02.いい人で何が悪い
「ごめんなさい。お友達でいよう」
嘘だろ…………やばい、なにも言葉が出ない。まさかフラれるなんて思ってなかった。
絶句する俺を気にせず、女はワインを美味そうに飲んでやがる。意味がわからない。どういう神経してんだ。
今度こそいけると思った。五回飯に誘って、五回ともついてきた。欲しいアクセサリーがあるって聞いたからプレゼントもした。いまこの場所だって、高級レストランのVIP席だ。着ていく服がないっていうから、ドレスも一緒に買いに行ったのに、そりゃねぇだろ。
「待って、俺のなにがダメだった?」
「ライトくんはいい人だから、付き合って別れたりしてサヨナラしたくないの――――」
「別れなければいい! 結婚しよう!!」
「それはまた話が別だよ」
にこにこと笑顔を浮かべて拒絶する女。さすがにもう粘る気は起きなかった。
「ごめん、先帰るわ。下に馬車あるから、気をつけて帰って」
「ありがとう。ライトくんまたね」
またね、じゃねぇよ。次はないっつーの。こんな悔しいのに、まだ女に好意をもつ自分が一番つらい。
もともと一台の馬車で帰る予定だった俺は、しかたなく夜の街をひとりで歩く。すれ違うカップルのすべてが憎い。夫婦も憎い。なんかもう、幸せそうなやつ全員憎かった。
「いまなら、嫉妬で人を呪い殺せそう」
恨み言を呟いていると背後から、くうん、と鳴き声が聞こえた。
「ワフ……!」
白い毛並が美しい、俺の精霊獣。その姿をみた瞬間、いろいろな感情がまざって泣きそうになった。
ふわりとふいた風に包まれ、俺がワフの背中にのると、そのままワフは夜空を駆けだした。風にのって、あっという間に街を出る。川を越え、山を越え、木々が生い茂る森のなかにきて、ようやくワフは俺を降ろした。
俺の視線の先には、月明かりをうつす泉がある。その水面上には、滑らかな白い肌をもつ大蛇がいた。俺のもう一体の精霊獣。
「シーア…………俺もう、くじけそう」
弱音を吐く俺のもとに、ワフとシーアが寄りそう。優しい子たちだ。それに二体だけじゃない。吹きぬける風と清らかな水、瑞々しい木々と豊かな大地からは、姿の見えない精霊を感じられる。目を閉じて、六感でそれを感じると荒んだ心が凪いでいく。
精霊は流れであり、力であり、この世界そのものだ。それを感じられるようになると、世界に少しだけ触れることを許される。
それに一度でも触れた者は悟る。人間の社会なんてちっぽけだとわかるほどの、純粋で逆らうことのできない圧倒的な流れ――――なんだけど、ああ、まじか。すぐ近くで不純物がまじっていることに気づいてしまった。
俺が目を開けると、ワフとシーアも気づいたようにこちらを見た。すぐさまワフの背中にのる。
「ワフ、頼む」
風にのり、森の中を駆ける。木々が避けて、俺たちは速度をのせて直線でつき進む。ワフは風の精霊獣だ。森の精霊とも親和性が高く、森はワフの庭といってもいい。
数分走ると、開けた場所にでた。あたりの空気に、淀みが広がっている。そこには、俺の背丈ほどもある兎が一匹、毛を逆立てて威嚇していた。額からは角が生え、木々をかじったのか周りの木が倒木されている。
「シーア、頼む」
シーアは俺の身体から姿をあらわし、兎に巻きついた。すると兎は分厚い水の膜で覆われる。水の精霊獣であるシーアだが、水は浄化と治癒の効果をもつ。兎はもがくが巻きついたシーアが締めつけ、まとわりついた水がみるみるうちに黒く濁っていく。そして、不透明の膜が弾けるとともに、兎は身体をぐったりとさせて倒れこんだ。巨大な身体は見る影もなく、そこには普通の小さな兎と巨大な角が落ちていた。
あわてて駆けよると、兎の息はあるようだ。よかった。
「シーア、ワフ、ありがとう」
お礼をいえば、二体はまんざらでもないように俺に身体を擦り寄せた。
世界は、純粋で圧倒的な流れでみちているが、ふとしたときに不純物がまぎれこみ淀む。
流れが淀みを除外するときに、巻き込まれた精霊が悪霊となる。精霊は見えないが、悪霊は見えるし触れるうえに破壊をつくす。いまの兎くらいなら、そこらの猟師でも倒せると思うが、淀みが大きいととんでもないモノが生まれる。ときに、街を簡単に壊滅できるほどの存在が。それを討伐するのが鎮魂者であり、俺の仕事だ。
「ごめんな、急に仕事になっちゃって」
ワフとシーアの頭をなでながら、ふとある言葉が頭をよぎった。
『わぁ、ハイランクの鎮魂者と話すのはじめて! かっこいい!!』
さきほど振られた女に、はじめて会ったときに言われた言葉。いま思えば社交辞令だったのかもしれないが、俺はあの言葉で脈アリだと感じた。
そもそも、俺はモテたかった。かっこいいって女の子にいわれたり、告白されたりしたかった。だから鎮魂者になったんだ。
鎮魂者の悪霊討伐は花形、新聞にも雑誌にも載る。俺の名も売れてきて、単独取材を受けるほどになった。しかし、金と栄誉を手に入れても、一番の願いがいつまでも叶わない。なんなら、モテなくてもいい、ただ一人の彼女さえいれば。そのために出会いを探して、アプローチして、デートに漕ぎ着けて、失恋すること五回。フラれる時の断り文句はみんな同じ、ライトくんはいい人だから。俺だって気づいてる。『いい人』は『都合のいい人』ってことくらい。
「はぁー…………もうだめだ」
せっかくワフたちの気づかいで精霊に触れ、世界の大きさに触れても、所詮俺は俗物なのだ。
世界から見れば大したことなくても俺はモテたいし、彼女が欲しい。ふられて悲しい。
力なく座りこんだ俺の肩に、滑りとした何かが触れた。シーアが淀んだ水で濡れた何かを咥えて、俺に押しつけている。
「なんだよ」
気持ち悪いと思いながらも、それをつまみあげる。なにかのチラシのようだ。
「あつまれ…………鎮魂者の街?」
そういえば、最近デートに夢中で聞き流していたが、誰かが言っていたような気がする。悪霊被害で半壊した街を、街おこしで鎮魂者をターゲットに作りかえるとかなんとか。
『――あつまれ! 鎮魂者の街! ――
街道沿いに新装オープン!
【武器・防具特化】
熟練者のハイ級装備から、初心者装備までなんでも揃います。各種持ち込み素材から作成依頼が可能な武器・防具工房はもちろん、既製品を扱う有名商会の支店数国内最大級。カジュアルラインでは、王都の流行りを熟知したデザイナーズブランドも多数出店』
ふうん。俺は霊獣師だから防具のみだが、国内最大級というのは興味ある。デザイナーズブランドではモテる服も揃いそうな気がする。なかなか情報量が多いチラシで、真新しさはないがなかなか面白そうなことが他にも載っている。読み進めていくと、とある見出しが目にとまった。
『【新設! マッチングサービス】
国内初! マッチングサービスのご案内です。
・はじめてのパーティの組み方がわからない
・パーティメンバーが揃わない
・在籍パーティに不安がある、不満がある
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どれかひとつでも当てはまったかたは、ぜひマッチングサービスのご利用をおすすめいたします。
利用者のみなさまにご記入いただいたアンケートをもとに、条件のマッチしたかたとのパーティ結成のお手伝いをいたします。ご自身でメンバーを集めることなく、お手軽にパーティ結成が可能です。
討伐級を求めるもよし、性格重視もよし、男女の出会いを求めるもよし。あなたのお好きな条件でパーティを組むのはいかがですか?』
なんだこれ! 男女の出会いもよし!? 俺のためのサービスだろ!!!!
もしかして、俺がフラれたのには理由があったんじゃないか? 精霊の思し召しとしか思えない!
「シーアでかした!」
さっそく旅立ちたいところだが、荷物をまとめにら戻らなければならない。いまのパーティも脱退なければ。よし、これから忙しくなるぞ!
そうして俺は、『パーティ抜けます。いままでありがとう』と書いた置き手紙を残し、希望を胸に住みなれた街と別れを告げた。