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震えるばかりの結愛、素直に再会を喜ぶべきなのだろうか正直分からないというのが本音だった
-283 義弘(金)の力-
正しく母親の言った通りであった、突然目の前に現れた女性に抱き着かれた結愛は暫くの間呆然と立ち尽くしていた。先程までたっぷりと残っていたグラスビールの泡が無くなってしまった位だ、結愛の脳内は「真っ白」という言葉がぴったりの状態であった。
結愛「待ってくれ、一先ず離れてくれるか?」
莉子がゆっくりと離れると結愛はその場でしゃがみ込んで頭を抱えていた、普段は社長として可能な限り冷静に物事を考える様にはしていたがこの問題に関しては本人自体経験が無いのでどうするべきか分からなかったのだ。
結愛「悪かったよ、ただ本当に俺の母ちゃんなら教えて欲しい事があるんだ。」
今の今まで「もしも母親に再会したら是非聞こう」と思っていた事が多々あったはずだが、いざその瞬間を迎えて涙を流す社長の口から出て来たのはこういったシーンでよくある質問だった。
結愛「教えてくれ、どうして俺と海斗をすぐに迎えに来なかったんだ。」
莉子「だろうね、やっぱりそう来ると思ったよ。」
莉子は娘に嘘偽りなく真実を話す覚悟をしていた、そうでないともう娘達に一生会えなくなってしまうと思ったからだ。
莉子「仕事の合間を縫って何度も迎えに行こうとしたよ、でも義弘が門番の黒服達に厳重注意していた様でね。皆私の顔を見かけた瞬間に銃を構えて来たんだ、「親権を持って無い癖に何を考えている、赤の他人は早く帰りやがれ」と罵声も浴びせられたよ。」
自分はどうなっても良い、ただ腹を痛めて産んだ子供達の顔を一目でも見たかっただけだというのに罵声を浴びせられた莉子は生きる価値を失くした気持ちで一杯だった。しかし莉子に対してドメスティックバイオレンス等を行っていたのは義弘の方だったはずなのにどうして親権を独り占め出来たのだろうか、ただ悔しく思いながら莉子はテレビ画面に映る子供達の顔を見る事しか出来なかったそうだ。
莉子「特に元の世界での事が印象に残っているんだよ、あんたが義弘から会社の全権を奪取したってニュースで見かけた時は「よくやった」って涙が出て来た。その時を覚えているかい?」
勿論忘れる訳が無い、今までの人生の中で最悪の日々だったからだ。
結愛「思い出したくも無いがその記憶は頭から離れようとしてくれない、俺と海斗は2人共周りの同級生と同じような普通の高校時代を楽しみたかっただけなのに勝手に物事を進めた義弘の所為で滅茶苦茶だったからな。」
莉子「実はあんた達に会えなかったのもその義弘が原因だったんだよ、ほら、警察の人間等に圧力をかけたり贈収賄を繰り返していたって話があっただろ?」
結愛「ああ、義弘派閥の株主や細部に至るまでありとあらゆる人間に金を渡してたって聞いた時は何度も舌打ちをしまくったもんな。」
あの時は本当に筆頭株主達に感謝するしか出来なかった、「神様・仏様・真希子様」と叫んでしまった位だ。緊急株主総会の後に食べた真希子のカレーがどれ程美味しかった事か、そして全てが終わったあの日に光明と初めて交わしたキスがどれ程印象深かったか。そう言えばあれが現社長夫婦の始まりだった様な。
莉子「私が親権を得る事が出来なかった1番の理由というのが、実は事前に義弘が裁判長を買収していたからだったんだよ。何でもかんでも金でどうこうしようとする義弘の顔をニュースで見る度に手を痛める位に拳を握ったもんね、私も相当頭に来ていたもんさ。」
ずっと母親に会えていなかった、そして顔を知らなかった理由が義弘による贈収賄だった事を知って悔しくて仕方が無かった結愛。ただ今は折角の酒宴の席、それに会えると思っていなかった母親との再会の席。辛かった話ばかりでは雰囲気が悪くなる一方だし酒が不味くなってしまう、気を利かせた結愛は実は悪い事ばかりでは無いと莉子に伝える事にした。
結愛「なぁ、本当に「母ちゃん」って呼んでも良いんだよな?」
莉子「何だい、今更何の確認なんだい。勿論良いに決まっているじゃないか。」
今の質問に「No」と答える母親が何処にいるのだろうか、しかも今現在の莉子と結愛の境遇だったら尚更だと思われる。
結愛「じゃあ、母ちゃん・・・。お、俺さ。結婚したんだよ、高校時代の同級生と。」
莉子「それは良い事じゃないか、旦那さんとも是非盃を交わさないとね。」
そう言えば、光明は?




