20:海への逃避行とマヤ
「マヤ・・・・お前は本当にそれでいいのか?」
「はい! ワタシは海へ行き、しばしバカンスを楽しんでまいります!」
遡ること数日前。ワタシは評判のよろしくない、村長の魔の手から逃れるため、海を目指すことを決意していた。
海に行くためには、あの危険な森を超える必要があるし、砂浜にはデスキャンサーだっている。誰もこんな幼女が、危険な海に向かったなどとは思わないだろう。もし居場所が分かったとしても、追いかけるのは困難だ。あの魔物蔓延る森を抜け、海に向かうことが出来るのは、高ランク冒険者ぐらいだからだ。
ヴィルおじさんからは、バルタザール家の庇護下に入ることを勧められたが、それではそのバルタザール家に、仕える必要が出てくる。
ワタシは自由な冒険者になりたいので、冒険者になれる最低年齢の6歳になるまで、姿をくらまそうと心に決めたのだ。
『心配いらないよヴィル。念のためボクもマヤに同行するし、今更マヤがこの周辺の魔物に後れを取るなんてことはないだろう』
「聖獣様が一緒なら心配はいらないでしょうが・・・・」
「それよりもペトラちゃんを、一刻も早く安全な場所へ届けてあげてください」
「わかった・・・・恩にきる。だがお前も無茶だけはするな? お前だってまだペトラと同じ幼い子供なんだ・・・・」
ヴィルおじさんはそんなワタシを、心配そうに見つめながらそう口にした。
これまで世話を焼いてくれた、親代わりのヴィルおじさんに心配をかけるのは、少し気が引ける。だがワタシがこの村にいては、余計に心配をかけることになるだろう。
ワタシがヴィルおじさんに、心配をかけないくらい強くなれば、いつかはこの村にも、帰って来れる日が来るかもしれない。
『マヤ、せっかくだからボクの背中に乗りなよ。その方が海にはすぐに到着するし』
そう言ってカロンは巨大化すると、子猫から白虎の姿となった。その毛並みは見かけによらず、もふもふなのだ。
「それではヴィルおじさん。村の人達にはよろしくお伝えください」
「ああ。任せておけ。お前も元気でな・・・・」
最後にヴィルおじさんと別れの挨拶を交わすと、ワタシはカロンに跨り、さっそうと森の奥へと入って行った。
植物庭園のことは、村の人に任せてあるし、心配はないだろう。
あの崖に残した、知恵の実のことは少し心配だが、あの場所がそう簡単に、見付かることはない。それに知恵の実の木は特別な木だし、他の木に比べると、丈夫な方だと確信している。もしあのまま放置されたとしても、簡単に枯れることはないだろう。
「ペトラちゃんは無事にバルタザール家へ行けたでしょうか?」
『街までは5日はかかるし、そんなに早くは到着しないよ』
シムザスの街までは歩いて5日もかかる。魔物も出るし危険な旅だ。前世から考えれば、そんな過酷な旅は考えられない。だがこの世知辛い異世界では、それが当たり前なのだ。
ペトラちゃんはこれからヴィルおじさんに連れられ、村人の一行と共に、そのシムザスの街を目指すという。大変な道のりだろうが、頑張ってその旅路を乗り越えてほしい。
バルタザール家にの庇護下に入れば、ペトラちゃんに手出しできる、悪い貴族はいなっくなると聞いている。その事情を察すれば理解できなくはないが、まだわずか5歳のペトラちゃんが、親元を離れて、奉公へ向かうことになりそうだという話を聞けば、複雑な気分にもなってくる。その原因の一端が、ワタシにあるということも、心に棘となって引っかかる。
バルタザール家は領主に仕える騎士の家系だという。評判の悪い領主と比べ、領民からの評判も悪くない。だがこの世知辛い異世界の基準を考えると、ペトラちゃんがあまり良い生活を送れるとは思えない。
確かにあのいつ魔物に襲われるか知れない、危険なボーロ村よりは、バルタザール家のあるシムザスの街に住む方が、格段に安全なことは確かだ。シムザスの街は高い城壁に囲まれ、魔物が入ってこれないようだからね。
「もしバルタザール家がペトラちゃんに酷いを扱いをしていたら、ぶっ飛ばしてやりましょうかね!」
『おいおい・・・・。物騒なことは言わないでおくれよ・・・・』
カロンは風のように森を走り抜け、木々を飛び移り、魔物の群を突き抜け、風景がまるで飛ぶように過ぎ去っていく。
そして瞬く間に青い海の景色が、ワタシの目の前に広がった。
当面の目的は、この海辺の土地を住みよい土地に、変えていくことだろう。そのためには、少しでも多くの、デスキャンサーを狩る必要がある。
以前はヴィルおじさんや、冒険者達の手を借りての狩りだったが、これからはなるべく1人で、狩れるように努力していくつもりだ。もちろんカロンはその狩りに、手を貸してくれるだろう。だがいつまでのカロンの手を借りていては、ワタシ自身の成長につながらない。
この世知辛い異世界で、美食を人々に広め、マヨネーズを開発していくには、相当な困難に立ち向かって、いかなければならないだろう。その困難に立ち向かうためにも、ワタシは今よりもっと強くならなければならないのだ。
ワタシは異世界の海を眺めながら、そう決意したのだった。
ワタシの旅は、今始まったばかりだ!
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