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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』  作者: talina
カルテ③過去のある女

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第14話 「向き合う場所」

 会場の空気は、思っていたよりも、普通だった。


 笑い声。

 グラスの音。

 昔話。


 橘ひとみは、壁際に立ったまま、それらを遠くから見ていた。


 誰かに囲まれることもない。

 でも、避けられている感じもしない。


 ――これで、いい。


 そう思ったときだった。


「……久しぶり」


 聞き覚えのある声。


 振り返る前から、誰か分かっていた。


 あの頃、よくぶつかった相手。


 強くて、意地っ張りで、譲らなかった人。


 彼女は、大人になっていた。


 派手ではない。

 でも、落ち着いている。


「久しぶり」


 ひとみは、逃げずに答えた。


 それだけで、胸の奥が、少しだけ軽くなる。


「……元気だった?」


「それなりに」


 言葉は、必要最低限だった。


 沈黙が落ちる。


 気まずい、というより、測っている沈黙。


 どちらが先に踏み込むか。


 ひとみは、息を吸った。


「……あの頃のこと」


 相手の視線が、一瞬だけ、鋭くなる。


 でも、逃げなかった。


「私は、言い過ぎた」


 それだけ。


 言い訳もしない。

 正当化もしない。


 相手は、少しだけ目を伏せた。


「……私は」


 ゆっくりと、言う。


「あなたが嫌いだったわけじゃない」


 ひとみは、何も言えなかった。


「似てたんだと思う」


 相手は、苦笑する。


「だから、引けなかった」


 それは、責任の放棄ではなかった。


 事実の共有だった。


「……」


「でも、あの空気を作ったのは、あなただった」


 はっきりと、そう言われる。


 胸が、少し痛む。


「……うん」


 ひとみは、頷いた。


「それは、私も、そう思ってる」


 謝罪の言葉は、口にしなかった。


 許される前提で、言いたくなかった。


 相手は、しばらく黙っていた。


 やがて。


「今、ちゃんと立ってるね」


 そう言った。


 驚くほど、静かな声だった。


「それだけで、私は、もういい」


 許す、とは言わない。

 忘れた、とも言わない。


 でも。


 終わらせる、と言われた気がした。


「……ありがとう」


 ひとみは、初めて、そう言った。


 会話は、それ以上、続かなかった。


 でも、それで十分だった。


 帰り道。


 夜風が、少し冷たい。


 ひとみは、足を止めて、空を見上げた。


 許されたわけじゃない。

 過去が消えたわけでもない。


 それでも。


 逃げなかった。


 それだけで、胸の奥に、静かなものが残っている。


 スマホを見る。


 あの美容室の名前が、まだ履歴に残っていた。


 ――もう一度、行こう。


 今度は、何かを決めるためじゃない。


 ただ、前に進んだ自分で、座るために。

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