196~197
宣伝はちゃんとするんだな・・・。
-196 思い出に浸るのも束の間-
目の前でまさか元の世界における学生時代からの憧れであった自分の愛車が1国の国王や大臣達を相手取って時給の交渉を始めるとは思わなかった中、珍しく素直に俺の言う事を受け入れた渚は少し渋々とした表情をしながらステッカーを貼り付けていた。
渚「「珍しく」って失礼な奴だねぇ、それにしてもこのステッカーってまさか一生剥がれない訳じゃ無いよね。私ゃそうだと絶対嫌だよ、綺麗なままにずっと乗りたいんだからね。」
やはりこっちの世界に持って来るくらいだからそれなりに思い入れのあるお車だからそう仰ると思いましたよ、でも剥がれますから安心して下さい。
渚「だったら良いんだけどね、ただ私の車だけじゃ宣伝効果が薄い気がするんだけど。」
大丈夫ですよ、守の車にもこっそり貼り付けておきましたから。
渚「それはそれであんた・・・、勝手にやっちゃ駄目なんじゃないかい?」
問題ありませんって、王城の敷地の中に新しく建設する「暴徒の鱗」の宣伝にもなる上にちゃんと好美ちゃんに許可を貰ってますから(嘘です)。
渚「そうかい・・・、だったら良いんだけどね。」
「守の車なのにどうして本人ではなく好美に許可取りをしようとしたのか」と聞かれなかったのが幸いだった中、俺自身は恋人達がどうしているのかが気になり始めた。
ロラーシュ大臣が店主になる(予定)の新店やもうすぐ開店できる様になるであろうランバルの飲食店の事を全てデカルトや渚に任せた(と言うより押し付けた)好美達は再び卒業旅行に戻る事にした、ダンラルタ王国の殆どを占める山の中の道を走りつつ2人は元の世界の事を懐かしみながら守が持参したUSBに入っていた音楽を楽しんでいた。
守「これって俺達が大学に入学したばかりだった頃に流行った曲だったっけ?」
車内では丁度2人が「松龍」の前で出逢ったばかりの頃に流行っていた曲が流れていた、ただ先程まで馬鹿みたいに酒を吞みまくっていた好美がちゃんと思い出すかどうかが心配だったが・・・。
好美「そうだね、確か守ってあの時揚げ物ばっかりの定食を食べてたんだっけ?」
どうやら心配は無用だった様だ、守の車の中で好美は呑んだ酒と同量の水をぐびぐびと煽った為に素面に近い状態に戻っていたのでしっかりと懐かしい思い出に浸っていた。
守「そうそう、目の前にいた正や龍さん達がドン引きしてたんだよな。女将さんに至っては俺の顔を見てすぐに冷蔵庫から卵を取り出して割り始めてたから俺の注文聞いて焦ってたよ、その様子を見た美麗が凄く笑ってたんだって。」
好美「そんな裏事情があったんだ、あの親子らしいな・・・。」
好美は自分が「松龍」でのアルバイトを始める直前のエピソードを聞いて懐かしさと松戸親子の仲の良さを感じながらふと守の左手のすぐ近くを見た、そこにはオーディオの真下にある空間にボールペンが1本転がっていた。
好美「ねぇ、もしかしてこのボールペンって・・・。」
守「うん、俺達が付き合うきっかけになったあのボールペンだよ。こっちの世界で売ってたのを見つけたから思わず買っちゃった。」
好美「「見つけた」って、私が元の世界の物を仕入れてこっちの世界でも販売出来るようにしたからでしょ。結構苦労したんだから感謝してよね。」
ここだけの話、好美は雑貨屋の店主であるゲオルに相談を持ち掛けただけで全くもって苦労をした訳では・・・。
好美「何?」
ま、まずい・・・。「鬼の好美」が出かけてる、しかもまだ少し残っている酒の力により圧が増してる様な気がする・・・。
好美「余計な事言わないでよ、守には「敏腕の起業家、そして経営者」で通しておきたいんだから。」
そっすか・・・、だったらそのままにさせて頂いておきながら取り敢えず話を進めるとしますかね・・・。
偶然車内に転がっていたボールペンにより折角好美の中に芽生え始めていた「懐かしい」という感情が消えようとしていた中、カーオーディオの音楽がぴたっと止まった。
-197 騒動発覚-
折角良い雰囲気になりかけていたというのに音楽がピタッと止まってしまったので「故障か?」と思った守は致し方なく路肩に車を止めようとした、すると突然Bluetoothで接続していた電話の着信音が鳴り響いた。オーディオの画面には懐かしい名前が。
守「結愛だ・・・、でも何で『念話』じゃなくて電話なんだろう・・・。好美、ちょっと出て良いか?」
好美「うん、勿論良いよ。」
恋人の許可を得てから一先ずハンドルのボタンを押して社長からの電話に出る事にした守、ただ着信音が鳴るまでの時間差が少し気になったが今はそれ所では無かった。どうしてかと言うと・・・。
守「もしもし・・・。」
結愛(電話)「もしもし、守か?!やっと電話出た・・・、好美は一緒か?!2人共無事か?!」
そう、電話の向こうにいた旧友がかなり焦っていたのだ。ただこんなに焦った結愛ははっきり言って久方ぶりな様な気がするが何かあったのだろうか・・・。
守「「無事か」って急に何だよ、俺と好美は元の世界で出来なかった卒業旅行をしていただけなんだけど。」
至って落ち着いていた守とは打って変わっていた様に未だに焦っていた結愛、何となく嫌な予感がしたのは俺だけだろうか・・・。
結愛(電話)「お前、何も知らねぇのかよ!!今すぐテレビかラジオをつけろって!!」
守「分かったよ、分かったからちょっと待てって・・・。」
結愛との電話を一旦切った守はカーオーディオをラジオに切り替えた、通常ならこの時間は守が豚舎で仕事をしている時にいつも聞いているお気に入りのラジオドラマが再放送されているはずだったがスピーカーから流れたのはニュースの緊急速報だった。しかもその内容が守にとってただ事では無かったらしく、先程の電話で聞いた結愛の口調の理由を物語っていた。
キャスター(ラジオ)「速報です、今日未明にネルパオン強制収容所に収容されていた貝塚義弘死刑囚が脱獄したというニュースが入りました。」
ニュースによると義弘は数週間前に行われた裁判で元の世界とこちらの世界での素行や犯罪歴を考慮に入れた結果、「情状酌量の余地なし」とみなされ死刑が確定したのだが何者かの手を借りて脱獄して遠くへと逃げて行ったと言うのだ。
好美「結愛に聞いただけだけど確かネルパオン強制収容所ってこのダンラルタ王国から少し離れた孤島にあるんだっけ。」
守「ああ・・・、俺も豚舎で働いていた時にケデール店長に聞いたよ。本人は見学に行ったって言ってたけど、そこの囚人には魔法を使えなくする為に特別な手錠を付けるって話だそうだ。」
少し呼吸が荒くなった守は自分達にこの知らせを教えてくれた社長へと電話をかけ直した、兎に角今は自分達が無事だという事等を伝えねばと言う気持ちで頭がいっぱいだった。
結愛(電話)「守か?!ニュース聞いてくれたか?!」
守「ああ・・・、好美と一緒に聞いたよ。確かにまずい事にはなったけど俺達は無事だ、会社の方は大丈夫なのか?!」
結愛(電話)「ああ・・・、一応リンガルス警部と警戒に当たっているけどまだ十分とは言えない。奴は犯罪者ではあるが、警部と同じ「アーク・ワイズマン」だから魔力だけは馬鹿に出来ないからな。」
「魔力」と言えば最近不審に思っていた事が1つ、特に転生者達に関する事だった。
好美「ねぇ結愛、ちょっと聞いて良い?」
結愛(電話)「勿論だ、俺で良かったら何でも聞いてくれ。」
好美「最近私達の能力ってちょこちょこだけどミスが起こる事が多くなったじゃない?これってこの事件に関係あるのかな・・・?」
結愛(電話)「やっぱり好美も感じていたか・・・、実は俺も以前の様に上手く能力を使えている気がしないんだ。ただ俺1人で断定は出来ない、警部に聞いてみて良いか?」
数秒後、貝塚学園の入学センター長を兼任する警部が電話に出た。
リンガルス(電話)「社長夫妻だけではなく貴方達もですか、詳しくお聞かせ願えますか?」
蘇る忌まわしき記憶・・・。