19:マヤという少女2
ボーロ村村長ネディン視点~
儂はボーロ村を統治する村長のネディン・カワードだ。
ボーロ村は深い森に囲まれ、その森には多くの魔物が生息しているという。その防壁は脆く、度々魔物が侵入してくるような危険な村だ。村の麦畑の存在は大きいが、儂が直接その村に住む必要はない。
儂は城壁に囲まれた、この安全なシムザスの街に住み、ボーロ村の方は、あのいけ好かない妹の、アビィーに任せていればよいのだ。
「ふん! それで・・・・手紙にはなんと書いてあるのだ・・・?」
儂はかさこそと手紙を開き、その内容を読み始めた。
定期的に妹のアビィーからは、報告の手紙が届く。今回ももちろんその手紙だ。
以前は村での貧乏な生活がどうとか、愚痴ばかり書いてあったが、最近はその内容も違ってきている。その内容はどれもこれも、あの拾われ子で忌み子の、マヤという少女のことばかりだった。
「マヤがあの貧しいボーロ村を、果樹や野菜で溢れさせただと?」
狭い土地しか持てないボーロ村の連中は、いつも貧しくしけた面をしていた。そんな村の奴らに、最近笑顔が絶えないと言う。
「アビィーは貧しい生活のあまり気でも触れたのか?」
マヤに魔法が発現したことは、手紙で知っていたが、魔法が発現して間もない子供に、そんな常識離れしたことは、とても出来ないだろう。そんな非常識な内容を、手紙にしたためるとは、いよいよアビィーの奴も、発症寸前ということなのか?
だが報告によると、めでたいことに、村から2人目の魔法使いが、誕生していたという。村の魔法使いの誕生は、村長であるこの儂の、大きな手柄となる。
彼らが王都の魔術学園に入学して、技術を習得し、魔術師となれば、儂は2人の魔術師を生み出した村の村長として、褒美を賜ることができるだろう。場合によっては昇爵されることも有り得る。
それがあのいけ好かない、ヴィルの娘だということが、気に入らないが、それでも儂に益があることは間違いない。
「ネディン様・・・・今回は手紙と一緒にこちらが・・・・」
使用人が籠の中を見せると、その中に、いくつかの赤い木の実が入っていた。
「見慣れない木の実だな? もしかして手紙にあった知恵の実に似た木の実か?」
アビィーの手紙には、村の木の実の中には、大変甘い、知恵の実によく似た木の実があると書かれていた。するとアビィーの書いた、マヤが村に溢れさせたという、野菜や果樹については、全てが妄想ではないということだろうか?
「おいお前! この木の実を1口食べてみろ!」
アビィーのやつは、昔から儂に劣等感を抱き疎んでいた。もしかしたら毒を含んだ、木の実の可能性もある。見慣れない木の実ではあるし、警戒に越したことはない。
「は、はい! ただいま・・・・シャリ・・・・」
命じた使用人は恐る恐る、その木の実を口にした。
「甘い! 甘くて凄く美味しいです!」
「なっ! 本当か!? そいつをよこせ!」
使用人からその木の実を奪い取ると、儂もその木の実に齧りついた。
「シャリ・・・!!」
儂はその木の実を、1口口に含んで驚いた。
その木の実は今まで味わった、どの木の実よりも甘く、そして上品な香りまでしたのだ。それは間違いなく金になる、木の実に違いなかった。
「おい! お前達! 明日にでもボーロ村に向かうぞ!」
儂はさっそく使用人に命じて、ボーロ村に向かう準備を進めた。
儂はこの目でボーロ村を、確かめねばならなかった。もしこの手紙にあるように、このような木の実が、その小娘に実らせることが可能ならば、そこから商機を見出すことだってできるのだ。
更にその小娘を上手く使い、この手紙に記されたような作物を育てれば、儂は大富豪にだって、なれるかもしれない。
それにはまず、あのマヤとかいう小娘を、確保する必要があるだろう
ガタガタガタ・・・・
「ネディン様! 前方から人影が見えて参りました!」
街から3日程馬車を走らせたその日、使用人が前方に人らしき姿をとらえた。
「ヴィルか?」
儂が確認したところ、それはボーロ村の自警団を任せていたヴィルだった。
ヴィルは数人の村人を率いて、シムザスの街を目指しているのだろう。
「納税にはまだ早い時期だが、なぜこんなところへ?」
儂は馬車を止めさせ、ヴィルと会い、直接尋ねてみた。
ヴィルがシムザスの街へ向かうとすれば、納税の折の護衛などでだ。そのヴィルが納税以外で、シムザスの街に何の用事があるというのだろうか?
「末娘をバルタザール家の庇護下に入れてもらうため、挨拶に参るところです」
ヴィルの末娘といえば、今年5歳になったペトラか。ペトラはたしか今年水魔法に目覚めたという報告があった。
確かに一行の中に、フードを深々とかぶった、5歳程の少女の姿が見える。
儂の許しもなく、バルタザール家の庇護下に入れるなど言語道断だが、ヴィルはバルタザール家の口利きで村の護衛についておるし、この行動も予測できたことだ。
だがペトラがあのバルタザール家の庇護下に入れば、儂は好き勝手に、意見することができなくなる。その上ペトラがボーロ村の出身者ではなく、バルタザール家の使用人ということになれば、最悪儂への旨味も、まったくなくなってしまう可能性もある。
だがこんないつ魔物と遭遇するか知れない街道で、元高ランク冒険者の、ヴィルともめるのは得策ではない。それよりも儂には、ボーロ村を・・・マヤという少女を確認するという、大きな目的があるのだ。儂の輝かしい未来のためにな。
「ふん! 勝手にするがいい! 儂はボーロ村へ急がねばならぬのだ!」
儂は一礼するヴィルとその一行をよそに、馬車で再びボーロ村を目指した。
「お帰りなさいませ村長!」
儂がボーロ村に到着すると、村の門番が出迎えてくれた。だが儂はそこで、とんでもない物を目にする。
「この城門は何だ!? いったいつの間にこんな物が!?」
そこにはこのボーロ村には似つかわしくない、高くそびえ立つ城門があったのだ。不自然にも、そこからつながる防壁は、未だに接ぎ木の、粗末な塀のままだが、この城門だけでも、シムザスの街に匹敵する程の物だ。
「ああ! こちらはマヤが土魔法で、毎日コツコツ造ってくれた物です!」
あのマヤか!? あの娘の名前は、アビィーの手紙にも、ひつこいくらいに登場していた。奇跡のような魔法を使う娘だと・・・・
するとマヤが溢れさせたという、野菜や木の実の話も、あながち嘘ではないのか?
いやまて! 確か植物魔法は、エルフの魔法だったはずだ。人種が使えたという話は、今まで聞いたこともない。
だがここでいつもでも考えていても仕方がない。城門を潜り確認すれば、全てわかることなのだ。
「こ・・・ここは本当にあのボーロ村か・・・・?」
儂が困惑しながら、村の城門を潜ると、そこには信じられない光景が、広がっていた。
そこにはアビィーの手紙にあった内容など、比較にならない程、多くの木の実や野菜が、溢れかえっていたのだ。
「これを全てマヤが・・・・?」
「はい! 村の人間が飢えぬようにと、一軒一軒望む作物を、マヤが植えて回ったのでございます!」
信じられないことだが、村人の言うことが本当ならば、マヤという少女は、普通ではないのだろう。それどころか、莫大な利益を生み出すであろう存在だ。
村長である儂に命令されて断ることは、ボーロ村の村人にとって、逆罪にも問われかねない行為だ。マヤがこの村の村人である以上、儂の命令には、逆らえないはずだ。
儂はマヤに命ずるだけで、これから莫大な富を得るというわけだ。
「マヤはどこにいる!? すぐにここへ連れてこい!」
マヤは誰にも渡さん! これからは儂の金蔓となって、永遠に働いてもらうのだ!
「一足遅かったねネディン兄・・・・」
「アビィーか? それはいったいどういう意味だ?」
「マヤなら昨日この村を発ったよ・・・・」
「なんだと!?」
やられた! 道すがらすれ違ったあの娘は、ペトラではなく、マヤであったに違いない!
ヴィルはマヤという娘を、バルタザール家の庇護下に入れ、儂からの手出しが出来なくするつもりだ。そんなことになれば、儂の夢も潰えてしまうだろう。
「すぐにシムザスの街に戻るぞ! 急げばまだ間に合うかもしれん!」
儂は休む間もなく、シムザスの街に向けて馬車を走らせた。なんとしてもあのマヤを、手に入れねばならぬのだ。
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