⑳
試作品を待たずにどんどん呑み進める好美。
-⑳ 秘策の詳細-
吸血鬼が経営するレストランのテーブル席で「試作品」を待ちながら1人ワインを楽しむ好美の様子を見て、副料理長兼ソムリエのケンタウロスは嫌な予感がしていた。
ロリュー「ナル、あのままだと試食どころじゃなくなるんじゃないのか?控えめにしておいてさっさと料理を出さないと。」
ナルリス「いや、これはこれで良いんだ。と言うよりこっちの方が都合が良い。」
ロリューはオーナーの発言の意味が分からなかった、よく考えてみれば先程から何の作業を行っていない。敢えて言うなら調理場では真希子がひたすらに鰹節を削っているだけであった。
ロリュー「お前、まさか・・・。」
ナルリス「その「まさか」だよ・・・。」
そう、ナルリスの秘策とはワインを好きなだけ呑ませて酔わせ、いっその事帰らせてしまおうというものだった。正直言って、下衆な作戦な気がするが。
ロリュー「だったら真希子さんはどうなるんだよ、今必死に出汁を取る為に鰹節を削っているんだぞ。」
ナルリス「夜営業でその出汁を使う事にすれば良いじゃないか、それに俺もロール白菜なんて作った事無いもん。」
ロリュー「いやいや、お前が言い出した事なんだろ。発言には責任を持つべきだと思うけどな。」
ナルリス「そう言ったって、今からは仕込みが大変だろ。」
ロリュー「だからって何もしないのは罪だぞ、俺も手伝うから早く仕込もう。」
ナルリス「うん・・・、お前が言うなら仕方が無いか・・・。」
どちらがオーナーなのか分からない位に説得力のあるロリューの言葉に押されて仕方なく白菜の仕込みを始めるナルリス、その様子を真希子が見逃さなかった。
真希子「店長、何もしてなかったって今聞こえたけど?このままだと店の信用を失う事になるよ、この街での好美ちゃんの影響力を知っているだろう。今となっちゃあんたの嫁さんとほぼ同等だ、ちゃんと作らないとこの店が潰れちゃうよ。悪い事は言わないから今からでもちゃんと作りな。」
副店長の声が聞こえたのか、ワインをゆっくりと楽しむ好美が調理場に近付いて来た。
好美「ねぇ、「試作品」の調理は進んでんの?」
ナルリス「こ・・・、好美ちゃん。今味のベースが決まったんだよ、これから白菜で挽肉を包んでじっくりと煮込んで行こうと思っていてね。」
ナルリスは慌てた様子で白菜を、湯を沸かした寸胴の中に放り込んだ。
ロリュー「おいおい、大丈夫かよ。丸ごとだぞ。」
ナルリス「周囲の葉を柔らかくするんだからこれが一番だろ、実際ロールキャベツを作る時だって最初にキャベツを茹でるから一緒なんだよ。」
ロリュー「一理あるけど、白菜とキャベツは別物だよな?」
ナルリス「白菜は英語で「Chinese cabbage」、仲間と言っても過言でも無いんだ。」
地球とは別世界のはずなのにどうして「英語」という概念があるのだろうか、まぁ、今更気にする事でも無いかも知れないが。
ロリュー「まぁ、そうなら良いんだけどさ。」
2人が会話を交わしているうちに白菜が柔らかくなった様なので、寸胴から取り出してふんわりと葉を千切り取って行った。
ロリュー「本当だな、ロールキャベツを作る時みたいに簡単に剝がれるな。」
ナルリス「だろ?あとはこれで挽肉を巻いて真希子さんの作った出汁で煮込めば完成ってもんよ。」
ナルリスは簡単に済まそうとしたが、好美はこの言葉を聞き逃さなかった。
好美「何?手抜きをするつもり?」
ナルリス「そんな事無いよ!!和風だしと生クリームを合わせようかな・・・、ってあれ?」
どうやら、慌てる必要は無かった様だ。そう、酔った好美は寝言を言っていた。
好美「守ー・・・、ちゃんと生地には山芋を入れて・・・。」
どうやら、楽しく呑んだ様だ。