第4話
そして、王都へと向かう当日――。
ソフィーはご機嫌で足取りも軽く、鼻歌でも歌い出しそうだった。
王都からこの港街に移り住んだソフィーは、これまでも残してきた友人たちとまめに手紙のやり取りを続けていた。そんな彼らと久しぶりに会えるのが嬉しいのだろう。
誰よりも早く馬車に乗り込んだソフィーは、出発のときを今か今かと待つ。
モニカとイザークは、馬車の外まで見送りにきたマギー、エリオットと言葉を交わしている。
「クロエにもあたしの友達、紹介するね! みんな良い子だから!」
「そっか。楽しみだな」
「クロエもみんなとお話できたらいいのに」
「まあ、俺は見た目がこれだからな」
クロエは肩を竦める。彼としては、正体を明かすリスクを考えずにはいられない。
イザークやソフィーは結果的に良い方向に転んだが、そうやすやすと受け入れてもらえるとは限らない。ソフィーの友人を信用していないわけではないが、状況に応じて判断していくことになるだろう。
ここは異世界らしく獣人を含め様々な種族が暮らしているようだが、クロエのような意思を持つ人形は――少なくともこの国においては異常な存在であるらしい。東にある『魔法の国』リヴェットならあるいは、といったところだ。
魔法を使うには体内の魔力が必要だが、その魔力を生まれつき持っているのはリヴェット人だけだ。いざ国同士の戦争となったとき、魔法を扱えるというのは大きなアドバンテージとなる。そのためリヴェット王国は、北のヴーレタール王国が最も警戒している国でもあった。
魔法があるのなら、クロエのような存在も受け入れてもらえるかも知れない。それを抜きにしても、せっかく異世界転生を果たしたからには魔法をこの目で見てみたい、という願望もあった。
だが一方で研究材料として扱われないか、といった懸念もあるにはある。
「クロエ、リヴェットに興味あるの? あたしも行ってみたいなぁ」
二人でそんなことを話していると、
「リヴェットがどうした?」
イザークが顔を覗かせる。どうやら聞こえていたらしい。
「イザークお兄ちゃん! 今ね、リヴェットはどんなところだろうねーって」
何度も会ううちイザークの強面にも慣れ、ソフィーは笑顔で応じる。
「オレも行ったことはない。今後も行くことはないだろう」
素っ気なく言い、馬車に乗り込む。図体が大きいため背中を丸め、窮屈そうだ。
「それはまた、何でだ?」
「この街を訪れる前、リヴェットの旅行者と顔を合わせたことがある。傲慢で見下した態度だったのが印象に残っている。魔法を使える自分たちを、選ばれた特別な人間だとでも思っているのだろう」
クロエの問いに、イザークは答える。
「オレに対しても『魔法のような高度かつ繊細な技術、ケダモノの頭で理解できるはずもありませんね』などと言っていた。手を出さなかった当時の自分を褒めてやりたい」
「………………」
「………………」
クロエとソフィーは顔を見合わせて、
「……あたし、リヴェットに行きたくなくなっちゃった」
「まあ、今の話を聞いたらな……」
リヴェットの国民が皆、そんな人間ばかりとは限らないが――不快な思いをするかも知れない国に、わざわざ行こうとは思わない。
「待った? ごめんなさい」
そこにモニカが現れたため、三人の会話は終わりとなった。
「もういいのか?」
「ええ。いつでも大丈夫」
イザークは御者に声をかけた。いよいよ出発だ。間もなく馬車は動き始める。
「おばーちゃん! おじーちゃん! 行ってきまーす!」
「ちょっとソフィー。危ないから座りなさい」
馬車の窓から身を乗り出しぶんぶんと手を振るソフィーと、そんな娘を注意するモニカ。
やがて馬車は港街リシューを離れ、王都を目指して街道を進んでいくのだった。
馬車が見えなくなるまで、マギー・キャンベルは孫娘へ手を振り返していた。夫とともに家へと戻りながら、彼女は昨夜モニカから聞いた話を思い出す。
何でも設計図を取りに行ったシャーウッド家で地下室を見つけ、そこにはロイスと似た女性の人形があったという。
娘の言う通り、その人形はロイスの母親で間違いないだろう。
ルチア、というのが彼女の名前だった。彼女はロイス出産の際に亡くなっている。
あの家に住むようになったのはグレンの代からだ。なぜこんな小さな港街を選んだのかまでは、本人の口から語られることはなかった。マギーたちもあれこれ詮索するつもりはなく、彼なりの考えがあってのことだろうと思っていた。
モニカの語る地下室の様子から、グレンはルチアのことをずっと想い続けていたのだろう。息子に気付かれないよう、地下室でこっそり彼女の人形を作っていたらしい。
だが結局、人形は彼の理想に届くことはなかった。捨て置かれた人形の部位は、思い通りにいかないグレンの苛立ちの現れかも知れない。それでも頭部だけは乱暴に扱えず、棚に並べておいたのだろう。
そして、息子であるロイスは成し遂げてみせた。娘、クロエの人形を完成させた。人形師としての腕は、父を越えていたのだ。
マギーは、生前のルチアについてあまり知らない。稀に会ったとき言葉を交わす程度だ。ルチア活発に出歩くような人間ではなく、顔を合わせる機会も限られた。ただ穏やかで礼儀正しい印象を受けたことぐらい。当時住み込みで修行していたグレンの弟子なら、更に詳しいことを聞けるはずだ――と、モニカには伝えた。
だがルチアとの数少ないコミュニケーションにおいて、マギーはある疑念を覚えていた。
それは説明のできない違和感で、根拠はない。言うなれば勘に過ぎない。だからモニカにも、誰にも話してはいないこと。
グレンとルチア――二人は本当に夫婦だったのだろうか、と。




