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店の味のベースを急いで作ろうとする真希子。
-⑲ 吸血鬼の秘策-
ネフェテルサ王国で随一の売り上げを誇る洋食レストランの味のベースを自分でも簡単に作れる事が分かった真希子は早速「ブイヨン」、いや「鰹出汁」を作る為に材料の調達へと向かった。中心街へと『瞬間移動』するとジューヌが露店を閉めかけていたので、真希子はやや滑り込み気味で声をかけた。
真希子「ジューヌさん、ごめんよ。まだ鰹節はあるかい?」
折角、一から出汁を取るんだから、元日本人として素材には拘りたい。
ジューヌ「あるけど、削って無いやつしか無いよ。」
この露店ではいつも、客のニーズに合わせる為に「花かつお」を中心とした削ってある物と削って無い物を用意していたが、この日は何故か後者ばかりが飛ぶ様に売れていた。
真希子「助かるよ、一度自分で削ってみたいと思っていたんだ。」
真希子には幼少の頃からかんなで鰹節を削りたいという少し変わった夢があった。
ジューヌ「今からでも良いならこっちで削るよ?」
真希子「いや、自分でやるよ。出汁を取る直前に削った方が風味が良いって言うからね。」
その後、急ぎ店に戻った真希子はかんなを『作成』して調理場へと向かい、鰹節を削り始めた。ただ、その様子をオーナーシェフは決して見逃さなかった。
ナルリス「真希子さん、何をしているんです?どうして鰹節なんかお持ちなんですか?」
真希子は一瞬「まずい」と思ったが、この光景を見られてしまったので正直に話す事にした。
真希子「店長、ごめんなさいね。実は私、ブイヨンの作り方なんて知らなかったんだよ。元々は守が作った鰹出汁を『複製』して使っていたんだ。でもこの前酔った勢いで全部飲んじゃってね、新しく作り事にしたって訳。ただ作るなら拘りたくなってね、それで今に至るのさ。本当に申し訳ない。」
真希子は怒られると思ったが、ナルリスの反応は意外な物だった。
ナルリス「そうでしたか、あの優しい風味と香りは鰹出汁でしたか。だからお客さんにも人気だったんですね。」
「日本」という国名も知られていないこの異世界でどうして和風だしの味がウケているのか不思議で仕方が無かったが、真希子はお気楽な人間だった為、あまり気にせずにいた。ただ、問題はそこでは無い気がするが。
しかし、今はそれどころでは無かった。好美がずっと「試作品」を待っていたのだ。待ちきれそうにない好美を何とか宥める為、ナルリスは客席へと向かった。
好美「ナルリスさん、まだ?」
好美は期限を損ねていた訳では無かったが、これ以上待たせるのは店としてまずい。ただナルリスにはとっておきの秘策があった。
ナルリス「スープの味がなかなか決まらなくてね、好美ちゃん、今夜は仕事かい?」
好美「休みだけど、何で?」
ナルリス「良いワインとチーズが入ったんだ、お詫びと言ってはなんだが持って来るから試してみてくれるかい?」
この国で好美は酒好きですっかり有名になっていた。
好美「それを先に言ってよ、赤?それとも白?」
ナルリス「両方あるよ、ロゼもあるけどどうする?」
好美「全部頂戴!!」
ナルリス「やっぱりか、好美ちゃん、ここは呑み屋じゃないんだよ。」
オーナーシェフはこう呟きながら調理場へと入って行き、ソムリエを兼任するサブシェフであるケンタウロスのロリューに頼んで入ったばかりのワインを取り出して貰った。
ロリュー「本当に良いのか?これ高いんだぞ?」
ナルリス「仕方ないよ、こうでもしないと好美ちゃんは怖いもん。」
どうやら、この国では「鬼の好美」も有名になっていた様だ。
此処での生活が長いが故の新事実。