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調理場では従業員達が「試作品」の調理を急いでいた。
-㉑ 女は強し-
酔っぱらったマンションの大家をよそに、レストランの厨房では「試作品」の調理作業が副料理長を中心に慌ただしく行われていた。
ロリュー「真希子さん、納得のいく鰹出汁は完成しそうですか?」
真希子「任しておくれよ、良い香りの出汁ができ始めているよ。」
そんな中、酔っぱらった好美を横目にオーナーシェフがワインやグラスを片付けようとしていたのだが、好美が物音に反応したらしい。ナルリスは自らのコックコートが引っ張られるのを感じた。
ナルリス「えっ・・・?」
ナルリスが振り向くと好美がしっかりと衣服を掴んで、涙ながらに訴えていた。
好美「まだ・・・、全部吞んでない・・・。持って行かないで・・・。」
ナルリス「好美ちゃん、呑み過ぎだよ。それにこのワイン高いんだよ?」
好美「でも、私を待たせてるのもワインを勧めたのもそっちだもん・・・。」
確かに、好美は間違った事は言っていない。これ以上ぐずらせるとまずいと思ったナルリスは片付ける手を止めて守に『念話』を飛ばした。
ナルリス(念話)「守君、助けてくれよ。好美ちゃんがずっと呑んでてその場を離れないんだ。お願いだ、迎えに来てくれないか?」
しかし、ナルリスの思惑はすぐに崩れ去った。
守(念話)「あの・・・、どちら様でしたっけ?」
そう、守はナルリスと話した事が無かったのだ。
ナルリス(念話)「ああ・・・、ごめん。自己紹介がまだだったね、吉村 光の旦那って言えば分かるかな?」
守(念話)「えっと・・・、ダルランさんって方だと聞きましたけど。」
ナルリス(念話)「そうそう、ナルリス・ダルラン。光の旦那のヴァンパイアだよ、今俺の店で好美ちゃんが酔い潰れて困っているんだ。良かったら迎えに来てくれないか?」
ナルリスは出来るだけ優しい口調で守に依頼した、しかし相手は相手で苦戦を強いられていたらしい。
守(念話)「ナルリスさん、そうして頂きたいのは自分の方ですよ。さっきから光さんが好美と俺の家に突然やって来て呑みまくっているから困っていまして、このままだと冷蔵庫の酒が無くなる勢いなんです!!」
守が言うには、数十分前からパン屋での仕事を終えた光が突然家にやって来て冷蔵庫の酒を呑みまくっているらしい。守はずっと肴を作らされているそうだ。
光(念話)「ナル、今日は夕飯要らないからね。」
ナルリス(念話)「ご機嫌なこったな・・・。」
頭を抱えるナルリスの横で再びワインを呑み始めた好美。
好美(念話)「守、私も今日はこっちで呑み明かすから夕飯いらないからね・・・。」
守(念話)「好美、いくら何でもお店の人に御迷惑じゃないのか?」
あくまで冷静に対処する守、しかしすぐ近くにいたのは光だ。
光(念話)「好美ちゃん・・・、私が許すから店の酒全部呑んで良いわよ・・・。」
ナルリス(念話)「光、好美ちゃんがどれだけ呑んでいるか知っているのか?」
光(念話)「何?私に盾つくつもり?畑の野菜使用禁止にするよ?」
ナルリスは顔を蒼白させた、光の野菜が無いと店の料理は成り立たない。
ナルリス(念話)「す・・・、すみません・・・。ご自由にお過ごしください。」
光(念話)「それで良いの、守君も良いわね?」
守(念話)「あ・・・、はい・・・。」
守は少したじろぎながら返事をした、しかしいつもの「プロレスごっこ」の事を考えると光の言葉を否定する訳には行かない。
守は、仕方なく冷蔵庫の奥に隠してあった高級なビールを差し出す事にした。
ナルリスと守は同じ苦労をしていた様だ。