㉗
誕生の瞬間という貴重な場面を目の当たりにする事になったナルリス。
-㉗ 大きな気持ち-
小売りをしている建物から牛舎まで訪問者たちを案内した女将がすぐ近くにいた主人に様子を伺った時、主人の手には汗が握られていた。
主人「まだ、苦戦しているよ。もうすぐなんだけどな。」
牛舎には主人以外に数人の鳥獣人族が集まって新たな生命の誕生を心待ちにしていた。
バルタン「もうすぐだ、頑張れ。」
レイブン「もう頭が見えてきているぞ、もうひと踏ん張りだ。」
皆に囲まれた牛はずっと苦しそうに鳴いていた。
ナルリス「もしかしたら光もあの時、そうだったのかな・・・。」
ナルリスは娘が産まれた時の事を思い出した、確か4~5時間程の長丁場だった様な。
ナルリス「帰ったら思いっきり抱いてやるか。」
主人の一言を『察知』したのか、妻から『念話』が飛んで来た。
光(念話)「何それ、照れるじゃん。付き合ってた頃みたいなこと言わないでよ。」
ナルリス(念話)「ハハハ・・・、それ位感謝してるって事さ。」
その時だ、母体から赤子が産まれた。そして、そこにいた全員が涙を流して祝福した。
それから数分後、牧場の主人であるレイブンがマムイに声をかけた。
主人「マムイ、そちらの方はもしかして昨日の?」
マムイ「ああ、父ちゃん。ナルリス・ダルランさんだ、見学に来たんだって。」
主人「そうか・・・、すみません。申し遅れました、私ここの主人のレーウェンと申します。何もない所ですがゆっくりとお過ごしください。」
ナルリス「ご丁寧にありがとうございます、今でも貴重な場面を見せて頂けたので嬉しく思っております。」
レーウェン「そうでしょ、ここでも新たな生命の誕生はなかなか遭遇出来る事ではありませんし、やはり「感謝」と言う言葉でしか自分の気持ちを表せない気がしますよ。」
そう言いながら、牧場の主人は辺りをずっと見廻していた。
ナルリス「あの・・・、どうかしましたか?」
レーウェン「そう言えば、ウェインと一緒では無かったんですか?」
確かに牧場に連絡したのはウェインだからその場に本人がいないのは何となくおかしい。
ナルリス「えっと・・・、さっきまで一緒にいたんですけどね・・・。」
レーウェン「そうですか、どうせあそこでしょう。」
2人が数メートル歩いたと所、牛舎の入り口付近にウェインがいた。レーウェンの様子から伺うに、いつもの事らしい。
レーウェン「ウェイン・・・、お前ここに来る度に牛の乳を搾り飲みすんなって何回言えば分かるんだ。」
そう、ウェインはこの牧場に来ると毎回乳牛の乳を搾って直接口に注入して飲みまくっていた。
レーウェン「あのな・・・、確かに搾りたては新鮮で美味い事は分かるが殺菌していないんだから安全性に欠けるって何回も言っただろうが。」
ウェイン「ごめんごめん、でもハマっちゃってさ・・・。」
2人が楽しそうに語り合う横でナルリスの下に光から『念話』が飛んで来た。
光(念話)「ねぇ、ナル。私以上に貴方の気持ちを伝えたい人がいるんじゃないの?」
やはり結婚してから長い年月が経っているが故に互いの考えている事が分かる様になっていた2人。
ナルリス(念話)「ああ・・・、やはり光には分かっていたか。実は1人、ここに連れて来るべき人がいるなって考えていたんだ。」
光(念話)「私が今から連れて行こうか、将来の為にも。」
ナルリス(念話)「そうだな、いずれは必要とされることだからいいんじゃないかな。」
ナルリスは誰を呼ぼうとしたのだろうか。