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転生人形クロエ  作者: 黒砂糖
第二章
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第16話

 人の口に戸は立てられない。放火事件の顛末は、瞬く間に街中の住民の知るところとなった。

 モニカたちは決してソフィーの前で物騒な話題に触れず、彼女が寝ているうちに語り合っていた。だが眠ることがないクロエの耳には、しっかりと三人の会話は届いていた。

 

 話によると放火犯はどうやら衛兵に襲い掛かり、返り討ちにあったらしい。直前、覆面をした男に襲われたせいで極度の興奮状態にあったようだ。

 

 そしてまた同じ夜には、上下黒ずくめの男が昏倒しているのを、別の衛兵によって発見されている。どうやら何者かに、後頭部を強く殴打されたらしい。件の覆面男と背格好は酷似しているものの、発見されたときは素顔を晒したままだった。逃走中に脱ぎ捨てたと考えられるが――肝心の男は、今も意識不明のままだという。


 放火について、犯人がすでにこの世から去っている以上、追究する術は失われてしまった。この事件に、サムウェルがどう関わっていたのかも。


 (口封じ……とか?)


 サムウェルがもし関わっているなら、放火犯を生かしておくのは危険と判断するだろう。裏で手を回したとすれば、納得もいく。放火犯を襲った男も口をきける状態にはない。

 漏れ聞こえた三人の会話から、サムウェルは放火事件にかこつけ、ソフィーの面倒を自分が見ると言い出したそうだ。

 それがサムウェルの《提案》だろう。何もかも彼にとって都合良く進みすぎているような気がしてならない。


 疑惑は解消されるどころか、ますます膨らんでいく一方だった。それにモニカによると、サムウェルは彼女と結婚していながら他の女性と関係を持ち、姿をくらましたとのこと。疑惑を抜きにしても、そんな男にソフィーを任せるなど考えられない。

 だからこそ皆、サムウェルが実父という事実をソフィーに隠しているのだろう。彼女の不満を承知しつつも。


 クロエとソフィーは共に過ごす時間が大半を占めているものの、例外がある。それは入浴だ。風呂にまで人形は持ち込めない。

 ということでソフィーの入浴中、クロエは部屋で一人きりだ。とはいえ大っぴらに動くわけにもいかず、物音を立てないよう大人しくしている。

 手持ち無沙汰で窓に歩み寄ると、窓外の縁に紙片が置いてある。


 「……あれ?」


 紙片には飛ばされないよう重しとして小石を乗せてある。そっと窓を開け小石をどかし、紙片を手に取る。

 見ると紙片には『君の家族は君に隠し事をしている。詳しく知りたいなら僕が泊っている宿に、バレないようこっそり訪ねてきてほしい』などといった内容が記されていた。


 サムウェルが書いたものなのは間違いない。《隠し事》というのは彼とソフィーに血の繋がりがあることだろう。こんなものがソフィーの目に留まれば、よりモニカたちへ不信感を募らせかねない。そしてサムウェルが実父だと知れば、共に暮らすことを躊躇する理由はない。ただでさえ『サムお兄ちゃん』と呼び慕っているのだから。


 「………………」


 くしゃくしゃとクロエは紙片を丸め、ぽいと窓の外へ投げ捨てた。ソフィーより先に見つけられたのは幸いだ。

 だが根本的な問題は解決していない。どうしたらサムウェルは身を引いてくれるのか?


 (帰ってきてくれ、元の平穏な日々……)


 とはいえ願うばかりでは、どうしようもないと分かってはいる。今までのようにただ待つばかりでは駄目だ。平穏な日々は、自らの手で取り戻さなければ。


諦めそうもないなら、諦めさせるしか方法はない。







 窓が開き、閉ざされる音。部屋に静寂が戻ってくると、ソフィーは目を開けた。隣にいたはずのクロエは、忽然と姿を消している。

 

 クロエが普通の人形ではないとは何となく、気付いてはいた。常に一緒にいる彼女だからこそ、人形らしからぬ些細な違和感が目についたのだろう。

 なので火事の際にいなくなった後、部屋で見つけたときも『やはり』と思っただけで意外には感じなかった。それよりも、火事に巻き込まれていなくて安堵したくらいだ。

 

 どんな存在だろうと、ソフィーにとってクロエは大事な友達であり、家族であった。


 ただ一つ不満があるとすれば、ソフィーがいくら話しかけてもクロエが何の反応も寄越さないことだ。家族がいるときならまだしも、二人きりのときでさえ徹底して人形らしく身動ぎせずにいる。

 自分はすでに気付いていると明かせたらいいが、それがきっかけでクロエが自分の元を去っていく恐れがある。クロエが望むなら、このままの関係を続けた方がいいだろう。


 この日の夜はベッドで目を閉じたはいいものの、なかなか寝付けずにいた。

 母であるモニカは、サムウェルと何らかの関係があるらしい。だがそれを自分には何も話さず、ただもう会ってはならないの一点張り。ソフィーにとってサムウェルは寂しい時間を一緒に過ごしてくれる、家族以外で唯一といっていい貴重な存在だ。会っては駄目なら駄目で、納得のいく理由を教えてほしかった。

 ちゃんと話してくれたなら、こんな反発などしなくて済んだかも知れないのに。

 眠れないのは、そんな気持ちを抱えて悶々としているのも原因だろう。眠気がやってくるのをひたすら待つ。


 ベッドに入り、暫く経つと――異変は訪れた。


 (……?)


 わずかな震動が、体に伝わる。まるで起床した拍子に、ベッドが揺れたときのような。


 (……クロエ?)


 自分を除けば、それしか考えられない。ソフィーが寝るのを見計らい、動き出したのだろう。


 (こんな夜遅く、どうしたんだろ?)


 好奇心に駆られるも我慢して、寝たふりを続ける。


 そのうち窓の開閉音が聞こえる。体を起こし、クロエが出て行った窓に向かう。外を覗くと、街灯に照らされたクロエの後ろ姿が見えた。


 (どこ行っちゃうの? クロエ、何しに行くの?)


 気になっていてもたってもいられず、ソフィーもまた窓から外に身を乗り出し、小さくなっていくその背中を追いかけた。

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