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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』  作者: talina
カルテ①銀行員

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第1話 「その髪型は、あなたのせいじゃない」

銀行の窓口は、いつも静かな戦場だった。


「次の方、どうぞ」


 声を張らなくても、順番は機械が教えてくれる。

 マニュアル通りの笑顔。角度三十度のお辞儀。

 制服に乱れはない。書類のミスもない。


 それでも――。


「……あの人、なんか地味よね」


 背後から、そんな囁きが聞こえた気がした。


 私の名前は篠宮ひかり。二十七歳。地方銀行の窓口担当。

 資格は誰よりも持っている。金融知識も、法改正も、商品理解も。

 それなのに、営業成績はいつも下から数えた方が早かった。


 理由は、分かっている。


 鏡に映る、自分の姿のせいだ。


 生まれつきの強い天パ。

 どれだけ整えても、湿気で膨らみ、うねり、広がる。

 真面目に結んでも「疲れてる?」と聞かれるし、下ろせば「おばちゃんみたい」と笑われた。


 学生の頃、ついたあだ名は――

 「ひかりおばちゃん」


 銀行に入ってからも、それは変わらなかった。


「篠宮さんは、知識はあるんだけどねえ」

「もう少し、華があればね」


 上司は悪気なく言う。

 悪気がないからこそ、逃げ場がなかった。


 今日も仕事帰り。

 駅前を歩きながら、ショーウィンドウに映る自分を見て、ため息をつく。


 ――どうして、私だけ。


 そのときだった。


「……新規オープン?」


 路地裏に、見慣れない美容室があった。

 木目調の扉。派手な看板はない。

 ただ、小さくこう書かれている。


『あなたの“なりたい姿”、切ります』


 気づけば、私は扉に手をかけていた。


 カラン、と鈴の音。


「いらっしゃいませ」


 中から現れたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。

 年齢は三十代前半だろうか。

 派手ではないのに、不思議と目を引く。


「今日は、どうされました?」


 聞かれて、言葉に詰まる。


「……その、髪が……」


 鏡に映った自分を見て、喉が詰まった。


「ずっと、これで。何をしても、うまくいかなくて……」


 美容師の女性は、私の髪にそっと触れた。

 驚くほど、優しい手だった。


「大変でしたね」


 それだけで、胸が熱くなる。


「でも」


 彼女は、はっきりと言った。


「その髪型は、あなたのせいじゃない」


 私は顔を上げた。


「顔の輪郭、首のライン、目の位置……本当は、すごく整ってます」


 初めて言われた言葉だった。


「似合う髪型に、出会ってないだけ」


 鏡越しに、彼女の目が真っ直ぐに私を見る。


「一ヶ月だけ、人生を変えてみませんか?」


 冗談だと思った。

 でも、断る理由もなかった。


「……お願いします」


 そう言った瞬間、彼女は、少しだけ微笑んだ。


 それが、私の人生が静かに音を立てて動き出した瞬間だとは……まだ、知らなかった。

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