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「憧れの存在」と早く一緒に働きたくてゾクゾクしている母娘
-320 副店長の本心
デルアの姿にティアマットの母娘が目を輝かせていた顔合わせの直後、一先ずシフトの相談をする事になった。やはり優先されるのはこれからヌラルが学生として頑張ろうとしている事、それが故に母のバハラが副店長として十分に実力を発揮できる様に考慮する事だった。各々の生活をしっかりと守る事、そして大切にする事が(新)店長・デルアとオーナー・好美の義務だったからだ。
デルア「安心して勉強に励んでくれれば良いからね、今はたった1度の人生を満足して全う出来る様に経験を十分に積むべき時期だからね。俺に出来る事があるなら何でも協力させてよ、それに・・・。」
すこし「哀愁」という言葉を感じさせる表情を浮かべる副店長。
好美「「それに・・・」、どうしたってのよ。」
デルアの表情にただならぬ意味があると感じた好美、ただ何を意味しているのかは全くもって分からなかった。
デルア「後悔して欲しく無いんだよ、俺みたいに・・・。」
バルファイ王国で黒竜将軍として活躍していたデルアの心中に「後悔」という言葉があるとは思えない好美、ナルリスと生き別れてから今の今まで何があったというのだろうか。
好美「デルアから聞くとは思わなかった言葉だね、正直言って意外かも。」
デルア「そうだよね、あまり良い記憶では無かったから話さない様にしていたんだ。一応確認するけど、俺と兄が幼少の頃に一度生き別れている事は知っているよね?」
好美「それは・・・、確かに光さんからちょっとだけ聞かされていたけど。」
確かに好美はデルアの成り立ちなどを詳しく聞いたことは無かった様な気がする、正直そんな機会など今まであっただろうか。
デルア「これはまだ俺や兄貴が吸血鬼だった頃の話だ、皆も知っていると思うけど俺達の母親が人間により殺された際に俺は兄貴と生き別れた。まさか兄貴の中で俺が死んでいるものになっていたとは思わなかったけど俺は間違いなく独りぼっちだった、それから暫く経って本当は貝塚学園大学(こんな名前だった気がする)の料理科(あったの?)に通いたかったけど正直金が全く無かったから王国軍に入るまで色々と必死だったんだよ。実は板長と出逢って料理の修業をした後に1度大学に通って勉強をするかどうかを王様直々に聞かれたけどいち早く金を稼ぎたい一心だったから断ってね、今思えばあの時「Yes」と言っていたら今頃俺はどうなっていたのかなって偶に思う時があるんだ。
確か俺達の先祖が血を吸って生きていたのは500年位前の事だって言っていたよね、前から好美ちゃんには言わなきゃと思っていたんだけど実は「先祖」と言っても俺や兄貴の祖父母の事なんだよ。その時は祖父母にならって俺達も血を吸って生きるべきだと言われていたけど血を吸う度に人には嫌われる上に、第一に味が舌に合わなかったから祖父母の死を境に俺達は血を吸う事をやめたんだ。それから母や兄貴と生き別れてバルファイ王国軍に入るまで何とかしてきたけどやっぱり兄貴に憧れていたから専門的に料理の勉強をしたいって気持ちがずっとあってね、この仕事を始めるのもちょっと早すぎたかなって反省していたりもするんだ。でも何となくだけど今の生活も悪くないと思えて来てね、きっと楽しいからかなって感じていたりもするんだが俺と違って「これから」がある人にはちゃんと将来について考えて欲しいが故に学生をアルバイトとして雇う時には「後悔はするな」って必ず言う事にしているんだ。本人には1番納得のいく人生を歩んで欲しいからね。」
まさかこのタイミングでデルアの過去を聞かされるとは思わなかった好美、ただヌラルには自分の人生は自分だけの物だから大切にして欲しいという気持ちがあるという事は伝わった様だ。
好美「デルア・・・、今でも大学に通いたい?この仕事の事が邪魔じゃない?」
デルア「ふふふ・・・、大丈夫だよ。今はこうやって働くことが楽しくて仕方が無くて、確かに以前言ったみたいに兄貴と店を出したいっていう気持ちが無いと言えば嘘になるけど俺は後悔してないから安心してよ。」
好美「そっか・・・、なら良いけど今何より大切にしないといけないのはヌラルがどうしたいかだよね。」
何気にデルアの話題をサラッとスルーした好美、本当にそれで良いのかとツッコミを入れたくなったが何となくこの空気を壊す訳にもいかないので今は堪えておこう。
ヌラル「デルアさん・・・、いや「店長」!!俺、皿洗いして来ます!!」
涙目になりつつ急ぎ調理場へと向かう娘、ただ調理場には汚れている皿は残っていない。
デルア「ヌラルちゃん、まだシフトの相談もしてないし俺はまだ「副店長」だよ。」
だから・・・、気が早いっつぅの・・・。




