第7話
ミアは、一軒の家の前で足を止めた。
「着いたっー! ほら! ここだよ!」
「え?」
ソフィーとモニカは戸惑いの表情を浮かべる。そこはどう見てもありふれた――二階建ての住宅だった。
「ミアちゃん、本当にここなの?」
「本当だって! 普通の家みたいじゃん? だからあんまり知られてないってこと!」
モニカの問いにミアははっきりと答える。嘘を吐いている様子はない。そもそも嘘を吐く理由もないが。
「しょうがないなー。私が先に入るよ」
ミアはノックもせず扉を開ける。
「叔母さーん! 来たよー!」
モニカとソフィーも続いて扉の中を覗くと、確かにそこは紛れもない店だった。子供から成人まで、精巧に作られた人形が所狭しと飾られている。
「よく来たな……待っていたぞ」
声がした方をみるとショートヘアの若い女性が、カウンターで腕組みをしてふんぞり返っている。
「あたしたちが来るの知ってたのかな?」
ソフィーが首を傾げると、
「気にしなくていいよ。特に意味はないから」
言って、ミアは肩を竦める。
「して、今日は何用だ? まさか世間話をしに来たというわけでもあるまい?」
「私の友達がね、人形を直してもらいたいんだって」
「なるほどな。とはいえ私はあくまで雇われの身に過ぎぬ故、我が主に助力を乞うとしよう。きっと力になってくれるはずだ」
つまり自分の手に余るから店長――グレン・シャーウッドの元弟子である人形師に声をかけてくれる、ということらしい。なぜこんな芝居がかった言い回しなのか、疑問ではあるが。
「――客でも来たのかい? 珍しいこともあるもんだねぇ」
奥の部屋から、焦茶色の瞳と髪の中年女性が現れた。ちゃんと食べているのか気になるほど痩せていて顔も青白く、目の下に隈も浮かんでいる。
「呼ぶ手間が省けたか。主よ、客人だ。人形の修理を頼みたいそうだ」
「アンタ......客の前でもそんな喋り方なのかい」
中年女性は呆れた様子で言う。それからソフィーたちの不安そうな視線に気付くと、
「その反応にも慣れたもんだよ。アタシはこれでも健康そのものさ。心配には及ばないよ。ただ少し寝不足なだけさ」
どう見ても『少し寝不足』なだけには見えないが――本人が問題ないというなら、納得するしかない。
「アタシはメラニー。メラニー・ランズデール。ここの店長で、売ってる人形も全部アタシが作ったやつだよ。で、直してもらいたい人形ってのはそれか……い?」
自己紹介の後、中年女性――メラニーは、ソフィーの抱えるクロエを見るなり、表情が固まった。
「この子の人形がどうかしましたか?」
「……いや、とりあえずその人形を見せとくれよ」
ソフィーからクロエを受け取る。
「あ、それにこちらも」
「設計図? この人形のかい? ずいぶんと用意がいいもんだ……」
するとメラニーはミアの方に目を向けると、
「アンタ、その子と外に出てな」
と、ソフィーを示して言った。
「大人同士の会話だから、そこら辺で遊んできな」
「何でさ? 秘密の話? 気になる!」
「小遣いもやるからさ。アンタの叔母が」
「ほんと!? やったぁー!!」
「.....ふむ。私も懐に余裕があるわけではないが、致し方あるまい」
ミアの叔母は渋々と小遣いを渡し、モニカもまたソフィーにいくらか握らせる。ミアはご機嫌でソフィーを連れて外に出て行った。
「アタシらは奥で話をしてくるからさ。店は頼むよ」
「任されよ。主の大切な店、命に換えても守り抜くと誓おう」
「たかが店番で命に換えるんじゃないよ」
はぁ――と大きく溜め息を吐き、モニカと共に店の奥に向かう。
店の奥は寝泊まりをする住居スペースになっていた。そうなると、二階部分がおそらく工房になっているのだろう。
二人はテーブルを挟んで座る。クロエはメラニーの膝の上に収まっている。
「さて......これで邪魔は入らないし、お互い腹を割って話が出来るってもんだ」
ルチアと面識があるなら似ているクロエを見て何も思わないわけではないだろうし、設計図を入手した経緯も気になるはずだ。依頼をする以上、そのへんの事情を説明するのが筋というものだろう。
モニカは、クロエに関することを余さず伝えた。
「アンタ、キャンベルさんところの娘だったんだね。それを早く言いなよ......まったく」
「両親とは親しかったんですか?」
「ああ。修行中は店に昼飯を食べに行ったりね。悩みもよく二人に聞いてもらって......世話になったもんだよ」
メラニーは、昔懐かしむように目を細める。
「でも、そうか......シャーウッド家の血はもう絶えたんだよね。この人形が遺作ってわけかい」
言いながらクロエの髪を撫でる。
「一目で分かるさ。これは紛れもなくシャーウッドの作品だ。魂が宿ってるみたいだ。今にも動き出しそうじゃあないか」
言って、クロエを穴が開くほど凝視する。
(だ、大丈夫かこれ……本当に、バレてないんだよな?)
クロエは内心冷や汗をかいていたが、悟られないようとにかく人形のふりを続けた。転生してからはそれが、数少ない特技の一つなのだから。
「両親から、メラニーさんはシャーウッド家で住み込みで修行していたと聞いています」
「そうさ。寝床と食事の心配しないで専念できるから、ありがたかったねぇ」
「ルチアさんってどんな方だったんですか? 両親もあまりよくは知らないようで......」
「ああ、ルチアさんね。穏やかでいつも静かに微笑んでいるような人だったよ。それに......」
「それに?」
「立ち振舞いに気品があって、平民っぽくはなかったねぇ。職人気質の師匠とは、どうも不釣り合いというか......夫婦を演じてる、ような気がして。ただの勘だけどさ」
「互いに愛情はなかったと?」
「どうだろうねぇ。少なくとも師匠に愛はあったみたいだけど」
工房の地下室にあったルチアの人形からも、グレンのルチアへの愛の深さは窺えた。
「だから子供が出来たと手紙で報されたときは、ずいぶん驚いたもんさ」
そこまで語ったかと思うと、
「あ、そうそう。妙といえば......」
なぜか、メラニーは言い淀む。
「他にも引っかかることが?」
「師匠が死んだ時ね。急に道に飛び出した女の子を救おうとして、馬車に轢かれたらしいんだけどさ。アタシ、たまたま現場に居合わせた行商人と話をする機会があったんだよ」
モニカは黙って話の続きを待つ。
「話によると事故に遭う直前、女の子はどうやら師匠から逃げているみたいだったって言うんだよ」
「どういうことでしょう?」
「アタシも疑問に思って、その女の子......ゼメキスからの観光客だったんだけどね、話を聞きに行ったんだよ。その子の両親に断られて会えなかったけど、代わりに二人から話を聞かせてもらったよ」
「…………」
「女の子は事故で意識を失って、幸いかすり傷程度で済んだみたいだけど......起きたときには事故前後のことを何も覚えていなかったというんだよ。ショックで記憶をなくしたんじゃないかってね」
メラニーは溜め息を吐き出し、
「そういうことでね、事故の前に師匠と何があったのか......真相は闇の中ってわけさ」
そう話を締めくくった。




