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10:異世界の海とマヤ

 あれから数日後、ついにワタシは、念願の海に向かう日を迎えた。

 

「なんでマヤちゃんは行くのにペトラは行っちゃだめなの!?」


「森は危険だと言っているだろ! それにマヤはこう見えてすごく強いんだ!」


 出発前の早朝には、ペトラちゃんまで一緒に行きたがるという、ハプニングも発生したが、なんとか説得して、出発することができた。

 なぜペトラちゃんが海に行きたがったかは謎だが、海に憧れのようなものを、抱いていたのかもしれない。あの大きく雄大な海に対する憧れは、誰しも一度は抱くものなのだろう。


「ここから少し走るぞ!」


「はい!」「「了解!」」


 森ではこうしてたまに走ることで、海までかかる時間の、短縮を図るのだ。海までは徒歩で6時間もかかるために、その日の内の帰還を目指して、こうした工夫が必要となる。危険な外での野宿は、なるべく避けなければならない。

 あの巨大なアースドラゴンの、姿を見ることが出来なかったのは残念だが、度々この森に姿を現すわけではないようだ。あの時は運が良かったのだろう。


「ヴィル、空に海鳥だ」


「ああ。海の匂いもしてきたな・・・・」


 こうしてワタシ達はわずかな時間で、森を駆け抜け、海の気配が漂う場所まで、到着することができた。

 そこは草で覆いつくされた、ひらけた場所だった。


「木片?」


 見ると生い茂る草の間からは、度々木片が顔を覗かせていた。


「ここらにはもともと村があったんだ・・・・」


 あちらこちらに見え隠れする木片は、どうやらここらにあった、壊滅した村の名残のようだ。この世知辛い世界では、いつ村が壊滅しても、可笑しくはない。


「いったん、あの丘の上から海の様子を見るぞ・・・・」


 ヴィルおじさんの指示で、ワタシ達は前方に見えている、小高い丘を目指して走った。





「これが異世界の海・・・・」


 小高い丘の上にいくと、そこから海の砂浜を、一望することができた。

 太陽がサンサンと輝き、青い海を照らす。海から砂浜にかけて、テトラポットのような、色とりどりのサンゴが立ち並び、異世界の海を、幻想的に演出する。巨大な貝殻やウニ、ヒトデが、波打ち際に押し上げられていて、その海の異質さが窺えた。


「ヤドカリでか!」


 砂浜を見ると、巨大な貝殻を背負ったヤドカリが、3匹ほど徘徊していた。


「あれが【無敵の死神】とよばれている魔物・・・デスキャンサーだ!」


 どうやら【無敵の死神】とは、デスキャンサーとよばれる、巨大なヤドカリだったようだ。巨大なエビかカニかとも考えたが、違ったようだ。それでも倒し方については、違いはないだろう。


「デスキャンサーは未明から朝にかけて活動している魔物だ。だがその時間でなくても、数匹活動していることもある。今回はあれを標的にする・・・・」


 前世で言えば、今はだいたい10~11時くらいだろうか? この時間を目指して向かった理由は、少数のデスキャンサーを、標的にするためだろう。未明から早朝にかけての活動時間に、群生するデスキャンサーを相手にするには、この戦力では少なすぎるからね。

 本当にワタシがデスキャンサーを倒せるかどうか、この少ない数で、見定めてやろうということだろう。


「身体強化で守りを固めているデスキャンサーは、魔法も物理攻撃もほとんど受け付けない。そんな魔物相手に、本当にお前の倒し方が通用するのか?」


 デスキャンサーは、その背負っている貝殻の高さだけでも、3mはある巨大な甲殻類だ。そのハサミも大きく、鉄すら切り裂いてしまう強力なものなのだ。


 ドドド・・・・!


 丘を降りるとすぐに、巨大なデスキャンサーの1体が、こちらを標的に迫って来た。


「ダイソンはマヤの前に・・・! モニカは他のデスキャンサーの動きに警戒だ!」


「「了解!」」


 そのヴィルおじさんの指示で、ダイソンさんはワタシの前に出て、大盾を構え、モニカさんは周囲に警戒する。


「マヤは魔法の詠唱にかかってくれ!」


 魔法の詠唱? 作戦的には確かに、ワタシは魔法を使うことになってはいる。だがワタシの魔法には詠唱なんてない。【操土】を使い、地面の砂に魔力を流して、操るだけだ。もしかしてこの世界の魔法には、通常詠唱が必要なのだろうか?


「マヤ! そろそろ接敵するぞ!」


 まあそれは後で聞くとして、今は目の前の敵をなんとかしよう。


「操土!!」


 ドド~ン!!


 ワタシが操土を使うと、接近するデスキャンサーの下から、砂が勢いよく噴き出した。この砂の勢いで、デスキャンサーは後方に転がる。


「もういっちょ操土!!」


 ド~ン!


 二度目の操土で、デスキャンサーの転がる先に、穴をあけておく。するとデスキャンサーの貝殻のてっぺんの尖った部分が、上手くその穴にはまり込んだ。そしてデスキャンサーはひっくり返った状態で、動けなくなってしまう。

 ここでデスキャンサーが、別の甲殻類系の魔物だった場合、【操土】での拘束も考えていたが、その必要もなかったようだ。


「今ですヴィルおじさん!」


「任せろ!!」


 ワタシのその号令で、ヴィルおじさんは大きく飛び上がり、ひっくり返っているデスキャンサーのお腹に飛び乗る。


 ズシャ!!


 そしてデスキャンサーの胸の辺りを、槍で貫いたのだった。


「やったぞ! マヤの言う通り簡単にいけた!」


 甲殻類には胸の辺りに、ふんどしとよばれる部位があり、伊勢エビなどを締める際は、そのふんどし部分を包丁で貫くのだ。ふんどし部分・・・とくに両前足の、付け根と付け根の間の部分の甲殻は、柔らかくて比較的簡単に包丁が通りやすい。

 同じく甲殻類であるデスキャンサーも、その例外ではなかったようだ。

 

 そしてその1撃で、あの【無敵の死神】と謳われたデスキャンサーは、動きを止めたのだった。


 甲殻類には多くの神経があり、脳も3か所に分割している。それゆえ頭を落としても、すぐに絶命することはない。ところがふんどしの部分には、その神経が集中していて、突かれればその全ての脳に、影響をおよぼすのだ。それは甲殻類にとって、大きな弱点となるのだ。


 当然この倒し方は、ここへ来る前に、じっくり皆と話し合い伝えてある。それを踏まえた上で作戦を練り、行動に移したのだ。結果上手くいって良かった。


「もう1体来るぞ!」


 モニカさんが声を張り上げ皆に報せる。

 見ると他のデスキャンサーが、こちらに気付いて接近するのが見えた。どうやらまだ油断はできないようだ。


「よし! 次も頼むぞマヤ!」


「はい!」


 再び陣形を立て直し、2体目の接敵に備える。


「操土!!」


 ドド~ン!


 接敵直前に2体目も、地面から砂が付き上げて転がる。


「任せろマヤ!」


「え? あ、はい!」


 さらに落とし穴を掘ろうとする直前、ヴィルおじさんが動いた。


 ザシュ!!


 そのまま転がり腹を見せた瞬間、2体目のふんどしを、ヴィルおじさんの槍が貫いたのだ。


「落とし穴は必要ない! 慣れればこれだけでもやれる!」


 どうやら弱点さえわかれば、転がすだけでも、デスキャンサーのふんどしを、槍で貫くことができるようだ。

 ヴィルおじさんは現役を退いたと聞いていたが、現冒険者以上のその動きに息をのむばかりだ。


「気を付けて! 横から1体回り込んでくる!」


 気付くと3体目のデスキャンサーが、陣形の横から回り込み、ワタシに向けて迫っていたのだ。


「操土!!」


 ザザ~ン!!


「外れた!?」


 ワタシは操土で砂を突き上げるが、とっさのことで外してしまう。


 ガキ~ン!!


「駄目だ! やはり腹からでないと貫けねえ!」


 その接近を止めようと、ヴィルおじさんが槍を突き出すが、その甲殻には効果がない。そのまま反撃に転じたデスキャンサーは、その重く狂暴なハサミを、振り回しヴィルおじさんを追い詰めていく。

 このままだと、ヴィルおじさんがあのデスキャンサーに、やられてしまうかもしれない。ヴィルおじさんに貰った短剣なら、背中に携帯してある。


「駄目だマヤ! いったん引くんだ!」


 そう思ったワタシは、その短剣に手をかけ、徐々に引き抜いて・・・・


 カチ~ン!!


「はあ? 何が!?」


 すると目の前のデスキャンサーは、瞬く間に凍り付いてしまったのだ。そして凍り付いたデスキャンサーの周囲に氷雪が舞う。


『危ない選択だねマヤ・・・・。君はまだ未熟すぎる・・・・』


 そしてワタシの頭の中に、少年らしき声が響いた。

 見るとワタシの目の前には、白い虎柄の子猫がいた。そいつはゆっくりと歩みを進め、ワタシ達の目の前に、姿を現したのだった。

 お読みくださりありがとうございます!!


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 冒険が好きな方★

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