第16話 「正しいはずなのに」
朝の職員室は、少しだけ騒がしい。
「先生おはよー!」
「今日、図工ある?」
元気な声が飛び交う中で、白石真帆は、静かに席に着いた。
出席簿を整え、今日の時間割を確認する。
忘れ物チェック。
連絡帳の確認。
やるべきことは、分かっている。
いつも通りだ。
「白石先生」
後輩教師の声がした。
振り返ると、同じ学年を担当する佐藤が、笑顔で立っている。
「今日の朝の会、合同でどうですか?子どもたち、歌うの好きで」
「……はい。問題ありません」
答えながら、真帆は胸の奥で小さく息を吐いた。
佐藤は、子どもに人気がある。
声が明るく、距離が近い。
冗談も言う。
悪い人ではない。
むしろ、いい先生だ。
――分かっている。
それでも。
教室に入ると、空気の違いははっきりしていた。
「白石先生だ」
小さな声。
悪意はない。
ただの事実の確認。
「席に着きましょう」
真帆が言うと、子どもたちは素直に従う。
騒がない。
でも、寄ってこない。
黒板の前に立ち、朝の会を進める。
「今日は――」
話している間、子どもたちの視線は、真帆の向こうを通り過ぎている。
聞いていないわけじゃない。
でも、楽しそうでもない。
それが、ずっと続いていた。
授業中。
「ここ、大事です」
真帆は、丁寧に説明する。
将来、必ず役に立つ内容だ。
子どもたちのため。
本気で、そう思っている。
けれど。
休み時間になると、子どもたちは一斉に佐藤のクラスへ集まる。
「先生見てー!」
「これ描いた!」
笑い声。
真帆の教室には、誰も残らない。
給食の時間。
配膳はスムーズ。
マナーも守られている。
でも、会話は少ない。
「静かに食べましょう」
言った瞬間、自分の声が少し硬いことに気づく。
――私、キツいのかな。
午後の授業が終わり、放課後。
職員室に戻ると、保護者からの連絡メモが置かれていた。
「うちの子が、白石先生は少し怖いと言っていて……」
胸の奥が、きゅっと縮む。
怖い。
叱っていない。
怒鳴ってもいない。
ただ、真剣なだけなのに。
帰り道。
夕方の風が、頬をなでる。
真帆は、立ち止まって考える。
自分は、間違っているのだろうか。
子どもの将来を考えることは。
甘やかさないことは。
厳しさを伝えることは。
答えは、出ない。
ただ、胸に残るのは……。
「好かれていない」という事実だけだった。
ふと、路地裏の小さな美容室が目に入る。
ガラス越しに見える、柔らかな灯り。
理由は分からない。
でも。
なぜか、足が止まった。
――少しだけ、変わりたい。
そんな気持ちが、胸の奥で、初めて芽生えていた。




