暗殺稼業は丸儲け。因果応報さもありなん。
人を呪わば穴二つ。
要は、人を呪えば自分にも帰って来るよ、という意味の言葉だ。
人は知れず、人を呪っている。
悪口、陰口、見下し、恨みつらみの目線――。
悪影響を及ぼすであろう言動は全て人を呪うのと同義。
そんな呪いの中でひと際恐ろしいものがある。
「さて」
俺は依頼主の標的である人物を調べ終え、その依頼を受けることにした。
悪逆非道を繰り返す犯罪者。
窃盗、強盗、殺人、強姦――やりたい放題のクズ。
その被害者からの依頼。
俺はナイフを手に持って、自らの脚を突き刺した。
「いっつ……ッ」
激痛が右脚を襲った。そして次に更なる激痛が襲い来る。
これは相手の痛みだ。奴が感じた痛みが、恐怖が、俺の中に返ってくる。
「あは、気持ちいいいいっ」
全身に行き渡る快感。
骨身に染みる圧倒的優越感。
「ここ、痛そうだな」
素っ裸の身体にぶら下がった股間のそれ。
「くはっ」
躊躇なくナイフを振るい、切り落とす。全部だ。
「いいいいいっ!」
最高潮の痛みが全身を襲った。
その場に倒れ、悶絶し、さらに奴の痛みすらも受け取って、意識が飛びそうになった。
「さ、さいっこおお♪」
俺は死んでも死なない身体。直る身体。
標的を思い浮かべて自身を傷つけると、相手に同じ傷がつく。
その代償に、相手の痛みや感情が伝わってくるため、俺は計二倍の『痛み』を背負わなければならない。
だがそんなのが気にならないほどの快感が、この身を包み込むのだ。
「いひひっ」
今度は何処を切り刻もう。
「目だ」
寝転がったまま両眼を抉った。
目の前が真っ暗になり、さらに奥に押し込んで神経を抉る。
「いはははははっ」
相手の『痛み』が伝わってきた。身体が悦びで震える。
腕、胸、腹――肺、胃、肝臓、大腸――あらゆる部位をナイフでめった刺しにした。致命傷にならない程度に傷つけ、相手が弱り死にゆく感覚を全身で受け止めて。
「もっと泣け、もっと叫べ。お前の全てを俺が受け止めてやる」
胸にナイフを添えて、ゆっくりと押し込んだ。
肋骨の間に滑り込ませ、徐々に徐々にナイフの刃を進ませていく。
心臓にちくりと刃先が触れた。
「いひ、いひひひひひっ」
死にゆく人を、哀れな犯罪者を。
俺は救ってやるのだ。
他の誰でもない復讐者から、俺は慈悲深く殺して救ってやるのだ。
その穢れた魂を、その薄汚れた命を。
「さいなら……」
奥深くに突き刺して、心臓に突き刺さる。
身体が一瞬ビクンと飛び跳ね、心臓が痙攣し、そのまま鼓動を止める。
血流が止まり、筋肉が動かなくなり、奴は恐怖のどん底に陥りながら死に至った。
死の感覚が俺の全身を駆け巡る。
指先一つ、毛一つ動かなくなった俺の身体。
死が覆い尽くし、俺は今にも死んでしまいそうになる。
「ははっ」
ナイフが俺の身体から押し出されていき床に転がる。
部屋中に飛び散った血液が蒸発していき、ルミノール反応すら出ないほどに消えてなくなった血痕。
身体中の傷と言う傷が塞がり、完治していく。
「はあ……さいっこう♪」
息を吐いて余韻に浸りながら天井を見る。
真っ暗闇のここ。
窓から差し込む街の灯りと月明かり。
自慰行為に相応しい今際の際だった。
「これは良い依頼を受けたなあ」
良い声で鳴いていた、啼いていた。
これほどに悲痛に、絶望的に感情を露にして叫んでいた。
いつものように、よい反応をしてくれて大変ハナマル。
俺は大満足だ。
「俺は別に少なくても良いって言ったのに、ちと貰い過ぎたか?」
部屋の隅に置かれた小さな段ボール。
中には一千万相当の金塊が眠っている。
その金塊を換金すれば、またミコちゃんに会えると思うと楽しくて仕方がねえ。
「いつキャバに行こうかなあ♪」
彼女の生活が豊かになるのなら、俺はいくらでもカモになってやろう。
俺は彼女が大好きだから。
「いやあ、今日はスッキリしたあ」
立ち上がり、ナイフをシンクに片づけてそのまま風呂に入る。
温かいシャワーを浴びて、汗に濡れた身体を綺麗さっぱりにした。
「ふんふーん♪」
鼻歌を弾ませながらパジャマを着て、パソコンを付ける。
SNSを開くと、変死した犯罪者の男が取り上げられていた。
「お、さっそくか」
脚、腕、股間、目と、あらゆる箇所をナイフで切り刻まれていく男を目撃したと、牢屋内の受刑者たちがそう語った。その全員が容疑者として挙げられたが、その部屋には一つ刃物となるものはなかった。非科学的死因。これに似た事件が多数あることから同一犯とみられるが、捜査は難航するだろう。
――そう記事が上がっている。
「ぜってえむりだ。この力を解明する手立てはねえんだからよ」
缶ビールを開けて記事を見る。
保存したニュースの大半は俺が殺した奴らのものだ。
俺は因果応報が好きだ。
パワハラや痴漢、盗み――殺人でなかろうと悪質な犯罪者であるなら俺は容赦しない。
「次の依頼はっと」
万事屋を装ったサイト。
何百と寄せられるメール。
簡単なアンケート形式のそれと、俺が独自に作り上げた特殊なアプリで対談。
お金の送金ではなく貴金属。
金やダイヤ、時計など。
ある程度の履歴が残ろうと殺人を示す証拠ややり取りした報酬の証拠は明確には残らない。
「さてと」
世の中死んだ方がいい人間は山ほどいるし、その復讐を願う人間もまたごまんといる。だからこそ需要が絶えない。簡単なビジネスで俺は丸儲け。自分の快感と欲を満たせて皆ハッピー。大団円だ。
「俺を殺しに来たとしても、皆死ぬ。俺、最強♪」
缶ビールを飲み干した後、記事を保存した。
「それじゃあ、次の仕事だ」
サイトのメールを開き、依頼内容を確認する。
今度も似た様に、殺人の復讐である。
「んじゃあ、天誅をはじめようか」
『話を聞く』と振ると、すぐに返信が来た。
黒い外套を羽織り、能面のマスクをかぶり、アプリに入場する。
しばらくしてから画面の向こうから応答があり、遺族の両親が顔を出した。向こうも適当な屋台のマスクを身に付けていた。
「俺はナイトメア、話しを聞こう」
涙声で彼らは話を始める。
悪夢。
遺族の悪夢を払い、加害者に悪夢を見せる悪魔。
それが俺の名であり、俺の存在そのものである。
とね。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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