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真希子はある事を忘却していた。
-⑱ 守られた秘密と明かされた秘密-
副店長の行動に疑問を抱くオーナーシェフをよそに、真希子は鼻歌交じりでロッカールームへと向かいロッカーを開けた。
真希子「さてと・・・、いつも通り『複製』で守が作っておいてくれたブイヨンを・・・、ってあれ?」
いつもロッカーの最下層に鍋にいれて隠しているはずなのだが、鍋が見つからない。インスタントラーメンを食べる様な小さく浅い物では無く、パスタを茹でる様な深い物を使用しているので目立つはずだったのだが・・・。
真希子「どうして・・・?」
真希子は腕を組んで必死に思い出した、確か数日前の事だったか。その日は閉店時間まで客足が途絶えなかったので疲労が溜まった真希子は、ナルリスを含めた従業員を全員集めて店中のワインを吞みまくっていた。
ナルリス(当時)「大丈夫ですか、真希子さん。これ一応、店の奴ですけど。」
真希子(当時)「気にしなくても良いわよ、ちゃんと発注しているから明日の朝には酒屋から届く手筈になってるわ。」
ナルリス(当時)「でもこれ、店で一番度のきつい酒ですよね。そんなに呑んで大丈夫ですか?」
真希子(当時)「心配しないの、もしもの時は好美ちゃんか守に迎えに来てもらうから。」
ナルリス(当時)「確か、守君って真希子さんの息子さんで好美ちゃんの彼氏君でしたね。」
真希子(当時)「そう、あの2人なら『念話』一発で飛んで来るわよ。」
因みにこの時守は疲弊して熟睡中、そして好美は渚と家の露天風呂でお楽しみ中だった。
数時間後、周囲の者達と同様に真希子も顔を真っ赤にして酔っていた。
真希子(当時)「何かあっさりとしたスープかお茶が欲しくなって来たわね、何かチェイサーになる物はあったかね・・・。」
フラフラになりながらロッカーの中全体を探した真希子、無事にお茶かジュースが見つかれば良かったのだがやはり泥酔しているので・・・。
真希子(当時)「うん、これで良いわね・・・。」
こう言って一際目立つ奥底の鍋を取り出して火にかけた後に皆の下に持って行くと、他の者も同じ気持ちだったらしく、全員で大切なブイヨンを飲んでしまったのだ。
真希子「まずい事になっちゃったわね、守に直接聞いてみるしかないか・・・。」
実は未だにブイヨンの作り方を知らない事を、まだナルリスに伝えていなかった真希子は急いで守に『念話』を飛ばした。
真希子(念話)「守、今ちょっと大丈夫かい?」
守(念話)「何だ母ちゃんか、いきなりどうしたってんだよ。」
真希子(念話)「あんたの作ったブイヨンが無くなっちまったんだよ、急いで作ってくれないかい?」
好美の家で皿洗いをしていた守は母の言っている意味が分からなかった、理由は1つ。
守(念話)「おい母ちゃん、ブイヨンって何だよ。」
真希子(念話)「ほら、元居た世界であんたがいつも大鍋に入れて台所に置いてあったあれだよ。こっちの世界に母ちゃんが『転送』で持って来て店で使っていたのさ。」
守(念話)「あれか、いくら探しても見つからないからおかしいと思ったんだよな。でもさ・・・。」
息子の言葉に思わず困惑する元「紫武者」。
真希子(念話)「でも・・・、何なんだい?」
守(念話)「母ちゃん、あれ市販の鰹節で取った出汁だぞ・・・。」
真希子(念話)「ほへ・・・?あんた、今何て・・・?」
守(念話)「だからあれ、鰹出汁だって。」
そう、この店にてずっと独特の風味で客にも従業員にも定評のあった「ブイヨン」はただの「鰹出汁」だったのだ。
真希子(念話)「じゃ、じゃあ・・・、母ちゃんでも作れるね。」
守(念話)「当たり前だろ、うちの味噌汁の味だもん。」
勘違いも甚だしい母。