04.ドキドキマッチング
案内された個室は、両手を広げた位の四角い部屋だった。簡素なテーブルと椅子が二脚設置されている。奥の椅子に腰掛けてしばらくすると、扉が開いた。
「えーっと、はじめまして」
最初の相手は、スキンヘッドの体格の良い男だ。身長は二メートルくらいあるんじゃないか。丸太のような腕は右のほうが発達していて、タングステンの斧でも軽々振りまわせそうだ。
首から下げたチェーンには、金色のメタルプレートがついている。俺と同じ金級のようだが、それが納得できる身体の仕上がりだ。
それにしても、男の様子がややおかしい。俺に返事もせず、ずっと俺のことを睨みつけている。俺が指名したのは女の子二人だから、こいつが俺を指名したはずだ。なのに無言とはなにごとか。
そう思ったとき、目の前の男は突然涙をこぼした。
「くっ、兄ちゃん…………!」
「え、なに? どういうこと?」
こいつとは初対面だし、俺に弟はいない。
「そうだよな、兄ちゃんはもういないんだ……」
穏やかな声で、涙を流しながら男は言った。
話の文脈からすると、死んだ兄に似ている俺を見つけてつい指名したってことか。俺に似ているならば、二十歳そこそこで亡くなったんだろう。可哀想な話ではあるが、ぶっちゃけ俺には関係ない。
「兄ちゃんって呼んでもいいか……?」
「…………ああ」
「ありがとう、兄ちゃん」
つい了承してしまったが、まあ今後会うこともないだろう。なんだかよくわからない空気の中、一つ目の面談は終了した。
スキンヘッドの男が退出してしばらくすると、扉が開いた。
目の部分に穴があいたズタ袋を被った男が入室してくる。異様なのは、見た目だけではなかった。
「はじめましてー! ニャンちゃんでーす!」
「あ、はじめまして。ライトです」
とっさに返事をしてしまったが、キャラが濃い。先ほどのスキンヘッド並みの体格を持つズタ袋頭の男が、自称ニャンちゃんだと?
「お兄さん何してる人ー?」
「霊獣師を……」
「いいね! ニャンちゃん、盾には自信しかないから相性抜群じゃん! あとはー、火力欲しいかなー」
勝手にパーティメンバーに含めないでほしい。さっきの男と合わせて、身体が仕上がってる前衛二人がいればハイランクパーティとしては理想的だ。しかし、俺の希望は『モテるためのハイランクパーティ』もしくは『将来の妻がいるパーティ』だ。
得体のしれないズタ袋、テメェはだめだ。モテるための障害になりうる。適当にいくつか返事をしていると、自称ニャンちゃんは満足そうに広間に戻っていった。
次に入室してきたのは、眼鏡をかけた平凡そうな黒髪の男だった。
「こんにちは」
とりあえず挨拶をするが、返事がない。眼鏡くんは、椅子に腰かけ、無言でこちらを見ている。
なんなんだ? そっちが指名しといて無言とはなにごとだ? 嫌がらせなのか?
俺が困っていると、眼鏡くんに動きがあった。ポケットからなにかを取りだし、腕を突きだして見せてきた。メタルプレートだ。しかも金。こいつもハイランクなのか。
よくわからんが、俺も首から下げているチェーンをたぐり、同じようにプレートを見せる。
すると眼鏡くんはなにか勝手に納得したようで、ひとつ頷くとそのまま扉を開けて出ていった。意味がわからん。
しばらくするとノックがした。
四人目にして初めてのノックだ。ついに女の子だろうかと胸が高鳴る。
「どうぞ」
期待でうわずった返事のあと、部屋に入ってきたのは、またしても男だった。黒い長髪に黒いロングコート、しまいには長い前髪で顔のほとんどが隠れている奇妙な出立ち。触れてはいけない雰囲気がぷんぷんする。
「我が名はダーク。闇に寵愛されし漆黒の剣士」
「あ、はい。ライトです」
名乗られて、つい返事をしてしまった。しかし、これはアレだ。やべぇやつだ。
「くっくっくっ。隠しても無駄だ、我にはわかる。お前の真の姿がな」
「あ、はい」
やっぱやべぇやつだ。しかし、はやく出てって欲しい反面、気になることがあった。じっくり十秒悩んだ末、好奇心のままに俺は聞くことにした。
「初めて聞いたけど、闇の精霊と契約してるのか?」
「ふっ、我と精霊の関係に名など不要。闇は常に其処に在る」
あ、これやべぇやつだ。
くっくっくっと笑う男は、それ以上喋ることなく時間いっぱいまで部屋に居座った。怖い。
スキンヘッドに始まり、ズタ袋頭、無口眼鏡、全身黒いやべぇやつと、四連続で濃厚なキャラが続いている。本当に俺の指名はカウントされてるのか? むしろマッチングサービスなんて本当はなくて、俺は騙されているんじゃないか? 俺が疑心暗鬼におちいったとき、控えめなノックが聞こえた。「どうぞ」と答えると、ついに俺の待ち望んでいた時がきた。
「はじめまして」
その甘い声につい顔がゆるむ。さっきの部屋で見かけたポニーテールの女の子だ。顔が可愛いだけでなく、声まで可愛いなんてもう奇跡だろ。
「えっと、ルルです。精霊術師の銀級です」
「ライトです。精霊獣師の金級です」
「え! すごい、精霊獣師の人を初めて見ました!」
ルルちゃんは本心からそう思っているようで、大きな瞳を丸くさせながらポニーテールを揺らし、身体全体で驚きを表していた。なにこれ可愛すぎる。俺もこんな可愛いリアクション初めて見ました。
「どの大型倒して金級になったんですか?」
「エインガナ。知ってるかな?」
「エインガナ……ですか? どんな悪霊だったんです?」
「ヘビ型。けっこう大きくて、十メートルはあったかな」
「十メートルのヘビ……」
驚いて放心している姿も可愛い。銀級だと討伐してできるのは、せいぜい三メートルくらいだろう。ここは、もう少しカッコつけさせてもらおうか。
「実は、俺の精霊獣のうちの一体はそのときのエインガナでね。討伐のとき運良く精霊獣に進化したんだ」
討伐すると大抵はもとの実体と精霊が分離する。その中でも低い確率で、分離せずに浄化されたものが精霊獣なのだ。彼らは半精霊なので、実体を持つことも精霊のように空間に漂うこともできる。いまだって名前を呼べばすぐに現れる。
「シーア」
呼ばれたシーアはすり寄るように俺に巻きついた。
「どう? 綺麗でしょ?」
返事はなかった。気がつくと、ルルちゃんは椅子に座ったまま失神していた。
「やばい! シーア、治癒してくれ!」
具合が悪かったのだろうか。シーアがルルちゃんを水で包むと、淡い光とともに即座に治癒された。ゆっくりと瞳を開けたルルちゃんだが、次の瞬間にはまた失神していた。
ちぎれた四肢すら繋げられるシーアの治癒が効かないとなると、俺の手には負えない。生命の危機だ。幸いなことに、呼吸も脈もある。急いでシーアに運んでもらって、近くにいた職員にルルちゃんを引き渡す。会場のなかがざわついた。職員も驚いた様子だったが、手早く説明をするとルルちゃんを連れ会場の外へ出ていった。
残念だが、あの様子だとルルちゃんは鎮魂者を続けられないかもしれない。それでも、どうか生きて欲しいと俺はルルちゃんの去った方角へ祈った。
トラブルはあったが、マッチングが中止になる気配はない。しかし、俺が個室に戻ろうとしたところ、職員にとめられた。
「すみません、急病者発生のため面談は終了となります」
「そうか」
それは仕方がない。もうひとりの指名、赤髪の女の子とは話せなかったが、マッチング指名に書けばいいだけだ。
俺は職員からマッチング希望のアンケート用紙をもらうと、希望順に名前を書いた。
第一にビキニアーマーの女性、第二に赤髪の女性、第三第四もそれぞれ会場にいた女性の特徴を書く。最後の希望には、マッチングは無理でも彼女の生存と幸福を願ってルルちゃんの名前を書いた。
「みなさまお疲れさまでした。では、順番に名前を読み上げますので、マッチングされたパーティー用への個室へおひとりずつご案内いたします」
用紙を渡してすぐに、司会が言った。
名前を呼ばれた者から順に会場を出ていく。最後の集計がこんなに早いということは、希望に限りなく近いのだと推測できる。
「ライトさん」
「はい」
俺も呼ばれ、会場をあとにする。職員についていくと、一枚の扉の前で止まった。
一度深呼吸をする。ここから、俺の薔薇色の日々が始まるんだ。期待に胸が高鳴るのを感じながら、俺は扉を開き――――
そっと閉じた。
扉の先に異様な光景が見えた気がした。気のせいかもしれない。おそるおそる、もう一度扉を開き…………すぐに閉じた。
なんだ、なんだ? 一人くらいは変なやつもいるかもしれないとは思ったが、全員様子がおかしい。どういうことだ? しかも、女性がひとりもいない。
「お姉さん! ちょっと待って」
俺は去ろうとする職員を急いで呼び止めた。
「俺の希望がひとつも通ってないんだけど!? どういうこと!?」
「マッチング選考は守秘義務ですのでお伝えすることはできないのですが、ひとつだけ言わせていただくならば、ライトさんはとても人気でした」
「ならなんで、あの面子になったの!? 俺の希望は!?」
「ええ、ライトさんのご要望は存じております」
そのとき、扉の開く音がした。
隣の部屋から、イケメンの二人組が女の子を三人連れてでてくる。そこにはビキニアーマーの彼女もいた。
なんだよあれ。そこは俺のポジションだったはずだ。
「ライトさん!」
俺の気持ちも知らずに、イケメンの一人が笑顔で俺の名を呼んだ。
「残念でした。ライトさんがいれば、すぐにでもハイランク討伐にいけると思ってたんですけどね。でもすぐに追いてみせます!待っててください」
イケメンはキザにウィンクをすると、さっそうと歩いていった。なんだよあれ。
「……俺があそこにいるべきだったのに」
ちくしょう。悔しい。イケメンは顔がいいだけでモテて、女の子とパーティも組めるなんて不公平だ。
悔しさに歯噛みする俺に、職員のお姉さんは言った。
「彼らはみな、銀級です」
「は? だからなに?」
「これは職員としてではなく私の意見ですが、おそらく彼らは金級にはあがれないでしょう。
しかし、ライトさんは金級にして希少な精霊獣師。しかも今回マッチングしたのは全員金級です。ノーネーム討伐も可能なパーティで、白金級到達も夢じゃない」
「そりゃ白金は憧れるけど、俺の夢は女の子にモテることで…………」
「富と名声が高いほど、女性は惹かれます。銀級のパーティとは雲泥の差です。パーティ内でうまく交際できなければそれも良しですが、それはモテるというのでしょうか?」
「モテる、ではない」
「そうです、モテるとは言いません。目指すなら白金級。そこまでいけば、老若男女問わずライトさんのファンや追っかけが生まれます」
「ファンや追っかけ」
「そうです。その頃にはハニートラップにも気をつけなくてはなりません」
「ハニートラップ」
「しかし、ライトさんが今回のマッチに不満があるというのであれば、残念ですが再度マッチングを組ませていただきます」
俺は考えた。コンマ五秒考えた。
「突然すまなかった。せっかくの縁だ。頑張ってみるわ」
そうだ、初心を忘れていた。俺はモテたいのだ。チヤホヤされてキャーキャー言われたい。彼女を作るのではなく、モテるべき努力を忘れていた。危うく低レベルパーティで満足するところだった。
お姉さんが、大切なことを思い出させてくれた。考えてみたら、この扉は薔薇…………いや、白金へ続く扉だ。俺は扉を開け放ち、笑顔を浮かべた。
「待たせてごめん! せっかくだし、食事でもしながら交流を深めようか」