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悪魔使いと使役悪魔

 砂漠の真ん中にオアシスがごとく広がる、サーバハム公国。

 豪奢な城を中心とした周りには、緑の木々と簡素なテント張りの市場とレンガ造りの工場、そして色とりどりの屋根の家々が並び立っています。

 サーバハム公国自体には織物以外の産物はありませんが、他の街から行き来する途中にある為、行商人も多くいろんな商品が集まるのです。

 珍しい珊瑚細工や宝石の装飾品、それらで飾られた立派なタンスやサイドボードの他、日用品も豊富にあります。

 年に1回開かれるバザーには普段見られない豪華な品々もあり、他国から来る人も少なくありません。

 そんな華やかな公国の北側には、サーバハム城よりも大きい城があります。いつの時代に建てられたのか、すでに灯りも無く廃墟と化しています。立ち寄る者を拒み、朽ち果てるでもなく不気味な陰を落としています。

 誰もいないハズの城が蒼白い光を放っていたり、飛んでいた赤い光が城中に吸い込まれたなどの噂も絶えません。

 しかし、そんな不思議な現象が不思議とされないのが、この世界。地獄より悪魔を召喚し、宝の警護や身辺に置いて護衛をさせている<悪魔使い>が存在する世界…


 蝋燭の灯りだけの薄暗い部屋に、古代語の呪文を唱える女の声が響く。

 目の前には大きなペンタクル‐魔方陣‐が描かれていて、その中には形容し難い生物が鎮座していた。

 女が呪文を唱え終わり印を結ぶと、硫黄の匂いと煙と共にペンタクルの中の生物は消え去っていた。

「ふぅ…」

 一息つくと、部屋の外で待機していた小間使いに後を任せ、そうそうに建物を出た。

 しばらくして、その部屋に男が入って行く。

「おい、アンジェリカ様はどこだ?」

「フェルディオ様。アンジェリカ様でしたら、先程お帰りに…」

 小間使いが云い終わらないうちに、フェルディオは後を追うべく建物を走り出た。

「困ったな、家に着く前に追いつかないと…ああっ、ご主人様に叱られてしまうっ」

 アンジェリカの家には恐ろしい悪魔がいて、貴族が訪ねて来ようものなら八つ裂きにされると云う噂があるのだ。

 その為、自身は貴族でないにしろ使用人達も近付きたがらない。

 青くなったフェルディオが広場を通り抜けようとした時、噴水の向こうに探し人を発見した。

「マスター・アンジェリカ様っ、お待ちくださいっ」

 逃してなるものかとばかりにフェルディオが叫ぶ。

 アンジェリカと呼ばれた女は眉間にシワを寄せ、いかにも迷惑そうに振り替える。

 細いブレスレットを幾重にも腕に付け、シルクで出来た上等な民族衣装は風で揺らめいている。短い銀髪とルビーのピアスが褐色の肌に映え、切れ長でアメジスト色の瞳が妖しい雰囲気を漂わせていた。

 左腕には悪魔使いの証とも云える、複雑なペンタクルのタトゥーが掘られている。

 上級悪魔使い・アンジェリカ=バルス。それが彼女の肩書きと名前だった。

「大声で人の名前を叫ばないでくださる?」

「ですが、貴女様が…ご自宅に戻られる前に…どうしても…」

 全力疾走して来た為にフェルディオの整えられた髪も乱れ、言葉は途切れ途切れだった。

 深呼吸をして髪を撫で付け、体勢が整ったのを見てアンジェリカは云った。

「悪魔を外したアイテムは、部屋のテーブルの上に置いてあります。小間使いに伝言しておきましたが?」

「私は主から、貴女様をお連れしろと云われております。どうか、私と一緒に主の元へ」

 それを聞くと、アンジェリカは益々しかめっ面になった。

 フェルディオの主は他国の大貴族。買い取った美術品に強力な悪魔が憑いていた為、名高いマスター・アンジェリカに解呪を依頼して来たのだ。

「申し訳ありませんが、仕事は終わりました。ご機嫌伺いに行くような殊勝な真似をしないのは、ガードン卿もご存知の事かと」

「それは重々承知の上のお願いに御座います」

 主の怒りを恐れたフェルディオは、尚も食い下がる。

 ‐言い付けを実行しないと

 使役悪魔同様お仕置きって

 ワケね。自分はたいした力も

 無いくせに。

 アンジェリカは貴族と云う者が大嫌い。国王直々の呼び出しであっても断る事がしばしば。

 それでも寵愛を受けられるのは、悪魔使いとしての力が偉大と云われているからだった。

 アンジェリカが指を鳴らすと、傍らに少年が現れた。

 アンジェリカとは対称的な白い肌で、まだ幼い笑顔をしていた。

「この者を行かせます。頼んだわよ、ザーシャ」

「りょーかい」

 アンジェリカはさっさと広場を出て行ってしまった。

「アンジェリカ様っ」

 主を見送ったザーシャは、悲観にくれているフェルディオを促す。

「大丈夫だって。これが、いつも俺の役目なんだからさ」

「は、はあ…」

 フェルディオは、情けない顔をしながらもザーシャを自分の主の元へと案内した。


 主がいるのは、貴族専用のホテル。先程までアンジェリカがいた建物だった。

 泊まった悪魔使いが、いつでも召喚術を使えるようにペンタクルが描ける部屋が用意されているのだ。

「ご主人様、フェルディオで御座います」

「入れ」

 扉を開けて中に入ると、部屋の真ん中に置いてあるソファーに恰幅のいいガードン卿が座っていた。

「マスター・アンジェリカも一緒だろうな?」

「そ、それが…」

 フェルディオが縮こまっていると、ザーシャが割って入った。

「我が主は多忙の身。代わって私が参上致しました」

 ザーシャの丁寧な挨拶にもガードン卿は一瞥しただけで、フェルディオに向かって怒鳴り始める。

「フェルディオっ、私はマスター・アンジェリカを連れて来いと云ったのだっ!こんな仕事も出来んとは、貴様は使役悪魔以下だなっ!!」

「ひっ、申し訳御座いませんっ」

 平身低頭に謝るフェルディオだが、ガードン卿は怒鳴り散らすばかり。

 それを見たザーシャは、自分の魔力を放出し始める。魔力は足下から広がり部屋全体を覆っていった。

 所々で放電も起こり、ガードン卿とフェルディオは身動き出来なくなってしまった。

「な、何をするつもりだっ。私を誰だと思っているっ」

 ガードン卿は真っ青になりながらも、自分の地位を誇示しようと叫んだ。

「そっちこそ、俺を誰だと思ってるんだ?マスター・アンジェリカの使いだぞ。いいか、よく聞け。マスター・アンジェリカの仕事は完了したんだ。悪魔がアイテムから離れた瞬間に契約終了だ。契約以外でマスターを動かせると思うのは大間違いだぜ」

「わ、判ったっ。判ったから力を抑えてくれっ」

 あまりにも強力な魔力に、ガードン卿は泣き叫んでしまった。

「マスター・アンジェリカの機嫌は損ねない。これ、暗黙の了解だぜ?従者が俺を連れて来た事に感謝するんだな。マスターがキレたら、こんなモンじゃ済まない。そんじょそこらの悪魔使いとは格が違うからな」

 ザーシャは撒き散らした魔力を回収しながら、釘を刺すように云い放ち部屋を出た。

 残されたのは割れたガラスのコップと、生きている事を感謝するガードン卿とフェルディオだった。


 ザーシャが街外れの家に戻ると同時に、緑色の光弾が二階の部屋に飛び込んで来た。

「シオンか。やけに慌ててるな」

 階段を駆け上がりペンタクルの部屋に入ると、アンジェリカの傍らに長い髪の女性が座っていた。

 ギリシャ地方の王族を思わせるような、やたら長い衣をまとっている。長い金色の髪と透けるように白い肌、どこか焦点の合わない緑色の瞳がエメラルドの如く輝いている。

 なかなかの美女だが、その容姿とは反対に、かなり冷酷な悪魔として名を馳せている。

 ザーシャと共にアンジェリカに仕えている。

「よう、何かあったのか?」

「今、マスターに報告するところですわ」

 シオンはアンジェリカに向き直し、偵察内容を報告し始めた。

「あの古城、益々力が増大しております。半径200メートル以内に近付こうものなら、一瞬にして取り込まれてしまいますわ」

「げ、また範囲が拡がってんじゃねーかよ。なんだよ、俺のお気に入りの散歩コースだったのによ」

 ザーシャがむくれると、シオンが不思議そうに聞いた。

「あら、ザーシャでも散歩なんてなさいますの?」

「なさいますんですよ。夜に行ってみな。馬鹿な悪魔どもの光弾が城に吸い込まれてくんだ。見物だぜ」

「ま、悪趣味ですこと。取り込まれても知らないですわよ」

 眉をひそめるシオンにアンジェリカが賛同する。

「あの一帯には近付いちゃいけないと云ってあるでしょ?あなたの云う馬鹿の仲間入りになりたいなら別だけど」

「あう…」

 何百歳も年下の人間とは云え、アンジェリカに叱られたザーシャは子供そのものに首を竦めた。


 ある晴れた午後。

 アンジェリカは市場の裏にある魔術師通りを歩いていた。

 名前の通り、魔術師が使う道具や材料を扱っている店が建ち並んでいる。

 通りの入り口には乾燥した薬草や毒草、薬水に浸された目玉やトカゲの尻尾などポピュラーな物を売る店が並ぶ。

 少し奥に行くと、薬草とは桁外れに格の違う物を売る店がある。

 魔法の護符や小振りな鏡、古びた壺に妖しく煌めく宝石。

 全て考古学的にも貴重な品々で、それらを厳重に守る為に放たれた使役悪魔が店先をうろついている。観光旅行者は勿論の事、生半可な魔術師も引き返さずを得ないほど空気は澱んでいる。

 それだけに店への信頼は厚く、遠方から来る客も少なくなかった。

 アンジェリカは一軒の店の前で止まった。

 看板には[ラジアノ]と書いてあり、入り口には強力な魔神イフリートが守衛の如く立ちはだかっていた。

 イフリートはアンジェリカを見ると扉を開けて中へ入れてくれた。イフリートの気の利いたサービスを受けられるのは、店主にとって上客と認められた者だけで数少ない。

 店の中に入ると、カビ臭い匂いが鼻をつく。並べられた棚には所狭しと魔具が陳列されている。

 店主の姿は見当たらないが、いつもの事だと気にしないで店内に目をやる。

 アンジェリカは宝石類の棚で立ち止まり、大粒のサファイアを手に取る。

 ‐好みの石なんだけど、

 力はザーシャとシオンの方が

 上ね。

 買い取って悪魔を還そうかと考えていた時、

「そこの棚には、おまえさんが満足するモノは入ってないだろう」

と、声がした。

 振り向くと小柄な初老の男が立っていた。

 ワシ鼻に小さな黒眼鏡を乗せ、長い白髪を後ろで束ねている。

 この店の主、タージャナだ。

「そうでも無いわ。このサファイアなんて魅力的だもの」

「もっと興味を持つ品が奥にあるぞ?あんたになら、タダでくれてやれるかもしれん」

「タージャナ、熱でもあるの?あなたが奥にある品をタダで?何を仕入れたのか気に入るけど…危なさそうね、やめとくわ」

「気に入らなかったら返品してくれればいい。実際、何度も買い手によって返品されて来たんだ」

 ‐買い手自ら返品しに

 来るなら、取って食われる

 わけでもなさそうだけど…。

 アンジェリカの心を見透かしたように、タージャナが囁く。

「誰1人として取り憑いている悪魔を呼び出す事が出来ないんだ。だが、あんたなら可能じゃないかね?」

「判った、話を聞くついでに見せてもらうわ」

 アンジェリカは自意識過剰では無いが、タージャナは間違った品を薦める人では無いので申し出を受けた。

 奥の部屋に行くと護りの魔力が一層強かった。それもそのはず、部屋には4体ものイフリートが召喚されていた。タージャナに頼まれてアンジェリカが配置したのだ。

 複数の召喚には多大な魔力を使うが、アンジェリカは簡単にやってのけた。尚且つ複雑な儀式で支配権をタージャナに譲渡してやった。

 この偉業に喜んだタージャナは、莫大な謝礼金を献上したが一枚の契約書と共にザーシャによって返された。

 ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

 1,4体のイフリート召喚

 及び支配権譲渡の事

 一切他言無用。

 2,宝の守護以外に

 譲渡せし使役悪魔を使う事は

 契約違反と見なし

 契約者の命を代償とすべし。

 アンジェリカ=バルス

 ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

 タージャナはイフリート達を部屋から出し、小さな木箱をアンジェリカに渡した。

 ただならぬ力を感じたアンジェリカは、慎重に蓋を開けた。

「懐中時計?」

 シルバー製で細かい模様が描かれている懐中時計だ。真ん中にはルビーが輝いている。

 タージャナの話によると、先代の時代に持ち込まれた品で100年程この店を出たり戻ったりしているらしい。

 強い魔力に惹かれて悪魔使い達が何人も買い取ったが、誰1人として喚び出せた者は無く戻って来る。

 誰が何を封じ込めたのか何も文献は残っていない。

 だからタージャナは、慎重に相手を選び、力のある悪魔使いだけに提供する事にしたようだ。

「懐中時計自体は発明された頃の物だが、ルビーは後から付けられたようだ。どうやら、そのルビーに封印されているらしい」

「この懐中時計を気に入って付けたのね。本当にタダでくれるの?」

「ほっほっ、かまわんよ。後で、どんな悪魔が憑いていたのか教えてくれればな。今まで喚び出した者はいないが、死んだと云う話も聞かない」


 懐中時計を持ち帰ったアンジェリカは、喚び出す前に調べる事にした。

 小さなペンタクルの中に木箱を置き、呪文を唱える。

「曰く付きにしては、たいした反応無いんじゃないか?」

「事前反応では属性や位を調べるのであって、本来の力が判るものではありませんわ」

 ザーシャとシオンが興味を持ち、アンジェリカの横から覗き込む。

「オーラの色は黒ですわね。夜・闇・陰…どれにしても、私達とは相容れないかと思われますわね」

 シオンは興味を失ったらしく、窓際の椅子に腰掛ける。

「マスター、他に判る事は?」

「うーん…ダメね。膜が掛かってるみたいに不透明だわ。

 ただ…」

「ただ?」

 アンジェリカは口を閉ざし、懐中時計を手に取った。

「マスター?」

「久し振りに夕陽でも見に行く?」

 ザーシャとシオンを連れ立って、街の入り口まで来た。

 入り口は西側に造られていて、沈む夕陽がアーチの間から見える。アーチの外側はちょっとしたカフェテラスになっており、日没後の閉門まで人々が沈む夕陽を見ながら、お茶やおしゃべりを楽しんでいる。

「こんな時間に来たって座る場所ないぞ?」

 満席のテーブルを見渡しながらザーシャが云うが、

「いいのよ、テーブルじゃなくても」

と、アンジェリカはお構い無しに外壁にもたれ掛かって座り込む。

「でも、明日からはシートを持って来た方が良さそうね」

「明日からはって、まさか毎日来るつもりなんですの?」

「まあ、朝陽を眺めるよりはいいけどさ」

 その後もアンジェリカは、言葉通り毎日夕陽を眺めに来た。

 懐中時計を握り締め、ただ眺めているだけ。

 変化があったのは、7回目の夕陽を眺めていた時だった。

 懐中時計が震えたかと思ったら、赤黒い煙が出てきたのだ。

 その煙の中には1人の男がいた。頭に無造作に巻いた布の間からは、黒い髪が覗いている。

 深い群青色の長い上衣とズボンには銀糸で刺繍が施してあり、ベルト代わりの銀の鎖が腰で光っている。紅い瞳は夕陽の光りで、更に燃えた色をしていた。

 その瞳に惹き付けられたアンジェリカは、夕陽が地平線に沈むまで黙っていた。

 しばらくして、閉門を報せる鐘の音が鳴り、人々が帰り始めた。

「さ、もう帰りましょ」

 アンジェリカは男に声を掛けた。男は驚いたように問い掛ける。

「あんた、ほんとに悪魔使いか?」

「あら、何故?」

「出て来た悪魔に何も尋ねず、いきなり帰ろうかって無いだろ」

「ここで聞いてる暇は無いもの。ほら、門が閉まっちゃう」

 アンジェリカはシートをたたみ、門の内側へと急いだ。衛兵は男が入るのを確認して門を閉めた。

 アンジェリカは男を促して、街外れの家へと戻った。

 男が空を見上げると、星が静かに瞬いていた。

 何百年振りかに見る星空も夕陽同様、何も変わっていなかった。           家に戻ると、ザーシャとシオンが出迎えた。それぞれ椅子と階段に腰掛けて平然としているが、瞳は悪魔特有の光を放っており、明らかに新顔の悪魔に対して警戒している。

「2人とも、家の中や街の中で本性に戻らないでよ」

 アンジェリカが釘を刺すように云うと、珍しくシオンが云い返して来た。

「そちらの素性がハッキリしない内は無理ですわ。まだ、貴女をマスターとして契約していないのでしょう?」

 シオンの云う通り、召喚したわけではない。主従関係が結ばれていないどころか、野放しの状態にある。

 極めて危険な状態だが、アンジェリカは平然としている。

 この悪魔の素性が判らないまま、自分の都合で縛りたくないと云うのが本音だった。

 しかし、この悪魔は意外な事を口にしたのだ。

「ふん、契約なら交わしている。この女が俺を喚び出した瞬間にな」

 3人は思いがけない言葉に、ただ見つめるだけだった。

「そんな契約の仕方…聞いた事ありませんわ」

「そりゃそうだろうな。俺だって初めてだ」

 2人の使役悪魔は訳が判らず、マスターに不安な視線を向けた。アンジェリカは、悪魔を見つめて聞いた。

「後は本契約だけって事?」

「ああ、その気があるならな」

 その時、ザーシャが

「俺は反対だっ」

と、声を荒げた。突然の乱入者に敵意剥き出しの様子。それに加え、態度が気に入らないようだ。

「シオンは?」

 アンジェリカに意見を求められ、シオンは慌てた。

「わ、妾は…」

 シオンは当惑している。気質が相容れないのは判っているのでザーシャに加担しても善いが、この悪魔からは相当な力を感じている。マスターが必要と思えば、使役悪魔が反対する事は出来ない。

「妾は…マスターに従います」

「裏切り者っ。シオンだって、気に入らないって云ってたじゃないかっ」

「相容れない、と申してただけですわ」

 子供の様な云い合いをする2人を、アンジェリカは笑いながら見ている。

「いいのか、止めなくて」

「2人とも可愛いでしょ?」

「新しく喚び出された悪魔とマスターの取り合いをする悪魔なんか、見た事ねーぞ」

 その口調は呆れ果てながらも、その光景を楽しんでいるように思える。

「それに、あんただ。使役悪魔を増やすのに、他の悪魔の意見を聞くか?普通の悪魔使いなら、絶対にしないな」

「普通の悪魔使いなら、あなたを喚び出せなかったわね」

「…そうだな。俺が見たかった夕陽を見せてくれたのは、あんただけだったからな」

 そう云うと悪魔は、まだ云い合いをしている2人を優しい瞳で見つめた。

「威張りくさった奴に支えるよりは楽そうだな」

 その言葉に反応した2人が口々に叫んだ。

「マスターを甘く見んなよっ」

「そう見えて、悪魔使いは天下一品ですわよっ」

「世間一般の悪魔使いより、優しくしてあげてたつもりなんだけどねぇ」

 笑いながらも不穏なオーラを醸し出すマスターに気付き、慌てて口をつぐむ2人。それを見て、悪魔は堪らず大笑いした。

「な、なんですの」

「俺達をバカにしてんだろ」

 ひとしきり笑った悪魔は、ぽつりと云った。

「いいな、こう云うのも…」

 口元には、ほっとしたような微笑みがあった。

「俺はディード。宜しくな、マスター」

 悪魔が名乗った瞬間、本契約は果たされた。

           つづく

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