309
恐怖の時間が近づく・・・。
-309 決して良くない思い出-
下っ端の組員達は渚の意味あり気な笑顔を見て涎・・・、いや固唾を飲んでキッチンを覗き込んでいた。どうやら渚本人の所業による嫌な思い出が蘇って来た様だ、組員達が顔を蒼白させながらガタガタと震えていた所にやっと症状がマシになった若頭が戻ってきた。
若頭「おい、お前ら仕事サボってんな所で何をやってんだコラ。早く持ち場に戻りやがれ、でないと奥歯ガタガタ言わすぞ。」
組員①「若すみません、もう十分ガタガタってなっているので勘弁して下さい。」
若頭「ハァ?何訳の分からない事を言ってんだよ、ここの厨房は俺が任されているんだから中を見せやがれ・・・。」
組員②「いや若、やめておいた方が身のためですぜ。」
若頭「馬鹿野郎、中に誰がいるか分かって言ってんのか。こん中には今お嬢・・・、そうだった・・・。」
キッチンに渚が立っている事を思い出した若頭の脳内ではそこにいた下っ端達と同じ記憶が蘇って来た様だ、今でも鮮明に覚えているが決して良くは無かった思い出。
組員①「恐れ入りますが若、いくら若と言えどあの時を忘れたとは決して言わせませんよ。」
組員②「そうですよ、あの時は今ここにいる全員が三途の川を渡りかけた事を覚えていないんですか?」
若頭は壮絶な過去を決して忘れていた訳では無い、何故なら毒こそは入っていなかったが当時今では絶対あり得ないと言われる位料理がド下手だった渚の激マズ料理により本人含め全員が死にかけたからだ。確か翌朝になるまでトイレの扉がずっと施錠されていた位だった様な・・・。
若頭「そうだったな、あれがあったから俺が厨房を任される様になったんだよな。本当にすまなかった、俺が何とかしてみるから許してはくれないか?頼む・・・、この通りだ。」
下っ端達に頭を下げた若頭は過去の凄惨な騒ぎを起こさぬ様にゆっくりと調理場へと入って行き、包丁片手に意気込む渚の元へと近づいた。
若頭「お嬢・・・、恐れ入りますが意気揚々と何をされるおつもりです?飯なら自分が作りますが。」
渚(当時)「今の今までトイレに入り浸っていた糞野郎が何言ってんだよ、先輩に「スタミナの付く料理を教えてくれ」って頼まれたからこうしてんだろうが。それにお前もそうだけど、試食係だってあそこにいっぱいいるんだから大丈夫だって。」
渚が放った「大丈夫だ」という自信は一体何を証拠に、そして何処から湧き上がる物だったのだろうか。最低でも厨房の入り口付近で震えている下っ端達の表情からはとても「大丈夫」そうな感じはしない。
この場を1番穏便に進める術は先程自でが言った通り若頭が焼きそばを作る事だった、ただ相手は親分の娘と友人なので下手な事は出来ない。
若頭「因みになんですけどお嬢、見た感じでは焼きそばを作ろうとされているみたいですが「スタミナ」ですか・・・。」
渚(当時)「ここにいるうちらの先輩がもうすぐ試合だからな、俺も真希子も応援したいって思ったんだよ。」
若頭「こちらの方ですか・・・、あらま!!」
1人の大人として社会の情報を常に身に着けておく為、毎日齧りつく様に新聞を読みまくっていた若頭は先輩の顔を見て「地区大会優勝」の記事を見かけた事を思い出した。
若頭「これはこれは、まさかお会いできるとは思っていませんでした。私なんかがお役に立てるならどんな事でも仰って下さい、陰ながら応援してます!!」
先輩「あ、ど・・・、どうも・・・。」
誰でもそうだと思うが目の前に「暴力団の若頭」がいると思うとやはりどうしても後ずさりしてしまう先輩、ただ自分達の味方である上に「応援している」と聞くと少しだけだが嬉しくなったという事も否定できない。
渚(当時)「先輩すみません、一応噛まないんで許してあげて下さい。お前応援しているってのに先輩を怖がらせてどうすんだコラ、それとその先輩の為にうちと真希子が一肌脱ごうってのに邪魔すんなよな。」
若頭「そうでしたか、真希子お嬢さんとご一緒なら大丈夫ですね。」
渚(当時)「おい、それはどう言う意味だコラ・・・。」
真希子(当時)「渚、若頭さんが怖がっているからよしなって。ただいつも料理をしてくれている人なんだから知恵を授かる位は良いんじゃ無いの?」
真希子の言葉を聞いて「待ってました」と言わんばかりにスパイスを取り出した若頭。
下っ端達は大丈夫なのだろうか




