163
折角の旅行で出来ればそんな顔は見せて欲しく無いのだが・・・。
-163 竜騎士兄弟の過去-
恋人達はネイアの先導で客室へと入った、希望通り露天風呂付の豪華な部屋ではあったが未だに浮かない表情をしていた好美は座椅子へと座り込んでしまった。
ネイア「あの・・・、お隣宜しいでしょうか?」
普段ならこの後、緊急時の避難経路や施設の案内等を行うのだが好美の気持ちを汲み取った女将は隣に座って語り始めた。
ネイア「うちの人、番頭ね?元々バルファイ王国軍の竜騎士だったんですよ、それもイャンダさんと同じく料理番を兼任していたんですが先代の番頭である2人のお父様が病に倒れたと聞いて「父さんの跡は自分が継ぐ、この旅館は自分が守るんだ」って意気込んでいたんです。きっとお父様を安心させてあげたいという気持ちが強かったんでしょう。そんなある日にイャンダさんが軍を抜けると聞いて「2人で旅館の仕事を頑張るんだ」って気合を入れていたあの人の下に突然帰って来たんですが、イャンダさん本人は「「倉下」って人に雇われて友人のデルアと拉麺屋をやる事になった」と言って飛び出してしまったんですね。それっきり主人はイャンダさんの名前を聞くだけで機嫌を悪くしてしまうんです、決してお客様が悪い事を仰った訳ではありませんのでお気になさらないで下さい。」
好美の事を必死に慰めようとしたネイアの言葉は正直言って逆効果だった様で、好美は再び深くため息をついて肩を落としてしまった。
ネイア「あの・・・、お客様?宝田さ・・・?」
どうして目の前の女性客が肩を落としてしまったのかが分からなくなっている女将の言葉を遮る様に客室のドアがノックされる音が鳴った、ノックの正体は旅館の番頭、先程ネイアの話に上がっていたイャンダの兄であるベルディだった。
ベルディ「お客様・・・、お時間を少々宜しいでしょうか。」
オートロックが閉まっていたので好美が番頭をベルディを迎えに行こうとしたが、マスターキーを持っていた番頭は既に部屋の中にいた。
ベルディ「先程は目の前にお客様がいらっしゃったのにも関わらず、私事で失礼な態度を取ってしまい大変申し訳御座いませんでした。どうお詫びをすれば良いやら・・・。」
必死に頭を下げる番頭に向かい、女将から理由を聞いた好美は優しく声をかけた。
好美「番頭さん・・・、いやベルディさん。頭を上げて下さい、悪いのは私なんです。」
そう言って好美は懐から取り出した名刺を番頭に手渡した、その名刺には「「暴徒の鱗」 ビル下店 オーナー 倉下好美」とあった。と言うかあの拉麵屋に名刺なんてあったんだな、まぁ今はどうでも良いか。
好美「お兄さんとイャンダさんとの間にあった事、そしてご家庭での事を全く知らなかった私が本人の作った料理の味に惚れ込んで独断で雇っていたんです。勝手な事をして本当にごめんなさい。」
必死に頭を下げる拉麵屋のオーナーへの返事は意外で、とても優しさに溢れていた。
ベルディ「そうでしたか・・・、貴女が・・・。あの・・・、弟は元気でやっていますか?」
受付で見た時とは打って変ったかの様にベルディはとても優しい兄の顔をしていた。
好美「はい、好きな拉麺を作る仕事に就く事が出来て幸せだって毎日の様に聞かされています。良かったら今度、弟さんのお料理を食べにいらして下さい。」
楽しそうに話す好美の言葉の1つひとつを笑顔で受け止めていたベルディ。
ベルディ「そうですか・・・、実は私もあれから考え直したんですよ。イャンダの人生は他の誰のものでも無くアイツ自信の物なんだって、私はこの旅館を好きでやっていますが弟に同じ考えを押し付けてはいけないって。だから今の好美さんの話を聞いて安心しました、宜しければ「また気が向いたら帰って来い、偶には一緒に酒を吞もう」とお伝え頂けますか?それと1つ我儘を聞いて頂けたら嬉しいのですが・・・。」
好美「分かりました、必ず伝えます。ただその「我儘」とは・・・?」
ゆっくりと茶を啜る好美に優しく声をかけたベルディ。
ベルディ「旅館の空きスペースに支店を出して頂けませんか?私も拉麺が好きでして。」
あら、意外な方向に・・・。