第8話
「ねぇねぇミアちゃん」
「んー? なにー?」
「ミアちゃんの叔母さんって、いつもああいう喋り方なの?」
小遣いをもらってご機嫌なミアに、ソフィーは疑問を投げかける。
「最近ラスメントで演劇を観たらしくて。それからはあんな調子だね。影響受けやすいっていうかさ」
どうやら触れた小説や演劇により、気分で言動がころころ変わるらしい。付き合う方は大変である。
「観たのは『聖女クリスタベラ』って言ったね。ソフィーは知ってる?」
「ううん、知らない」
「そっかー。私も知らなーい」
からからと、ミアは笑う。互いにまだ六歳の少女なので、演劇より友達と遊ぶ方が楽しいのだろう。
「でも不思議だね。ミアちゃんの叔母さんは、どうしてお店のこと知ってたんだろ?」
ソフィーは首を傾げる。
「店の前で酔っ払いが騒いでたのを、叔母さんが止めに入ったらしいよ?」
ミアの叔母――タニスがちょうど仕事を探していたのもあって、メラニーの店で働くようになったという。
あれほど目立たずに稼ぎがあるのか疑問だが、どうやら店を始める前から『あのシャーウッドの弟子』として一部の愛好家から知られた存在になっており、店の営業と並行して人形制作の依頼も承っているため、そこは心配いらないようだ。
人形制作は趣味も兼ねていて、作りたいものを作ったはいいものの置き場に困り、店に人形を飾ることにしたらしい。
屋台巡りをしていると、美味しそうな匂いについつい引き寄せられてしまう。時には二人で分け合いにながら食べ歩きを楽しむ。
「......? 見て、ミアちゃん。あの子」
ふと、ソフィーが足を止めた。視線の先には、焼き菓子を売る屋台があり、恰幅のいい女性が明るい笑顔を振りまいて接客をしていた。王都で人気の屋台で、子供から大人まで幅広く愛されている。
その屋台から少しばかり距離を取って少女が一人、佇んでいる。年齢はソフィーたちとさして大差ないように見え、髪は黒く猫背気味、前髪で目元が隠れているのが特徴的だ。
少女は屋台の方を見ているようだ。胸元で麻の小袋を握りしていることから、買い物に来たらしいと分かるが――。
「あんなとこでさ、何してんだろうね?」
「んー……声をかけづらいのかなぁ?」
ミアの疑問に、ソフィーはそう返す。見れば確かになかなか客足が絶えず、途方に暮れているように見える。
「話しかけてみよ! 出来たら助けてあげたいし!」
「だねー。放っておけないしさ」
揃ってお人好しな二人は少女に近づく、いつもの調子で「こんにちは!」とソフィーは声をかける。
「ごめんね! 困ってるみたいだったら」
「あっ……あ、えと……いえ……あの……」
少女は俯きがちに、おどおどとした様子でか細い声を発する。どうやらかなりの人見知りなようだ。
「お菓子、買いたいの?」
ソフィーが訊ねると、少女は戸惑いながらもこくんと頷く。
「ならもうちょっと近づいた方がいいよ! 一緒に行こ?」
「早くしないと売り切れちゃうからさー!」
ソフィーとミアは少女を促し屋台に駆け寄り、客が離れるのを見計らってそれぞれの分を購入する。
「あ、あの……あの、ありがとう、ございます……」
「そんな畏まんなくっていいよー! 見た感じ歳も変わらないっぽいしさ!」
礼を口にする少女に、ミアは気さくに応じる。
「私はミア! よろしく!」
「わ、えと……わ、わたしはマーシャ、です……よろしくお願いしま、す」
「あたしはソフィーだよ! マーシャちゃんは観光?」
「わた、しはここに......王都に住んで、ます......」
「私もーっ!」
「あたしもいたよ! 今はリシューだけどね!」
「そ、そうなんです......ね」
マーシャは落ち着かないのかそわそわし出すと、
「あの......それじゃ、わたしは、これで......」
「うん! また会えるといいね! あたしは暫く王都にいるから!」
二人に頭を下げ、マーシャが立ち去ろうと踵を返したとき――ちょうど通りかかった竜人族の男とぶつかった。俗にリザードマンと呼ばれる、縦長の瞳孔に全身を固い鱗で覆われた種族だ。
「うっ!?」
マーシャはその場で尻餅をついた。竜人族の男は舌打ちをすると、急ぐように早足で行ってしまった。
「大丈夫!? マーシャちゃん!」
「何さあの態度! 腹立つ!」
ソフィーはマーシャに近寄り、ミアは男がいなくなった方を睨む。
「痛いところない?」
「あ、大、丈夫です......」
怪我をした様子はなく、ソフィーはほっと胸を撫で下ろす。
「マーシャちゃん立てる? ほら」
ソフィーが手を差し出す。マーシャが顔をあげると、前髪で隠れていた両目が露になる。
「あ......」
紫色に輝く瞳が、ソフィーを見上げている。
「きれいな眼だね! 宝石みたい!」
神秘的な魅力を持つ両目に、思ったことが口を突いて出る。
「………っ!」
びくりと体を震わせ、マーシャは差し出された両手を避けた。
「マーシャちゃん……?」
「み、見ない、で……見ないで、くださ……」
マーシャは逃れるように後退る。何とか立ち上がったかと思うと、そのまま走り去ってしまった。
「え? どうしたっていうのさ......?」
背後でミアが戸惑う声がするも、ソフィーに分かるのは一つ、マーシャが酷く怯えていたということ。後にはマーシャが落とした焼き菓子が、ただ残されているだけだった。
息切れがして、脇腹が痛みを訴えたところでマーシャは足を止めた。
冷静になると後悔が押し寄せる。ソフィーには申し訳ないことをしてしまった。もしまた出会う機会があれば、ちゃんと謝らなくては。
ここはヴーレタールではない――そう何度も言い聞かせる。頭では分かっている。分かっているつもりだった、それなのに。
とある男性にこの国へと逃してもらったおかげで、自分はこうしていられる。密航船を手配してくれたあの男性は今、どうしているだろうか? 水色の髪と瞳の、中性的な外見のあの男性は――?
何にしろ、ここに自分が怖れるものはない。それでもふとしたきっかけでつい取り乱してしまう。あのソフィーの言葉が引き金になったように。
――素敵ですわね。あなたの瞳は。
ヴーレタールで孤児の自分を引き取った、貴族の女性――うっとりとした、あの表情。
――本当に美しい......いつまでも見ていたいですわ、アメシスト。
胸に手を当て呼吸を整え、気持ちが落ち着くのを待つ。それからまたマーシャは足早に歩き出す。
早く帰ってしまいたかった――今の、自分の家に。




