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転生人形クロエ  作者: 黒砂糖
第二章
33/54

第24話 イザーク(後)

 ただの使用人の子、のわりには大人びた雰囲気がある。もしや噂されている侯爵夫妻の一人娘だろうか?

 少女を見ながら、イザークはそんなことを考えていた。シアンもまた、ふいの少女の登場に戸惑っているように見える。


 「どうしてそんなに怯えているの? 変なお兄さんたち」


 可笑しそうにくすくすと、少女は笑う。


 「怖い物でも見た? いったい何を見たの? 私、とても興味があるわ」


 一見、無邪気そうに顔を覗き込んでくる――が、あまりにも場にそぐわない。

 まるで知った上で訊ね、二人の反応を愉しんでいるかのようにすら思える。


 「……何でもねーよ。俺らは行くからな」


 目の前の少女が普通ではないとシアンも察したのか、緊張を声に滲ませながら後退りする。


 「もう帰ってしまうの? そんなのつまらないわ」


激突音が響き――瓦礫とともに、天井から(、、、、)シアンが(、、、、)降ってきた(、、、、、)


 「え?」


 一瞬のことで、何が起きたか理解できない。


 「あら? 嘘でしょう? お兄さん、弱すぎではないの?」


 少女が拳を下ろす。彼女がシアンを殴り飛ばしたのだと、遅れて気付く。


 「面白くないわ。こんなの、ぜんぜん面白くない」


 少女は右足を上げ、シアンの頭部を何度も踏みつけた。床に亀裂が入るほどの、人間離れした力だ。


 「これじゃあ、私が虐めてるみたいじゃないの。でも仕方がないわよね? 弱いお兄さんがいけないんだもの」


 少女はシアンの髪をわし掴みにし、顔を持ち上げる。


 「どんな気分? 年端もいかない、こんな可憐な女の子にやられるってどんな気分?」


 口元を歪ませ、シアンに語り掛ける。幼い少女がする表情ではない。


 「教えてくれないの? 私、分からないのよね。《弱者》の気持ちって」


 少女が髪から手を離すと、シアンの頭が床に落ちる。ぴくりとも動かない。


 「気を失ったら遊べないじゃないの。まだ遊び足りないのに」


 拍子抜けだ、と肩を竦め今度はイザークを見る。その深紅の瞳から、底の知れない悪意が窺える。

 年齢に反して異常なまでの身体能力、そして冷酷な性格――どんな生き方をすれば、こんな怪物(バケモノ)が出来上がるのか?


 「こっちの犬のお兄さんは……今にも死にそうな顏しているじゃない。期待外れね」


 言い終わると同時に、少女の右足が鳩尾に食い込む。


 「ぐぇっ……!」


 呼吸が止まり、その場に突っ伏す。うまく息ができない。顎先を涎が伝う。


 「惨めね、お兄さんたち。生きていて恥ずかしくはないの? 死んだ方がいいのではない?」 


 蔑むような視線――何も言い返せない。言い返す余裕がない。


  「あっちのお兄さんはともかく……嫌な眼をしているわね。獣人だから?」


 少女はイザークの前に屈み、まじまじと彼の目を見る。


 「何でもいいわ。とにかくその眼は、お母様に(、、、、)相応しくない(、、、、、、)


すぅっ――と少女の右手が動き、イザークの左眼は切り裂かれた。


 「あぎゃあぁっ――!!」


 凄まじい激痛に、のたうち回る。抑えた左眼から流れる温かな血が、イザークの顔を濡らす。痛みに思考力を奪われ、何も考えられない。


 「お母様は綺麗な眼が好みなの。宝石みたいに、綺麗な眼が」


 どこに隠し持っていたのか、少女の右手には血で染まったペーパーナイフが握られている。


 「あなたでは……とてもではないけれど、お母様の宝石(モノ)になれないわ」


 孤児と接するアイリーンを見たときの違和感――その正体がようやく分かった。

 彼女は食料の配給を口実に、孤児たちの眼を《品定め》していたのだ。そして気に入った眼を持つ孤児を連れ去り――殺して両眼を取り出し、収集しているのだろう。


 「まだ右眼が残っているわ。ほら、我慢して? すぐ終わるから」


 左手でイザークの頭を抑え込む。とてつもない腕力だ。


 「暴れないの。男の子でしょう? 一応」


 ペーパーナイフの切っ先が、眼前に迫る。

 そんなイザークの、残された右眼が捉えたのは――少女の背後に立つ、シアンの姿だった。

 頭部は血塗れで、立っているのが不思議なほどだ。何よりイザークを驚かしたのは、彼の表情だった。

 眉間に刻まれた皺、見開かれ、血走った眼、きつく食いしばる歯――今シアンの顔に浮かんでいるのは、明確な『殺意』だった。もともと感情表現は豊かな方だったが、こんな表情の彼を見るのは初めてだった。

 少女の後ろでシアンは拾ったらしい瓦礫の破片を、両手で高々と掲げている。


 「?」


 イザークの視線に気づき、少女が振り返り――その側頭部に、破片が命中した。


 「がっ!?」


 まともに食らっては、さすがの少女もひとたまりもない。その場に崩れ落ちる。シアンはそんな少女に跨り、躊躇なくまた瓦礫の破片を振り下ろす。少女はとっさに頭を庇うも、手首が砕けて悲鳴をあげる。


 「やめっ……シアンっ……」


 このままでは殺してしまう――先に襲ってきたのは少女の方だ。彼女の命など、正直どうでもいい。ただ、シアンに手を汚してほしくなかった。


 彼が求めたのは、そんな『力』ではなかったはずだ。


 「ダメだよっ……シアンっ!」


 力を振り絞り、シアンにしがみつく。その隙を突いて、少女は這いずって逃れる。


 「い、たい……痛い……痛い……卑怯よ、汚いわ……こんな手でしか勝てないのね……《弱者》は」


 少女は石壁に背を預け、深紅色の瞳に憎悪を宿す。


 「決めたわ……あなたたちはじっくり、長く……痛めつけて、苦しめて殺す……私が、殺す……殺してやる……絶対に許さない……」


 もはや幼女とは思えない、悪鬼の如き形相だった。


 「シアン、行こう。帰ろう」


 放心するシアンの手から瓦礫の破片を取り上げ、今度はイザークが肩を貸して立ち上がる。重傷の少女が追ってくることはないだろう。


 「あれぇー? 戻ってくるの遅いなぁって思ったら……大丈夫ぅ?」


 唐突に間の抜けた声が聞こえ、振り返る。石壁に凭れている少女から更に奥――屋敷の方から、小さな人影が近づいてくる。

 少女と同じくらいの年齢だろうか、黄緑色の瞳に青髪を後ろで束ねた少年だ。


 「酷い怪我だよガーネット(、、、、、)? らしくないねぇー」


 言葉とは裏腹に、心配している様子は微塵も見られない。


 「不意打ち、されただけよ……もしお母様に、余計なこと言ったら……殺すわよ? ペリドット(、、、、、)


 「その前に君が死にそうじゃーん!!」


 ケラケラと愉快そうに笑う。

 

 二人の名前からして、名付けたのはアイリーンに違いない。瞳の色に合わせたのだろうが、宝石の知識などないイザークに知る由もなかった。

 兄妹――あるいは姉弟のようだが容姿は似ても似つかず、二人とも親であるはずのアイリーンの面影すら感じない。血が繋がっているのかどうかも疑わしい。


 「どうせさぁ油断したんでしょー? 自分より弱い相手にすぐ気を抜くからねぇ。悪い癖だよ?」


 がさっ……がさがさがさっ……がさがさっ……がさがさがさっ……がざっ……がさがさがさっ……。


 床から、壁から、天井から――奇妙な音が聞こえる。


 がさがさがさっ……がさがさっ……がさがさがさっ……がさがさっ……がさがさがさっ……がさっ……。


 何かが――複数の小さい何かが、辺りを這い回っている。しかもその数が増えてきているようだ。

 暗いせいで、よく見えない。イザークは目を凝らす。


 がさがさがさっ……がさがさっ……がさがさがさがさがさがさっ……がさがさがさがさがさがさっ……。


 「ひっ……」


 スカラベだ。数えきれないほど大量のスカラベが、通路内に湧いている。気が付けば周りを囲まれている。


 「……何度も言った、はずよね? 私の前で……《ソレ》は、やめてって。虫、は嫌いなのよ……物覚え悪いの?」


  ガーネット(柘榴石)という名を持つ少女が、少年を睨みつける。


 「そもそも君が遊んでないで、さくっと済ませてくれれば良かった話だけどねぇー」


 どうやらスカラベの群れは、ペリドット(橄欖石)と呼ばれた少年の仕業らしい。それが彼の『力』なのだろうか?


 「だからさぁ、渋々こうして僕が……」


 地下通路が揺れ、ペリドットの言葉が途切れる。


 「……って思ったけど、そんな場合じゃあ無くなったかぁー。やりすぎだよぉガーネット」


 彼が喋る間にも、ぱらぱらと瓦礫が降り注ぐ。ただでさえ老朽化で脆くなっているところ、ガーネットの攻撃が追い打ちになったらしい。


 「猶予はなさそうだねぇー。戻るよガーネット」


 揺れは次第に大きくなる。不本意なのか歯軋りしつつもガーネットは肩を借り、二人は屋敷の方へ戻っていく。


 「……急ごう、シアン」


 気が付くと、スカラベの群れはいなくなっている。とりあえず今は命拾いしたようだ。イザークはシアンを支え、それでも早足で引き返す。

 

 彼らが山中に脱した直後、地下通路は瓦礫に埋もれた。




 地下通路の一件から間もなく、二人は(ねぐら)を離れた。あのときは運が味方したものの、また命を狙われないとも限らない。同じ場所に留まれば、より危険は増す。

 だが寝床を点々としても、安心して過ごせた日は一日もない。いつどこで襲われるか、気が気でなかった。

 イザークは、殺されて遺棄された孤児たちの姿を片時も忘れることはなかった。  

 この国では 『力』さえがあれば、あのような非道が罷り通るのか? 『正義』はどこにあるのか? 自分たちもまた国民である事実に、嫌気がさす。


 そしてついにある夜――他国へと渡る密航船に、シアンとともに潜り込んだ。


 「俺はいつか、強くなってヴーレタールに戻るぜ。あいつらの……ドニーたちの仇を討ってやんだよ」


 《復讐》のための『力』を得る――それが本当に、彼が欲するものなのか?

 イザークとしてはもう、母国と関わりたくなかった。薄情かも知れないが、それが『生きる』ということなのだと。


 そしてそれが、二人の道を別つ結果となった。

 違う生き方を選んだイザークを、シアンは責めなかった。それどころか、


 「じゃーな! 俺がいなくてもちゃんと鍛えとけよ! 『相棒』!」


 最後まで彼は、イザークをそう呼んだ。

 

 その約束を決して違えないように、イザークは強くなるための努力を欠かさなかった。護衛や用心棒の仕事で経験を積み、侮られないよう言語動作も改めた。


 いつかまた、どこかで『相棒』と再会したとき――恥ずかしくない自分でいるために。

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