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転生人形クロエ  作者: 黒砂糖
第三章
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第8話

  「ねぇねぇミアちゃん」


 「んー? なにー?」


 「ミアちゃんの叔母さんって、いつもああいう喋り方なの?」


 小遣いをもらってご機嫌なミアに、ソフィーは疑問を投げかける。


 「最近ラスメントで演劇を観たらしくて。それからはあんな調子だね。影響受けやすいっていうかさ」


 どうやら触れた小説や演劇により、気分で言動がころころ変わるらしい。付き合う方は大変である。


 「観たのは『聖女クリスタベラ』って言ったね。ソフィーは知ってる?」


 「ううん、知らない」


 「そっかー。私も知らなーい」


 からからと、ミアは笑う。互いにまだ六歳の少女なので、演劇より友達と遊ぶ方が楽しいのだろう。


 「でも不思議だね。ミアちゃんの叔母さんは、どうしてお店のこと知ってたんだろ?」


 ソフィーは首を傾げる。


 「店の前で酔っ払いが騒いでたのを、叔母さんが止めに入ったらしいよ?」


 ミアの叔母――タニスがちょうど仕事を探していたのもあって、メラニーの店で働くようになったという。

 あれほど目立たずに稼ぎがあるのか疑問だが、どうやら店を始める前から『あのシャーウッドの弟子』として一部の愛好家から知られた存在になっており、店の営業と並行して人形制作の依頼も承っているため、そこは心配いらないようだ。

 人形制作は趣味も兼ねていて、作りたいものを作ったはいいものの置き場に困り、店に人形を飾ることにしたらしい。


 屋台巡りをしていると、美味しそうな匂いについつい引き寄せられてしまう。時には二人で分け合いにながら食べ歩きを楽しむ。


 「......? 見て、ミアちゃん。あの子」


 ふと、ソフィーが足を止めた。視線の先には、焼き菓子を売る屋台があり、恰幅のいい女性が明るい笑顔を振りまいて接客をしていた。王都で人気の屋台で、子供から大人まで幅広く愛されている。


 その屋台から少しばかり距離を取って少女が一人、佇んでいる。年齢はソフィーたちとさして大差ないように見え、髪は黒く猫背気味、前髪で目元が隠れているのが特徴的だ。


 少女は屋台の方を見ているようだ。胸元で麻の小袋を握りしていることから、買い物に来たらしいと分かるが――。


 「あんなとこでさ、何してんだろうね?」


 「んー……声をかけづらいのかなぁ?」


 ミアの疑問に、ソフィーはそう返す。見れば確かになかなか客足が絶えず、途方に暮れているように見える。


 「話しかけてみよ! 出来たら助けてあげたいし!」


 「だねー。放っておけないしさ」


 揃ってお人好しな二人は少女に近づく、いつもの調子で「こんにちは!」とソフィーは声をかける。


 「ごめんね! 困ってるみたいだったら」 

 

 「あっ……あ、えと……いえ……あの……」


 少女は俯きがちに、おどおどとした様子でか細い声を発する。どうやらかなりの人見知りなようだ。


 「お菓子、買いたいの?」


 ソフィーが訊ねると、少女は戸惑いながらもこくんと頷く。


 「ならもうちょっと近づいた方がいいよ! 一緒に行こ?」


 「早くしないと売り切れちゃうからさー!」


 ソフィーとミアは少女を促し屋台に駆け寄り、客が離れるのを見計らってそれぞれの分を購入する。


 「あ、あの……あの、ありがとう、ございます……」


 「そんな畏まんなくっていいよー! 見た感じ歳も変わらないっぽいしさ!」


 礼を口にする少女に、ミアは気さくに応じる。


 「私はミア! よろしく!」


 「わ、えと……わ、わたしはマーシャ、です……よろしくお願いしま、す」


 「あたしはソフィーだよ! マーシャちゃんは観光?」


 「わた、しはここに......王都に住んで、ます......」


 「私もーっ!」


 「あたしもいたよ! 今はリシューだけどね!」


 「そ、そうなんです......ね」


 マーシャは落ち着かないのかそわそわし出すと、


 「あの......それじゃ、わたしは、これで......」


 「うん! また会えるといいね! あたしは暫く王都にいるから!」


 二人に頭を下げ、マーシャが立ち去ろうと踵を返したとき――ちょうど通りかかった竜人族の男とぶつかった。俗にリザードマンと呼ばれる、縦長の瞳孔に全身を固い鱗で覆われた種族だ。


 「うっ!?」


 マーシャはその場で尻餅をついた。竜人族の男は舌打ちをすると、急ぐように早足で行ってしまった。


 「大丈夫!? マーシャちゃん!」


 「何さあの態度! 腹立つ!」


 ソフィーはマーシャに近寄り、ミアは男がいなくなった方を睨む。


 「痛いところない?」


 「あ、大、丈夫です......」


 怪我をした様子はなく、ソフィーはほっと胸を撫で下ろす。


「マーシャちゃん立てる? ほら」


 ソフィーが手を差し出す。マーシャが顔をあげると、前髪で隠れていた両目が露になる。


 「あ......」


 紫色に輝く瞳が、ソフィーを見上げている。


 「きれいな眼だね! 宝石みたい!」


 神秘的な魅力を持つ両目に、思ったことが口を突いて出る。


 「………っ!」


 びくりと体を震わせ、マーシャは差し出された両手を避けた。


 「マーシャちゃん……?」


 「み、見ない、で……見ないで、くださ……」


  マーシャは逃れるように後退る。何とか立ち上がったかと思うと、そのまま走り去ってしまった。


 「え? どうしたっていうのさ......?」


 背後でミアが戸惑う声がするも、ソフィーに分かるのは一つ、マーシャが酷く怯えていたということ。後にはマーシャが落とした焼き菓子が、ただ残されているだけだった。







 息切れがして、脇腹が痛みを訴えたところでマーシャは足を止めた。

 冷静になると後悔が押し寄せる。ソフィーには申し訳ないことをしてしまった。もしまた出会う機会があれば、ちゃんと謝らなくては。


 ここは(・・・)ヴーレタールではない(・・・・・・・・・・)――そう何度も言い聞かせる。頭では分かっている。分かっているつもりだった、それなのに。

 

 とある男性にこの国へと逃してもらったおかげで、自分はこうしていられる。密航船を手配してくれたあの男性は今、どうしているだろうか? 水色の髪と瞳の、中性的な外見のあの男性は――?


 何にしろ、ここに自分が怖れるものはない。それでもふとしたきっかけでつい取り乱してしまう。あのソフィーの言葉が引き金になったように。


 ――素敵ですわね。あなたの瞳は。


 ヴーレタールで孤児の自分を引き取った、貴族の女性――うっとりとした、あの表情。


 ――本当に美しい......いつまでも見ていたいですわ、アメシスト(・・・・・)


 胸に手を当て呼吸を整え、気持ちが落ち着くのを待つ。それからまたマーシャは足早に歩き出す。


 早く帰ってしまいたかった――今の、自分の家に。

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