って言えたのは大事です」
そう言って、別の説明に切り替える。
参観は、滞りなく終わった。
拍手もない。
でも、問題もなかった。
――はずだった。
放課後。
職員室に戻ると、教頭に呼び止められた。
「白石先生」
「はい」
「今日の授業参観、保護者から少し声がありまして」
胸が、わずかに締まる。
「子どもが、委縮しているように見えた、と」
委縮。
その言葉が、真帆の中で反響する。
「真面目で、内容もよく考えられている。それは間違いありません」
フォローだと、分かっている。
「ただ……少し、硬い印象を持たれたようで」
真帆は、黙って頷いた。
反論は、できなかった。
事実だから。
帰り際。
校門の外で、保護者の会話が耳に入った。
「勉強にはいい先生なんだけどね」
「うちの子、ちょっと怖いって言ってて」
足が、止まる。
聞いてはいけないと、分かっている。
でも、耳は閉じられなかった。
「佐藤先生のクラスは、楽しそうで羨ましい」
その言葉で、何かが、静かに折れた。
自分は、間違っていない。
そう言い聞かせてきた。
でも。
伝わっていない。
それだけで、十分に苦しかった。
帰り道。
真帆は、あの美容室の前に立っていた。
昨日と同じ場所。
看板は、小さく、派手さはない。
でも、なぜか落ち着く。
――変わる必要が、あるのか。
――変わらないと、だめなのか。
答えは出ない。
ただ。
「このままでは、何も変わらない」
それだけは、はっきりしていた。
真帆は、ドアノブに手をかける。
そして、一度、深く息を吸った。
カラン、と小さな鈴の音が鳴った。




