05.変人×4=混沌
「酒も料理もそろったところで、乾杯!」
俺はグラスをかかげると、『乾杯!!』と返事が揃うことを疑っていなかった。それもさっきまでの話だ。
「兄ちゃん! 乾杯!」
「乾杯なのにゃー」
「…………ふっ」
「…………」
まったく揃わないのはいいが、キャラが濃すぎる。しかも一人は無言だ。これからパーティを組む意思が本当にあるんだろうか。
あのあと、マッチング会場から移動した俺は呼び込みのお兄さんにチップを渡し、宿屋の大部屋を確保した。
理由は三つ。まず、料理や酒を提供してくれること。次に、酔っ払ってもそのまま寝られること。最後に大事なのが、人目を気にしなくていいこと。これが大正解だった。
パーティメンバーを見渡す。スキンヘッドのマッチョ、ズタ袋を被ったマッチョ、全身黒ずくめの男、独り言を呟く眼鏡の男。異様としか言いようのない集団だ。さすがに俺にも羞恥心はある。
酒をのむ俺の横で、スキンヘッドの男・ズックが甲斐甲斐しく俺に料理を取り分けるが、他の奴らは喋りもせず酒を飲んでいる。通夜状態だ。ズタ袋の男・ニャンちゃんにいたっては、ズタ袋ごしに酒をのんでる。口もとビシャビシャだろ。気になって仕方がない。
冷静になると、マッチング会場の職員に上手く嵌められた気がする。全員金級といえど、本当にこのメンツでモテることなどできるのだろうか。ズックが取り分けてくれたサラダを受け取ると、テーブルが大きな音をたて揺れた。ニャンちゃんがジョッキをテーブルに叩きつけたのだ。
「ニャンちゃんとパーティを組めることを光栄に思えー!」
「うるせぇ! キメェんだよ!」
ニャンちゃんに、ズックが怒鳴った。二人が立ち上がり、一触即発の空気が場を占める。
眼鏡くんと黒ずくめの男はうつむいているから、この場をおさめるのは俺しかいないようだ。しかたない。
「落ち着けって、まあ飲めよ」
「兄ちゃんがそういうなら…………」
俺が軽く肩を叩くと、ズックは殺気をおさえて頬を赤らめた。自分よりガタイのいい男がそんな表情をしても、なにも嬉しくはない。むしろ不気味さのほうが強いんだが。
大人しく座り直した右隣のズックから目を背け、左を向くと黒ずくめの男・ダークと目があった。
「貴様は、なにゆえ力を求める?」
芝居がかった口調はアレだが、世間話としてはまぁ普通である。
「俺は――――」
適当に答えようとして、ここでつくろっても仕方ないかと思い直す。
「――――モテたくてさ」
鼻で笑われるか、バカにされるか。そのどちらかだと思っていたが、俺の予想ははずれた。
「同胞よ。我らの力があわされば、その望み達成することはたやすいだろう」
「同胞?」
「同志とも言うべきか」
「…………え? 嘘だろ!? お前もモテたくて鎮魂者やってんの!?」
意外すぎた。全身黒ずくめの格好も、長い前髪も、変な喋りかたも、そのすべてがモテたいやつのすることじゃない。絶対ない。どんな顔で言ってんだよと、俺はつい前髪で隠れた顔が気になり手を伸ばす。指で前髪をかき分けると、現れたその顔に驚いた。
「何をするっ!? 不埒なやつめ……っ!!」
二重幅の大きい瞳、整った鼻筋、分厚い唇にしっかりした顎。予想外なことに、顔が良い。よくよく見れば、小柄な体躯ながらも、引き締まった体躯に均衡の取れた体幹は剣士そのものだ。
似合わない格好をしているから奇妙なだけで、コイツはポテンシャルが高い。
「髪を短くして剣士らしい格好をすれば、見た目だけで今すぐモテるだろ」
本心だった。もっと言えば、この奇妙な集団にまともなイケメンがいると俺的に心が強くなれる気がした。低身長イケメンなら、高身長イケメンと違ってまだ許せるし。
「はぁああああああああああ!?」
ダークは突然大きな声をあげた。鼓膜が破れるかと思った。
「貴様、女がなぜ化粧をするか知っているか!? なぜ着飾るのか知ってるか!? 男にモテたいから? んな訳ねぇだろ!! 好きだから化粧してんだよ!!」
なぜ女を例えにしたのかわからないが、つまり――――
「好きだからその格好してるってこと?」
「そう言ってんだろおおおおおおお!!」
「うるせぇ!!」
俺は耳を押さえて顔を背けると、今度はズックと目があった。
「兄ちゃん、大変だ」
そう言ったズックの顔には、焦りが見てとれる。
「どうした?」
「ションベン漏れそう」
「…………おう、トイレ行ってこい」
必死な形相だから何かと思えば、なぜ大の男のもよおしを報告されなきゃいけないのか。酔うにはまだ早いだろ。
ズックは席から立たず、瞳をうるませながら俺の服のすそを掴んだ。そういうのは、可愛い女の子にして欲しいんだけどな? しかし、このまま放っておいて漏らされても大惨事だ。
「…………わかった、一緒にいこう」
俺は、自分より背の高いスキンヘッドのマッチョと手をつなぎトイレへと向かった。意味不明な光景である。
トイレから戻ると、部屋の中がなにやら騒がしい。
「僕は強いんだァ!!」
扉を開けたとき、眼鏡くんが絶叫していた。
「は? ニャンちゃんのが強いんだが? バカなの? ねぇ、バカなんでしょ?」
「バカっていうほうがバカなんだ!! バーカ! バーカ!」
「はぁ……。ニャンちゃん、なんだかコイツが可哀想になってきちゃった」
眼鏡くんを煽っていたニャンちゃんと目があう。あまり意味のわからない会話に参加したくはないが、ここは俺が仲裁してやろう。
「可哀想なやつなんだから、優しくしてあげろよ」
その瞬間、部屋が凍りついた。やべ、口が滑ったわ。眼鏡くんの様子を見ると、顔を真っ赤にして肩を震わせている。
「…………っく! ちくしょう! 僕の強さを見たらお前ら全員ションベン漏らすぞ!」
「出来るもんならやってみればー?」
「ニャンちゃん、煽るな。仲良くしようぜ?」
今度こそ仲裁の言葉をかけたはずなのに、眼鏡くんは俺をキッとにらみつけた。
「…………っぐ! 余裕こきやがって! 俺の強さを証明してやる!! うわあああああああああああああああ!!」
眼鏡くんは叫びながらどこかへ行ってしまった。なんだあれ。怖い。
追いかけるべきかと少しは考えたが、眼鏡くんもいい大人だ。放っておいても大丈夫だろう。
ニャンちゃんも「ラブリーフラワー収穫祭」と言って部屋を出ていったし、ズックは椅子の上で、かくんかくんと船をこいでいる。ダークもいつの間にか部屋からいなくなっていた。乾杯してからまだ三十分もたっていないのに、既にかなりカオスである。
静かな時間がおとずれたことで、俺は疲れていることを自覚した。理由はひとつ、心労だ。宿をとって正解だった。こういう時すぐ眠れる。
せっかくの飯も食ってないが、俺は全てを忘れて眠ることに決めた。できるだけ睡眠を邪魔されないように、部屋の一番奥のベッドを選ぶと、装備と靴だけ脱いでそのままベッドに潜りこむ。
目覚めたらすべてが夢だったらいいのになぁと淡い期待を抱きながら、俺は夢の世界へと旅立った。