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好美は間違いを犯してしまったのだろうか・・・。
-156 楽しい思い出-
好美の目からは真希子の表情が少し困惑している上に寂し気に見えた、酒の席で語れる程の「楽しかった思い出」があまり無かったのか、それとも逆か、好美が後者であって欲しいと強く願っていると真希子は重い口をゆっくりと開いた。
真希子(回想)「楽しかった思い出か・・・、息子が4歳の頃だったと思うんだけどね、パートが休みだった日に2人で近くの公園に遊びに行った事があるんだよ。あの頃、普段は家に籠りっきりだった事が多かったから新鮮に思えたのか知らないけどあの子の表情がキラキラと輝いて見えたのさ。私自身はいつも前を通るだけで見慣れた景色だったけどあの子がその中に入るだけで別物に思えて仕方なかった事を今でも覚えているよ。」
いつの間にか日本酒からワインにシフトチェンジしていた真希子はゆっくりとグラスを動かしながら香りを楽しんでいた、好美自身がこっちの世界で適当に選んだワインだったが大企業の筆頭株主は相当お気に召したらしい。
好美(回想)「小さい子って遊具とか砂場で遊ぶのが好きですよね、私も昔そうだったな・・・。」
好美は昔、まだ徳島に住んでいた頃の事を思い出した。県南の方にある大きなダム近くの公園で遊ぶのが大好きだった様だ、特に父・操と一緒にローラー滑り台で何度も何度も昇り降りを繰り返しては疲れて眠くなるまでずっとはしゃいでいたらしい。
ただ真希子の胸中に思い出として残る公園は好美が考えている物とは違っていた様で、遊具と言えば小さな滑り台とブランコ、そしてジャングルジムだけで生い茂っていた多くの木々の方が目立っていた、どちらかというと森林公園や自然公園と言ったところか。しかし、そんな中でも真希子の瞼の裏に映る守は屈託のない笑顔を見せてずっと楽しそうにしていた。
真希子(回想)「私も一緒にブランコに乗ったりジャングルジムに登ったりしたっけね、息子が「ママ競争しよう」だなんてはしゃいでいたもんさ。天辺に登った後に2人で食べたお握りが何よりもご馳走に思えてね・・・、ただの塩握りだったけど本当に美味しかったよ。」
家が元米農家の俺もそうなのだが、米の好きな人間には共通して分かる事が有る。いっぱい動き回った後に食べる塩握りは格別に美味い、正直言って具材等が余計(いや邪魔)に思えてしまう位だ。
真希子(回想)「その後ね、友人がやっていた中華居酒屋で友人とその子供と一緒に鍋をつついたものさ。本当はその日の夜も山に行かなきゃいけなかったんだけど珍しく渚が気を利かせてくれて「今日は車のエンジンをつけたら「ピー・・・」にするぞ」だなんて言って休ませてくれたんだよ。」
流暢に思い出を語る真希子の言葉を聞いて黙っていなかったのが勿論この人、と言うかいくら回想シーンだからって問題発言すんな!!
渚(回想)「真希子・・・、「珍しく」って何なのよ、「珍しく」って。それに「「ピー・・・」にするぞ」なんて言った覚え無いんだけどね!!」
光(回想)「ごめんなさい!!お母さん・・・、呑みすぎだよ。明日仕事なんでしょ?」
渚(回想)「何だい、私の屋台の代わりなんていくらでもいるんだよ!!余計な事を言わないでおくれ。」
好美や真希子以上に顔を赤くする程呑んでいたからか、記憶がかなりあやふやになっていた渚、娘の光が焦りの表情を見せたのも無理は無い。ご存知の方々がいると嬉しいのだが、「暴徒の鱗」屋台を経営しているのは渚以外にはシューゴだけなので欠員が出てしまうとまずい事になる。
それはさておき、真希子にはもう1つ思い出した事が有った。
真希子(回想)「そう言えば好美ちゃんって「松龍」でバイトしてたんだってね、あそこの娘さんとうちの息子は昔から仲が良かったんだよ。公園に行った日に一緒に鍋をつついたのもその子だったのさ、確か名前は・・・。」
好美(回想)「美麗です、松戸美麗。」
確かに正解だったが真希子は中国語読みの方でしか覚えていなかった様で・・・。
真希子(回想)「あれ?美麗ちゃんじゃ無かったかい?そんな名前じゃ無かった様な・・・。」
もしこの場に美麗がいたらどう返すんだろうか、想像するとぞっとしてしまうのは俺だけだろうか。
好美(回想)「両方大丈夫なんじゃないですか、本人もどっちでも良いって言ってましたし。」
真希子(回想)「何だい、2通りあるだなんて紛らわしい名前だね・・・。」
美麗に罪はない・・・。