22:ヴァンパイア
暗雲立ち込める森の奥に、不気味にたたずむ城があった。
戦争で敗北し魔族に捕らえられたシュルケル王子は、その城に収監されていた。
「ここから出せ!! 私は王族だぞ!! こんな扱いが許されていい身分ではない!!」
シュルケル王子が収監された場所は、冷たい石でできた牢獄であった。本来ならば王族がそんな場所に収監されるはずはないのだが、魔族にその常識は通用しなかった。
「こいつうるさいな兄者・・・・」
「ああ弟よ・・・水でもかけておくか?」
そう言って現れたのは、牢の番を任された2人の魔族の兄弟だった。
彼らは頭にそれぞれ1本の角を生やし、1つ目であった。その肌は青く、髪の毛は生えてはいない。2人とも原始人のような服装をしており、その知性は人より低いように見えた。その2人は種族名で、ただ【1つ目】と呼ばれていた。
バシャ~ン!!
「ぐはっ! 何をする!?」
突然顔に水を掛けられたシュルケル王子が、2人の1つ目に憤る。
「こいつ余計にうるさくなったぞ?」
「もう1回水を掛けるか兄者よ?」
「な! 止せお前達!」
バシャ~ン!!
その兄に対する質問が終わる間もなく、弟から再び水が投げかけられた。シュルケル王子はすでに、上から下までびしょぬれであった。
「無体な真似は止すがよい1つ目達よ・・・・」
そう言って現れたのは、聖騎士軍を敗北に追いやった魔族の1人・・・リュウマだった。
「びしょぬれではないか? デネシェリ・・・・トロッケン!」
「ひっ!」
リュウマがそう唱えると、シュルケル王子は怯える。ただその直後シュルケル王子の服は、見る間に乾燥して、びしょぬれの髪や服は乾いていった。
リュウマは古代魔法だけでなく、詠唱魔法にも精通しているのだ。
「貴様の処遇が決まったぞシュルケル・・・・」
シュルケル王子の全身がすっかり乾ききると、リュウマはそう口を開いた。
「私の今後の処遇など聞くまでもない・・・・おおかた身代金目的の人質であろう?」
人族であれば敵国の王族を捕虜として捉えた場合、身代金または、それに応じた有利な交渉、財宝を要求するものであった。それゆえシュルケル王子には、まだ余裕がみられたのだ。
「いや・・・・。残念ながら貴様の処遇は死罪に近いものであるな・・・・」
「はあ?」
ところがリュウマの口から告げられたその言葉は、予想だにしないものであった。
捕虜である王族に対するいきなりの死刑宣告・・・・・
その有り得ない魔族の決断に、シュルケル王子は唖然とする他なかった。
「馬鹿な! 私はラークスム王国第3王子であるぞ!! その私が・・・・裁判もなしに死刑だと言うのか!?」
シュルケル王子は動転し、憤り、そう喚き散らした。
「ふむ・・・・。だが無抵抗な者を一方的に死に至らしめる行為は、魔族にとって美徳ではない・・・・。ゆえに貴様にチャンスをやろう・・・・」
リュウマがそう口にすると、その背後に影が立った。やがてその影はゆらりと、女の姿をとったのだ。
「わたくしはヴァキア・・・・。リュウマ様に仕える者の1人である」
それは銀髪に黒いドレスに身を包んだ、妖艶な感じのする女であった。その口からは牙を覗かせ、彼女がいかなる種族であるか、容易に想像がつく容姿であった。
「ヴァンパイアか・・・」
シュルケル王子はヴァキアという女を睨みつけそう呟いた。
「貴様がこの者に勝てば、貴様の処遇については考え直そう・・・・」
そう言うとヴァキアという女は、牢を開け中に入り、シュルケル王子の足元に、あるものを投げつけた。
カランカラン!!
「馬鹿め! これさえあれば再び私は勇者の力を振るえる・・・・!」
シュルケル王子の足元に投げ出されたのは、シュルケル王子の剣と、雷鳴の指輪だったのだ。
シュルケル王子はすぐさま足元から、剣と雷鳴の指輪を拾い上げると、指輪をまずその指にはめ、剣をヴァキアに向けた。
そしてゆっくりと立ち上がり、ある呪文を唱えた・・・・
「テンララーミシ・・・・・ドンナー!!」
ガガガガ! バリバリ!!
すると指輪が輝き、周囲に電気が走った。その電気は広範囲にわたって広がり、相対するヴァキアだけでなく、牢屋の外にいた、リュウマにも感電した。
「はははははは! 馬鹿な奴らめ! 油断するから痛い目を見るのだ!」
その様子にシュルケル王子は、高笑いをする。
「ふむ・・・・。確かに油断はしておるが・・・この程度痛みすら感じぬぞ?」
「はあ?」
シュルケル王子が見ると、そこには何事もなく、リュウマが立ちつくしていた。
「そうですね・・・・。人族はこの程度で卒倒してしまうのでしょうか? だとしたら非力なものです・・・・」
そして相対していたヴァキアにも、その雷撃が通じることはなかった。
スタンガンなどの感電させる武器は、人間などには効果があるが、熊や象などの野生動物には、不快にさせるだけで、その効果はあまり見られない。同様に目の前の魔族にも、その雷鳴の指輪の放つ、電撃の威力は弱すぎて、まったく効果を見せなかったのだ。
「ば、馬鹿な・・・・!」
その様子にシュルケル王子は唖然とする。
「その不意打ちは手段としてはいいかもしれんが、我々の美徳としては、どうもいただけんな・・・・」
「ひっ!」
そう言ってリュウマがシュルケル王子を睨みつけると、シュルケル王子は怯えたようにしり込みする。
「ま、まだ私にはこの剣がある! この剣は王族だけが所有を許される名剣だ! この剣で貴様の心臓を貫いてやる!」
そう言ってシュルケル王子は、相対するヴァキアに、今度は剣を向けた。
「ほら・・・。ならちゃんと狙え? 心臓ならここにあるぞ?」
するとヴァキアは小馬鹿にしたように、自らの心臓の位置を指し示しながら、シュルケル王子にそう口にした。
「馬鹿にするなあああ!!」
ズシャ!!
そして怒りに任せてシュルケル王子が、剣を突き出すと、なんとあっさりとその剣は、ヴァキアの胸を貫いたのだ。その位置はまさしく、心臓の位置かと思われた。
「は・・・、ははは! 馬鹿が! 拍子抜けとはこのことよ! 約束は守ってもらうぞ魔族ども! これで私は解放だ!!」
シュルケル王子は高らかにそう宣言するが、リュウマはそもそも処遇は考え直すと言ったものの、解放するとは一言も言っていないのだ。
そのことを忘れ、シュルケル王子は目の前の勝利に、ただ有頂天となっていた。
「何を言っておるのだ? まだ決着などついておらんではないか?」
するとリュウマは、意外なこと口にしたのだ。ヴァキアというヴァンパイアは、確かに心臓を貫かれたのだ。シュルケル王子は以前グレゴリウス司祭より、魔族の中にいるというヴァンパイアの弱点について聞かされていた。その弱点の1つが、心臓だったのだ。にも拘わらずリュウマは余裕な様子でそう口にしたのだ。
「はあ? いったい何を言って・・・・」
「残念だったな・・・・人族よ。わたくしはこの程度では死なん・・・・」
そしてその直後、死んだはずのヴァキアの口から、そう言葉が紡がれたのだ。
「ば、馬鹿な! 確かにこの剣は今心臓を貫いて・・・・」
シュルケル王子が見ると、確かにその剣は、心臓の位置を貫いていた。
「貴様が心臓心臓と騒ぎ立てるので、狙ってるのはわかり切っていた。だから心臓の位置を移動させておいたのだ」
ヴァキアは自らの心臓の位置を、自由自在に変える特技を持っていた。それゆえヴァキアの心臓を捉えるのは、至難の技となるのだ。
バキン!!
「ごふっ!!」
直後ヴァキアは無防備となっていた、シュルケル王子の右頬を拳で殴打した。するとシュルケルは王子は、無様に吹き飛び、地面に転がった。
「こらこらヴァキアよ・・・・。その体にはまだ利用価値があるのだ。あまり壊すのではないぞ?」
「心得ておりますリュウマ様。我が眷属になれば、どんな傷もたちどころに治ることでしょう」
「はあ? 眷属だと?」
シュルケル王子はそのヴァキアの言葉に、苦笑いをしながら相槌を打つ。
ヴァンパイアの眷属とは、血を吸われその傀儡となった者を指し示すのだ。そしてその眷属となった者は、グールと呼ばれる魔族となるのだ。シュルケル王子の信仰する創世新教において、それは最大の堕落であって、屈辱であった。
「嫌だあああああ!! 魔族になどなるくらいなら死んだほうがましだ!!」
その言葉にシュルケル王子は、逃げまどい喚き散らす。
「安心しろ・・・・。貴様にその精神は残らん・・・・。眷属にする前に殺しつくすからな。貴様のような醜い心根の者は、我が眷属にはいらんからな」
そのヴァキアの言葉を最後に、シュルケル王子の視界は急に暗くなった。そして激痛が体中を駆け巡り・・・・・
「ぎゃあああああああ!!」
シュルケル王子は最後の時を迎えたのだ。絶望と共に・・・・
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