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誰だっていつもと別の環境では寝づらいものだ。
-⑩ 眩い月夜の晩に-
1度別れた恋人の家で初めての夜を迎えた守は落ち着いて過ごせる訳が無かった、眩い月明りが照らす夜、喉が渇いた守は冷蔵庫へと向かった。
守「麦茶、麦茶・・・。」
決して夏日の様に暑い訳では無かったのだが、緊張で兎に角喉が渇いて仕方がなかった守は冷えた麦茶が飲みたかった。
好美を起こさぬ様にと足音を殺し、決して電灯を点ける事無くゆっくりと台所へと歩んで行くとほんのりとした真っ白な光が見え、小さくだがガチャガチャと音が聞こえた。
守「好・・・、美・・・?」
そう、冷蔵庫の前で好美が酒と肴を物色していたのだ。よく考えてみれば彼女は夜勤族、基本的に夜行性なのでこうなってもおかしくはない。
好美「ごめん、起こしちゃった?」
守「良いけど、今から呑むのか?」
好美「こんな時間に生きる私にとって休みの日の楽しみって言ったらこれしか無いからね。」
好美は王城での夜勤が休みの日、1人夜空の下で露天風呂を楽しみながら酒を吞む事が多かった。まぁ、個人的な趣味なので誰にも意見する権利は無い。と言うより、最上階に住んでいるので正直言ってお構いなしなのだ。
守「ずっと露天風呂に入っているつもりか?のぼせるぞ。」
好美「ずっとじゃ無いよ、私だってテレビのドラマやアニメ見たいもん。」
一応おさらいなのだがこの世界では日本のテレビ番組が見える、ドラマやアニメも例外では無い。ただ好美がこの世界に来てから数年の間に1点だけ変わった事が有った。
守「衛星放送も見えるのか?」
好美「うん・・・、一応・・・、無料で・・・。」
何故か少し怪しげな口調や表情で答える好美、その表情を決して守は見逃さなかった。
守「何だよ・・・、何かやましい事でもあるのか?」
好美「えっとね・・・、実は・・・。」
好美が言うには下の階の住民が契約したのでその電波が好美の家にも入って来てしまっているだけらしい、よく言えば「棚ボタ」、悪く言えば「ズル」だ。
守「朝になったら正式に契約しに行こう、流石にそれはダメだ。」
好美「はーい・・・。」
ずっと「ラッキー」と思っていた好美は1人しょんぼりとしていた。
守「じゃあ、俺は寝るからな。露天に入り過ぎて風邪ひくなよ。」
好美「分かってるって、子供じゃないもん。」
昼間かなり呑んでいたはずだが熟睡したお陰ですっかり素面に戻っている。
守「じゃあ、また朝にね。おやすみ。」
好美「おやすみ。」
寝息を聞いて守が自室で眠りについた事を確認すると、好美は自分用の露天風呂へと向かった。体を湯船に委ねると、すぐに缶ビールを開けた。
好美「あー・・・、これこれ・・・。」
高層ビルの天辺で大家が1人月見酒を楽しんでいると後ろから声が。
声「楽しそうだね、私も入って良いかい?」
好美「びっくりした・・・、誰かと思えば渚さんですか。」
声を掛けたのは真希子と共に走り屋として有名だった赤江 渚だ。
好美「入って良いかいって・・・、もう既に脱いでいるのに拒否できませんよ。そのままだと風邪引きますから早く入って下さい。」
渚「すまないね・・・、よいしょっと。ああ・・・、こりゃ極楽だね、ビールもあるし。」
好美「あの・・・、それ私のです。」
相変わらずお調子者の渚。