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仕事どころではない人物が1人。
-93 妖精族の昔と今-
副店長の真希子が何とか冷静さを保とうと必死にしている横で、ひたすら給仕の仕事をしていたミーレン少し興奮していた。実は貝塚学園魔学校大学部に通っていた頃、学内の図書館でずっと妖精族についての本を読み漁っていたので本人にとっても憧れの存在だと言えたのだ。
ただこのダーク・エルフが読んでいた書物には、「古くから妖精族の者達はダンラルタ王国(若しくは外界)の山中に籠り、決して人前に姿を見せない」と書かれていた上に、その書物を参考に卒業論文まで提出していた。
しかし、ウェイトレスの目の前に本物のピクシーがいる、しかもガルナス達と同じ制服姿をしているので何の違和感も感じさせない。『人化』した妖精は堂々とした姿で目の前にいるのだ、そんな状態で落ち着いて仕事が出来る訳が無い。
プルプルと震えるミーレンを見かけた真希子は丁度隣の椅子が空いていたので座る様に促した、勿論ナルリスの許可を得た上でだ(と言うよりこの店で真希子に逆らえる人物などいないのだが)。
真希子「あんた、どうしたんだい?さっきから顔色が悪いじゃないか、ほら、水でも飲んで落ち着きなさいな。」
学生時代に研究していた事が総崩れしそうになっているミーレンは真希子からグラスを受け取ると、中に入っていた水を一気に飲み干した。一応冷房は利かせていたつもりではあったが、室内温度の高さが手伝って喉がずっと乾いていた様だ。
ミーレン「すみません・・・、本物の妖精族の人を見るのは初めてだったんで驚いてしまって。」
真希子「何言ってんのさ、ガルちゃんだってこんなに冷静になっているというのに。」
ガルナスやメラについては冷静になっているというよりただひたすらに眼前の食事に集中していただけだと思われる、その上いつも学園で会っているので今更どうしたと言わんばかりだ。
ミーレン「いやですね・・・、一生会えないと思っていたんでうれしくてつい・・・。」
2人の会話に口を挟んで来たのは『人化』して食事を再開したピクシー本人だった。
ホル「あの・・・、それっていつの時代の事を言っているんですか?」
ミーレン「確か・・・、あの時呼んでた書物には今から丁度700年程前の事だって書いてあったけど。」
ウェイトレスの言葉を受けてため息をつくホル。
ホル「やはりですか・・・。」
ずしんと肩を落とす様子から見るに、もう既に慣れてしまった(と言うより呆れてしまった)パターンの様だ。
ミーレン「「やはり」って?」
ホル「それね、私のおばあちゃんがまだ小さかった頃の事なんですよ。」
真希子の想像のはるか上を行くスケールの会話から、どうやら妖精族もエルフと同じで長齢種の様だ。
ホル「その頃は今みたいに決まった所に家を持たず、襲われない為に木の枝や草むらに息を潜めて暮らしていたらしいんです。ただ私のお母さんの代から重い荷物を持ちながらの長距離の飛行が困難だと言い始めた人たちが増えちゃったので今みたいに他の種族の方々に紛れて(と言ったらおかしいかもだけど)生活する様になったんです、今でこそ種族関係なく平和で仲良く暮らしていますが昔はドラゴンやグリフォンによく襲われていたので仕方なかったんですよ。」
真希子「そうかい、嫌な事を思い出させて悪かったね。」
ホル「いえ、私が産まれた頃にはこっちでの生活が普通でしたから大丈夫です。」
真希子「じゃあ責めて、おばあさんに会わせてはもらえないかい?貴重なお話を聞いて見たくてね。」
ホル「あの実は・・・、私もあんまり会った事無いんです。」
真希子「何でだい?まさかまだ昔みたいに?」
祖母が未だに他の種族を恐れているのかと思われたので真希子は思わず心配してしまったが、ホルの答えは意外な物だった。
ホル「いえ・・・、年中クルーザーでシャンパン片手に遊びまくっているらしいんですよ。私も両親から聞いた話なんですけど、株などで大儲けしたらしくて。」
真希子「何だい、それ!!心配して損しちゃったじゃないか!!」
筆頭株主なのにしっかりと働く真希子って真面目なのね・・・。