23:突きの達人とマヤ
マークベン視点~
あっしはそのガキに言われるがまま、その隙を見送った。だがそれはただそのスキルが、見たいだけが理由じゃねえ。そう言って隙をわざとつくり、相手を誘うのは、奇襲の常とう手段でもあるからだ。
あっしがその時最も警戒したのは、目の前のガキじゃねえ。向こうの方で立ちまわっている、でかい白虎の方だ。あのガキは明らかに何らかの方法で、あの白虎と会話をしていた。すると何らかの罠を仕掛けていても可笑しくはねえ。だからあっしはその時、不用意に踏み込まず、隙を見送ったのさぁ。
夜の月明かりが照らす中、あっしはその小さく、狂暴なガキと、向かい合ったまま立ち尽くす。目の前の小せえガキの目光が、今度は青から赤に変化し、強く光りやがった。不気味にもほどがあらぁ・・・・
そのガキはこのあっしにさえ、そのスキルはどうにもできねえと、豪語しやがった。それがどんなスキルか気になりはするが、命を落とす気は微塵もねえ。
大きな魔力をもつ者は、魔法を行使する際に、そうやって目を光らせることが多い。これは明らかに大魔法の前兆だ。だが辺りは静まり返り、まったくその予兆すら見せねえ。
ここはファントムを駆使して、幻影を作り上げ、その魔法を回避するのがいいだろう。その幻影は周囲に魔力を霧散させ、あっしの位置をさらにわかりにくくするが、同時に消費魔力が大きく、あっしのような魔力の低い者は、一回こっきりの使用が限界だ。その上そのガキが何をしても対応できるように警戒すりゃあ、大概の攻撃には対処できるはずだぁ。今までのようになぁ。
このあっしにどうにもできねえ技なんて、存在しねえんだからよぉ・・・・
それになにより、自信を持って繰り出した技を、破られた人間の絶望の表情ってのはいつ見てもたまらねえ。目の前のガキが、いったいどんな表情を見せてくれるか楽しみだ。あっしは絶望に震えるそのガキに、容赦なくこの剣を突き立ててやるのさ。
ふとサッチャーの野郎に目をやると、すでに部下2人を氷漬けにされ、本人は逃げ回っている状態だ。こりゃああっしの参戦を、期待している感じだな・・・・遊んでばかりもいられねえか?
「最後に名前を伺っても?」
気付くとそのガキは、あっしに名を尋ねて来やがった。
「はは! 最後かい? 怖いねえ・・・・。あっしはマークベンってんだ。冥土の土産にもするといいさぁ」
「ワタシは・・・マヨネーズです・・・」
マヨネーズか・・・・不思議な響きのする名前だぁ・・・・
そしてマヨネーズからは狂暴な気配が発せられ、刻々と死の気配が、あっしに迫ってきやがった。
サッチャー視点~
戦闘開始と同時に、そいつが軽く白い息を吐くと、あっという間に手練れの部下、ロバンとカイスが、氷の彫像になっちまった。恐ろしい怪物だ。まるで息をするように、人を凍らせやがる。
「グルルルルル!!」
その毛皮は厚く頑丈で、剣の刃すら一切通らねえ。毒付きの投擲武器も、俺の手斧も、全てその毛皮で、弾かれちまう。
「ガルゥウウ!!」
「ぐあっ!!」
ロングソードを振りかぶり、接近戦に持ち込んだトスカンが、軽く小突かれただけで吹き飛び、吐血して動かなくなった。圧倒的なまでの戦闘力の差・・・・。これが人間と聖獣という化け物の、大きな違いなんだろうよぉ・・・・
「野郎ども! こうなりゃあ逃げの一手だ! マークベンの野郎がこちらに参戦するまで耐えるぞ!」
マークベンの野郎は、人でなしだが化け物だ。彼奴が加われば、この形勢は一気に覆るだろう。だがそのマークベンの野郎は、あのガキに苦戦を強いられ、一切参戦する気配は見えねえ。
「ぐあああああ!」
それどころか今度はノランが、今しがた氷の彫像と化したところだ。絶体絶命とはこのことだ。そして程なくして、ウジュが不意を突かれ、軽く小突かれ絶命した。
そして俺の目の前の、その白い大虎が、徐々に俺との間合いを詰めてきやがった。続けて白虎は白い息を吐きやがった。そこで絶望的なまでの・・・・凍てつく恐怖が・・・・俺を襲った。
マヤ視点~
「突きの達人!!」
ワタシがその魔法を行使すると、途端に辺りの風景の流れが遅くなり、極限なまでに、意識が研ぎ澄まされた。その突きはある達人が、一生のうちに一度だけ放てたという、奇跡的な突きだ。その突きを今からワタシは、大量の魔力を消費して放とうというのだ。
標的となるひょろ長い男は、警戒を深め、幻影魔法に逃げたようだが、今のワタシにそれは効果を成さない。なぜなら今のワタシは、全感覚を駆使して、標的を見ているからだ。男のうっすらとした気配が、今のワタシには色濃く見えている。
手に持った黒塗りの短刀が、まるで体の一部であるかのように軽くなり、ワタシのその動きをさらにアシストする。
そしてワタシは・・・渾身の突きを、繰り出したのだ。
その一撃の突きは、不思議と何発も突きを放ったような感覚と影をつくり、やがて吸い込まれるようにその男の胸に・・・・いや剣を持つ、利き腕である左腕に重なった。
やがてワタシの黒塗りの短刀に・・・・重力が戻ってくる。
「ぬはぁああ!!!」
同時にマークベンの悲鳴が響き、左腕の腱が断裂した。あの怪我ではもう剣は握れないだろう。マークベンの握っていた剣はそのまま空を舞い、地面に突き刺さった。しばらくマークベンは、何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くしていた。
「す・・・すんげえ・・・突きだ・・・・」
やがてマークベ は、不気味な笑顔で、ワタシの突きを称賛する。そんなマークベンの喉元に、ワタシは黒塗りの短刀の切っ先をつき当てた。
「降参してくださいますよね・・・?」
「ああ・・・。あっしの負けでさぁ・・・・」
するとマークベンは、あっけなく降伏を口にし、そのまま地面に膝を突いた。顔に不気味な笑みを張り付けたままで・・・・
これでいい・・・・不用意に、人の命を奪うことはないのだ・・・・
ガキ~ン!!
だがその直後目の前の男、マークベンは氷の彫像と化したのだ。その後ろには白虎となった、カロンが険しい表情で、白い煙を吐きつつ、立ち尽くしていた。
「なんで・・・・? カロン・・・・。その男はもう・・・・」
ワタシは目の前の光景が信じることができず、ただ茫然とした。降参したはずのマークベン は、容赦なく今凍らされて、絶命したのだ。
『君は本当に甘いねえマヤ・・・・。その男の右手をよく見てみるんだ』
「まさか・・・ナイフ・・・・?」
マークベンの右手を見ると、投擲用と思われるナイフが、隠すようにして握られていたのだ。今しがたワタシは、油断して、命を落としかけていたのだろう。
『マヤ・・・・これは殺し合いなんだ。奪わなければ君の命が・・・仲間の命が危険に晒されるんだ。そこのところを・・・・よ~く考えてみることだね・・・・』
ふと周囲を見渡すと、全ての襲撃者が凍らされ、又は倒れ伏し、命を落としていた。その残酷な様子を、ワタシは目を丸くして見ていた。
そしてワタシは、その時初めて自覚した。この世界はあの平和だった、前世の世界とは、まったく違うということを・・・・相手を殺し損ねたがために、命を落とすことさえある・・・ここはそんな世界だ。その事実にワタシは、ただ・・・・わなわなと、戦慄する他なかった。
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