㉙
3人は好美が泥酔している事を即座に察した。
-㉙ あの日の涙-
好美からの『念話』を受けた3人は、同時に携帯を開いた。時計が守の退勤時間の少し前を示していたが光はある事を考えていた。
光「ねぇ、私達が守君を連れて来る事で本人の退勤時間はどうなるんだろう。」
そう、光は現状をケデールが「休憩時間の延長」と捉えて守の退勤時間を延長するか、それとも「接客(仕事)中」と捉えるかを考慮していた。
そんな中、光の思考を『察知』したのか肉屋の店主から『念話』が飛んで来た。
ケデール(念話)「守、今日はそんなに忙しくないからこっちに帰って来たらすぐに上がっていいぞ。」
どうやら、ライカンスロープの考えは後者だった様だ。
光(念話)「流石ケデールさん、空気読める人だね。今度1杯奢らせてよ。」
ケデール(念話)「嬉しい事を言ってくれますね、ではお言葉に甘えましょうか。」
2人が何気ない会話を交わしている横で、守は1人肉屋のロッカールームへと『瞬間移動』して荷物を引っ張り出すと好美の待つ家へと向かった。到着した先で恋人が既に顔を赤くしていたので守はある男性へと電話した。
守「兄貴、ちょっと良いか?」
生まれてこの方、家族と言えば母・真希子だけでずっと1人っ子だった守の言葉に耳を疑う好美。泥酔しているせいか、腕を大きく振り回しながら守を責めた。
好美「守!!誰よ「兄貴」って!!私に秘密しても良いと思ってる訳?!」
男性(電話)「あのマモ君、隣の女の子大丈夫なの?」
守「大丈夫大丈夫、それより好美のシフトの事なんだけど・・・。」
そう、守の言う「兄貴」とは好美と共に王城で夜勤をするニコフ・デランド将軍長であった。2人は「お風呂山」の銭湯で出逢い、酒を酌み交わした後に連絡先を交換していた。因みに「お風呂山」の正式名称はまだ分かっておらず、「いっその事「お風呂山」を正式名称にしてしまおうか」という議題が王国議会で上がった位だ。
それはさておき、ニコフは守の言葉に驚きを隠せなかったとの事。
ニコフ(電話)「どうして好美ちゃんの名前が出るんだ?」
実はまだニコフは、守が好美と同棲している事を知らなかった。
守「ビルの最上階にある好美の家に一緒に住んでいるんだ、同棲してて・・・。」
電話の向こうで目を丸くするニコフ、しかし本人にとってはそれどころでは無かった。
ニコフ(電話)「という事は俺の娘に手を出したのか?!」
慌てていたのか、とんでもない発言をしてしまった将軍長。勿論好美は、元バイト先の「松龍」の主人である龍太郎やニコフの娘ではないし、本当の父親である操は今でも徳島で元気に暮らしている。
そんな中、ニコフの発言にデジャヴを感じつつ、元の世界での自分の行動を思い出したので否定が出来なかった。
守「まぁ・・・、一応彼氏なので・・・。」
この一言を決して聞き逃さなかった好美、目には小粒だが涙が浮かんでいた。
好美「何よ「一応」って!!ちゃんとした彼氏じゃん!!」
守「うっ・・・!!」
守は好美の涙ながらの口づけに驚きつつも、恋人を全力で受け止めた。
ニコフ(念話)「おーい、どうした?帰ってこーい。」
それから数分の間、将軍長はほったらかしとなっていた様なので電話を切ってしまった。守が電話をかけた本来の目的を達成出来ていないままに。
好美「本当の彼氏にじゃないとキスなんてしないもん・・・。」
守「ごめん、でも好美だけが俺の恋人で、俺だけが好美の恋人だ。」
好美「何よ・・・、前に言ったけど謝罪なんて、「ごめん」なんて言葉欲しくない!!」
学生時代の事をふと思い出した守。