第11話
王都滞在二日目――。
夜が明け起床したイザークは、軽く朝食を済ませて、宿を出た。当然、向かう先は昨日と同じ場所だ。
掲示板の前には、すでに人だかりが出来ていた。張り出された依頼書へ、我先にと手を伸ばす。生活がかかっているため、皆必死だ。中には取っ組み合いの喧嘩にまで発展し、衛兵が止めに入る――王都では日常的な光景だ。
とはいえ他人事のように眺めているわけにもいかない。生活がかかっているのは、イザークも同じだ。
だが、そもそも掲示板に近づくことすらままならない。近づかなければ、依頼内容を確認することも出来ない。何とか前に出なければいけないが、この密集した人々の間をすり抜けるのは困難だ。体格差や腕力もあるため、無理に押し退けて怪我をさせるわけにもいかない。こうして迷っている間にも、依頼書は次々に剥がされ、数を減らしていく。
「よお、あんたも仕事探しか?」
そんなとき、ふいに声をかけられた。褐色の肌に、頭を丸めた髭面の男だ。袖をまくった腕は太く、血管が浮いている。
「まぁな」
男に胡乱な視線を向けながらも、イザークが頷くと、
「ならちょうどいい。害獣退治の依頼を受けたんだが人手が欲しくてな。俺たちと組まねぇか?」
「他にも仲間が?」
「ああ。一緒にやるんならこれから案内してやるよ。で? どうだやるか?」
イザークは男の顔を数秒見つめ、ふぅっと息を吐き出した。
「いいだろう。連れていってくれ」
「よし。こっちだ」
人集りから離れ、男の後をついていった。大通りを逸れ、人気のない方へと進んでいく。
薄暗い裏路地に入り、行き止まりまで歩くと、そこにまた更に二人の男がいた。にやにやと笑みを浮かべている。とても友好的な雰囲気には見えない。
「言ったろ? 害獣退治だってよ」
髭面の男が言う。それが答えだった。
(やはりか......)
当然イザークも罠だろうと予想してはいた。だが王都には暫く滞在するため、無視をしてもまた絡まれる可能性もある。最悪の場合、モニカやソフィーが巻き込まれるかも知れない。そこであえて実力差を示すことで、後顧の憂いを断つ方を選んだ。
すでに全員がチンピラに毛が生えた程度でしかないと見抜いていた。三人いたところで相手にならない。
「他人様の仕事を奪いやがって。ケダモノの分際でよ」
ハローラン王国は亜人に寛容で、特に肉体労働は身体能力に優れた獣人が重宝されている。だが一方で職にあぶれた人間がいるのも事実だ。
「要は逆恨みか。下らん」
「口の利き方に気をつけろよテメエ」
イザークの言葉に、髭面の顔が朱に染まった。思った通り沸点も低いようだ。
「もういい。ぶっ殺してやる」
三人はナイフを手に、近づいてくる。それでもイザークは冷静だった。場数は明らかに彼の方が上だ。まるで相手にならない。槍斧を使うまでもなく、素手で充分だ。
報復する気も失せるくらい、徹底的に叩きのめすことだけを考えていると――、
「よっ! 取り込み中にわりーな! 邪魔するぜ!」
場の空気を読まない、朗らかな声が裏路地に響く。
イザークが振り向くと、裏路地の入り口の方からまた一人、歩いてくるところだった。右足を引き摺っている。髪と瞳は水色で、見た目では性別の判断できないものの、先ほどの声の主だとすれば男性で間違いないだろう。
「何だテメエ? 消えろ」
「そんなカリカリすんなって! 長生きできねーぞ? もっと余裕持とうぜ!」
髭面が睨みつけるも、笑っていなす。
「シアン......か?」
思わず呟いたイザークの声が聞こえたのか、水色髪の男はちらとこちらを見て、にっ、と口角を上げた。子供の頃と変わらない、シアンの笑顔だ。
「ちょっとこいつ借りていいか? 用があんだよ」
シアンが、イザークを示して言う。
「あ? 俺らが先だ。勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
「いいじゃねーか。別に減るもんじゃねーし。ここは男らしく、器のでかいところを見せよーぜ?」
剣呑な男たちに囲まれても、あくまでシアンは己のペースを崩さない。
「馬鹿にしやがって。 テメエも殺すぞ?」
「そんな足で俺らに敵うと思ってんのかよ? ナメてんのか?」
男たちは青筋を立てて距離を詰めてくる。
「足? こんなんハンデにもなりゃしねーって。ま、やってみりゃ分かんじゃね?」
挑発するシアンの言葉を合図に、ついに男たちが動き出す。
男たちがナイフを手に襲いかかる――が、シアンは軽く身を捻るだけで彼らの攻撃を躱す。
「おせーぞ? 俺を殺るんじゃねーのか? もっとやる気出せって」
シアンの煽り口調に男たちはますます苛立ち、攻撃が単調になっていく。
「あー......そろそろ反撃すっか」
その言葉とともにシアンは一人ずつ当て身を食らわせ、あっという間に全員を昏倒させた。
「おいおいもう終わりかよ! さっきまでの威勢はどーした? 拍子抜けじゃねーか!」
シアンは肩を竦めた。息を切らした様子もない。それからイザークを見ると、
「この程度なら助けはいらねーよな! 余計なことしちまった!」
言って近づいてくるシアンを――イザークはどん、と強く突き飛ばした。
「おい! そんな怒るなっ――」
抗議しようとしたシアンとイザークの間を、何かが勢いよく横切った。とても小さなものだ。
飛んできた方をみると、髭面の男が顔を上げて驚きの表情を浮かべている。イザークが男に近寄って、殴りつけると白目を剥いて失神した。
シアンを見ると、屈み込んで地面に落ちているものを確認している。
「毒針だな」
リシューでも、サムウェルを殺した刺客の男が毒針を使っていた。ただの偶然だろうか?
「衛兵が来る前にずらかるか」
異論はなかった。二人は裏路地を抜け、大通りに戻る。
「にしてもおまえ、だいぶ変わったじゃねーか」
シアンがイザークを改めて眺めながら言う。
「シアンもな。随分と背が伸びたようだ」
「嫌みにしか聞こえねーよ! でかくなりすぎだろおまえ! 俺よりチビだったのに抜かしやがって!」
バンバンッと彼の背を叩く。十数年ぶりの再会とは思えない気安さだ。
「だいたいその喋り方もなんだよ! やたら板についてやがるし!」
「何事も形から入れと言うだろう?」
「ガキの頃は『おまえら見た目と中身が逆だな』って言われたもんだけど、分からねーもんだぜ」
と、シアンが感慨深く言えば、
「ま、おまえが立派に成長したのを見れて嬉しいぜ! 『相棒』!」
「......っ」
彼の口から飛び出した懐かしい響きに、言葉を詰まらせる。不意打ちを食らった気分だ。それを誤魔化すように、
「......シアン、王都で何をしている? その足はどうした?」
最後に別れたとき、フラトニス家への復讐が彼の目的だったはずだ。足の怪我も気になる。
「待てって。ちゃんと説明してやるからよ。とりあえず落ち着いて喋れるところに行こうぜ」
確かにここで話すべきことではない。二人は場所を移すことにした。




