第27話
捕まえられるなら、ここで捕まえたい。
イザークが戻るまで、少しだけ時間稼ぎが出来ればそれで良かった。彼のことだから、すぐ覆面男の思惑に気付くことだろう。
まさか、逃げ遅れた住民の救助に行っているとは露知らず。
(......イザーク、遅くないか?)
なので覆面男と対峙しながら、クロエは内心焦っていた。
その覆面男は股間を抑え、悶絶している。目元しか分からないが、苦痛に顔を歪めていることだろう。本当は蹴り潰すくらいの勢いでやったが、やはりこの体にそこまでの力はない。
男が立て直すまでに戻ってきてくれるかどうか――というとき、ばたばたと数人の足音が近づいてきた。
丸腰で分が悪いと悟ったのか、男はふらつきながらも窓を乗り越え去っていった。
扉が開け放たれる直前、クロエは床に転がり人形のふりをする。
異変に気付いたモニカ、マギー、エリオットが室内に飛び込んできた。おのおののが武器代わりのものを手にしている。
侵入者の姿がないと分かるやエリオットは衛兵を呼びに、モニカとマギーはソフィーの様子を見に行った。四人で話し合い、予め彼女を別室に移しておいたのだ。
三人が部屋を後にし、暫く経ってからイザークが顔を見せた。文句の一つでも言おうと思っていたクロエだったが、口を半開きにして固まる。
「すまん。住民の救助で遅くなった」
「そうだったのか……気にしなくていいよ。ありがとうな」
煤で汚れた姿を見て、彼に労いの言葉をかける。
「それで、やつは逃げたか?」
「ああ。俺だと足止めするのも限界で……」
口調に悔しさを滲ませ、クロエは答える。
「いや、おまえは良くやった」
「ひょっとして、慰めてくれてるのか?」
「事実だ。おまえのおかげで、やつを追える」
言って、イザークは身を屈める。そこには血痕が残されていた。硝子片で手を傷つけた際の、男の血だ。
「おまえがやつを負傷させてくれたおかげだ。この血さえあれば、オレの鼻が見つけ出す……どこに隠れようともな」
彼の勘が告げている。だから、それに従うだけだ。
呼び止める同僚の声をあえて無視し、エヴァン・フォークナーは脇目も振らずに走った。キャンベル家のある方角へと。
放火は陽動、本命はキャンベル家にある――確証はないが、彼は己の勘を信じた。外れているならそれでも構わない。最悪なのは、何もせずに後悔することなのだから。
衛兵の身でありながら罪を犯したエヴァンだったが、せめて今度はこの手で誰かを救いたかった。そんなことで償いになるとは思わないが。
こんな状況でも、目立つ行動はリスクを伴う。家に侵入するなら回り込むはずだと考え、路地に入る。剣の柄に手を添え、足音を殺して進む。
「......?」
足音がする。一人分の足音だ。キャンベル家の方から、こちらへと来ている。
剣を抜き、足音の主が姿を見せたタイミングで切っ先を向けた。
「動くなっ!」
覆面を被った男が、ぴたりと足を止める。なぜか両手から出血している。
「こんなところで、何をしている?」
「............」
「家に火を点けて回ったのは、おまえか?」
「............」
男は無言を貫く。覆面のせいで、表情は窺えない。
「顔を見せろ」
そこでようやく男が反応した。血塗れの両手を上げようとする。
「ゆっくりとだ。ゆっくり動け。不審な動きをすれば斬る」
男は覆面を外し、素顔を晒した。




