07.竜車上の作戦会議
テケト山へ向けて、街道を竜車が走る。運転を雇いの御者にまかせ、俺たちは広めの荷台のなか円状に座っていた。
「あらためて、互いを知ろう。
まず俺はライト、精霊獣師だ。使役している精霊獣は、ワフとシーアの二体。ワフは風属性の精霊術が使えて、シーアは水属性で治癒と浄化に特化している。腕が吹き飛ぶような怪我でなければ、前衛はラグなしで治癒できると思っていい。
基本的に俺は後衛としてサポートに徹する」
「俺はズック。見ての通り、斧使いだ。アタッカーとしての立ち回りもできるが、このパーティなら前衛だろう」
「ニャンちゃんも同じく前衛なのにゃー。ニャンちゃんの魅力に悪霊もメロメロなのは間違いないから、タゲ取りは任せてにゃ」
「我が名はダーク、闇に寵愛されし漆黒の剣士。双剣の乱舞こそが鎮魂の儀式なり」
相変わらずキャラが濃いが、まあいい。前衛二人に、遊撃の剣士と治癒役の俺。欲をいえば攻撃力が欲しいが、救出だけなら割と良い面子だろう。
「確認だが、ハーピーか近縁種の討伐経験があるやついるか?」
順番に目を向けるが、三人とも首をふった。
「わかった。じゃあ、組合で確認した情報を共有するので聞いてくれ。
『目撃されたハーピーについて』
端的に言えば、人間と鳥を混ざった姿の大型悪霊だ。全長はおよそ四メートル。頭部から胸部にかけては人間の女性を模しているが、腕のかわりに大きな羽根と鳥脚をもつ。外部的特徴からは、爪がするどく注意が必要だ。
『過去類似からの推測』
風属性の精霊術を、基本無詠唱で行えるとみていいだろう。気をつける攻撃は主に三つ。
一つ目は、脚の爪での物理攻撃。
低滑空して向かってくる。爪だけでなく、ハイスピードの巨体との接触も要注意。
二つ目は、羽を武器として飛ばしてくる。
射程攻撃、範囲攻撃ともに予想される。精霊術で強化されているだろうから、通常の物理を無視した強度と速度だろう。
三つ目は、風の精霊術を操る。
風を刃状にしての攻撃。突発的に、小規模の竜巻を起こす。
短くまとめたが、ここまでで質問は?」
「とりあえずはこのまま進めたほうがいいと思うにゃー」
「わかった。今回の方針としては、眼鏡くんの救出。瀕死であろうと、生きてさえいればシーアがどうにかできる。討伐ではないから、ハーピーと遭遇しないにこしたことはないし、遭遇しても戦闘は避ける方向でいきたいと思う」
「おう」
「わかったにゃー」
「承知」
「ざっとした作戦になるが、まずは眼鏡くんの捜索。状況がわからない以上、ハーピーは避ける方向でいこう。
ハーピーと眼鏡くんが好戦中だった場合だが、ズックとニャンちゃんが前衛としてハーピーの攻撃を防ぎ、その間に攻撃パターンを確認。ある程度パターンが判明したところで、隙をみて俺とダークで眼鏡くんを回収。回収後はズックとニャンちゃんを盾にしながら、ダークがハーピーを撹乱して撤退ってところか」
再度三人の顔をみるが、みんな同じ意見のようだ。思った以上に簡単にまとまったので、もう少し作戦を練ってもよさそうだ。俺だけで考えても思考が偏るから、ここからは発言を集めていくのがいいだろう。
「ハイランクを集めて言うことじゃないが、悪霊の姿形は突破口になりうる。なにか気づいたことがあれば、どんどん言ってくれ」
「兄ちゃん、そいつは頭だけじゃなく、胸まで人間の女なんだよな?」
「そうだ」
「つまり、乳首が弱点なんじゃないか?」
「…………」
思わず俺は絶句した。視点が独特すぎる。
「なるほど。盲点だったにゃー」
「わわわわ我輩が、ちちちち乳首を狙うということになるのか!?」
ダークの髪からのぞく耳が真っ赤だ。おいおい、童貞しっかりしろよと思うが、俺も人のことは言えないかもしれない。
「乳首に到達できるなら、心臓を狙って欲しい」
俺は真面目に諭した。しかし…………
「良い視点だとは思う。俺もタイミングがあれば狙ってみよう」
巨大おっぱいに憧れない男はいないはずだ。ハーピーの顔がよければなお良い。夢が膨らむ。
「ライトちゃん、ハーピーは下半身が鳥なんだにゃ?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、糞は垂れ流しってことだにゃ」
「そうなる、のかな」
悪霊はもととなった実体に生態を引きずられるはずだが、確信はない。
「ケツ穴塞いじゃえばいいにゃ! 糞詰まりで死ぬにゃ!」
またも俺は絶句した。
ニャンちゃん、下ネタに引っ張られてないか?
しかし、これも場合によっては有効な作戦の可能性がある。冗談だと笑い飛ばすには惜しい。
「今回は撤退戦だ。ちょっと時間がかかりすぎるかもしれない。長期討伐戦のアイデアとしては受け取っておこう」
もし手も足も出ないような悪霊と出くわした時、毒餌でも環境破壊でも討伐のためなら手段を選べない時がある。そうなった時には、長期戦となっても有効性があれば確実な方法といえるだろう。
「ライト、我の出番がきた暁にはワフの力を借りたい」
「風か?」
「嗚呼。撹乱にしても、機動力があがれば出せる剣技も安全性も格段にあがる」
「確かに。そうなると、ワフはダークのサポート。シーアはズックとニャンちゃんの治癒とサポートだな」
「助かる。その際のことだが、ひとつだけ先に告げておきたいことがある」
「なんだ?」
「わわわわ我は、うなじが、せせせせ性感帯ゆえ、ワフには十分気をつけてもらいたい」
俺は三度目の絶句をした。
うなじが性感帯とか、お前素人童貞かよ! 知りたくなかったわ!!
だがしかし、大事な局面でダークがポンコツになっても困る。弱点を先に共有されることは、めちゃくちゃ助かる。
俺は苦い顔をしながら、ダークに頷いた。
度肝を抜かれる発言三連発の後は、金級らしく経験値の高い意識の擦り合わせをし、到着後の動きを詰めていった。
出立から一時間半程すると、街道から外れて荒れた道に突入する。各々装備を最終確認し、竜車で行けるところまで到達したところで荷物を下ろした。
比較的柔らかな地面の場所に穴を掘り、荷物を埋める。獣よけの薬草を焚けば、準備は完了だ。
目の前のテケト山へ向けて、俺たちは歩き出した。