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『炎の神が奮い立つ月』のレオニス火山は、レオンでなくても厳しい暑さだった。

「何て言うか……山全体が『絶好調!』って叫んでいるみたいだよね」

 尋常でない熱気が立ち昇っているのが嫌でもわかり、レオンはぼやいた。

「レオン、大丈夫そう?」

 隣で尋ねるフォルマに、レオンは笑った。

「自分が病気なのを忘れるくらい調子がいいよ。念のため発作用もちゃんと持ってきてるし。むしろみんなに付き合わせるのが申し訳ないんだけど」

 僕とソールだけで行ってきてもかまわないよと言うレオンに、全員が反対した。

「たくさんのカラスが目印になるってファイおじさんは言ってたけど、やっぱりみんなで探したほうが絶対に早いよ」

「それに突発的な問題が発生しても、人数が多ければ対処できる」

「もし木と戦うことになった場合、俺たちがやらないといけないしな」

 セピアとルテウスとオルトの意見に、フォルマとリリーも賛同する。誰も嫌な顔一つ見せないことに、レオンは胸が熱くなった。

 小さい頃から体が弱くて、本当なら冒険集団に参加するなど無謀だった。あの日、セピアの提案につい賛成してしまったけれど、足手まといになるのが怖かったのだ。

 でも皆、自分の病気を知ってからも変わらず付き合ってくれる。気づかいながらも、一緒に冒険に行ってくれる。

 長い間、つらかった。苦しかった。フォルは健康なのになぜ自分はと、何度も恨んだ。

 両親にやつあたりしたこともある。フォルマにわがままを言ったこともある。それでも家族は明るく、優しく自分を包んでくれた。

 もう周りに気兼ねすることもさせることもしなくてすむと思えるだけで心が軽い。体調を気にしていつも抑えていた法術も、これからは遠慮なく出せるのだ。

「よし、行くか」

 全員で持っていくものと置いていくものを確認してから、山をあおいだオルトのかけ声に、おうとこぶしを突き上げて七人は出発した。

 今もまだあるかどうかわからないけどと言ってキュグニー教官が教えてくれた場所を、まず目指す。

 夕方に到着する予定で昼食は先に食べておいたが、あまりの暑さに全部吐いてしまいそうだった。

「クルスがいたら、上から木を探してもらえたのに」

 セピアの母親から差し入れられた、水の法で冷やした布を首に巻いた状態で、リリーがふうと息をつく。

「まあな。でもそれだと試練と呼ぶには楽すぎて、しなくていい苦労が降ってくるかもしれない」

 先頭を歩くオルトの言葉に、「そうだよね」とリリーも納得顔でうなずいた。

 それからは、体力温存もかねて会話は控えめになった。途中で火の馬がものすごい勢いで駆け下りてくるのを慌ててかわしたり、うっかり転んだはずみにつかんだ草が異常に熱くてやけどしたり、危険な生き物に出くわしてちょっとした戦闘になったりと、平穏とはいかなかったが、七人は常に周囲に気を配り、連携してやり過ごした。

 まもなく、カラスの鳴き声が聞こえてきてオルトが足をとめた。

「あれじゃないか?」

 遠目にもわかるほど頭いくつぶんか飛び抜けている木の上空を、カラスが旋回している。

「絶対そうだよ」

 嬉々として手をたたくセピアのそばで、レオンは感嘆した。

「キュグニー先生の記憶力って、いったいどうなってるの」

 まだ昼日中なので木もかなり背が高い。おかげで見つけやすかったとはいえ、二十年以上前の、しかも十一本の木を探し回ったときに見た場所をほぼ正確に覚えていたことに、もはや驚きしかない。

「歩く記録書って感じだね」とフォルマも笑う。ルテウスは当然「さすがはキュグニー先生だ」とほめちぎっていた。

 七人は木を見失わないよう注意しながら道をたどった。途中で分かれ道があったが、最短に見えて逆に目標からそれる場合もあるので、よく相談し、時には勘のいいオルトに任せて進んだ。

 カラスの鳴き声がしだいに大きく、また数を増していくにつれ、緊張も高まっていく。

 やがて眼前のひらけた場所に、天へ向かってすっとのびる一本の木を発見した。

 赤と黄色の葉が重なりあうすきまのいたるところに、カラスの巣がある。七人の姿を見咎めたのか、カラスがばっと飛び立った。

「あった……」

 レオンは興奮と感動の中、木を凝視した。堂々とした幹は太く、安定感がある。

 つと、木の葉がざわめきだした。明らかにソールに反応している。

「まだ近づくには早いな。もう少し日が陰ってからにしよう」

 休憩するかと、オルトが荷物を下ろす。それにならって六人は敷布を広げ、一息つくことにした。

 たくさんのカラスから刺さる警戒の視線が居心地悪くはあるが、レオンは母が持たせてくれた菓子を皆に配った。リリーは父からの差し入れだと言って、体力回復剤を一杯ずつそそいで渡す。

 レオンが実を持ち帰りしだいすぐに薬を完成させられるよう、キュグニー教官は家で準備をして待っているという。だから今日は早めにふもとで休み、夜明け前に発ってフォーンの町へ戻る計画だった。

 カラスが周辺を飛び回っている。どうやらおやつを狙っているようだ。

「ちょっと分けてやったほうがいいかな」

 これから木に向かうことだし、ご機嫌取りをするべきか迷ったレオンに、ルテウスがかぶりを振った。

「あれだけのカラス全部に行き渡るだけの数がないならやめておけ。絶対にもめるぞ」

「食い意地がはってるのはクルスだけじゃないってことだね」 

 菓子の奪い合いで流血沙汰になっても困るので、レオンはやはり自分たちだけで消化することにした。 

 体中の水分が蒸発しそうなくらい暑いことをのぞけば、のどかな時間だった。話題はもうじきある『冒険者の集い』の開始と宝についてで、リリーたちの親世代が当たった『風王の冠』の情報収集時期とローの行方不明事件が重なったこと、いざ冒険に出た日のことなどを、レオンとフォルマとルテウスは興味深く聞いた。

 そうしているうちにようやく日が傾きはじめ、太陽の使者の木が徐々に縮んでいく様子を、七人は目の当たりにした。普通ならあり得ない現象なので、とても不思議で面白かった。

「そろそろやるか」

 ソールが腰を上げる。キュグニー教官の説明どおりなら心配いらないだろうが、むだにカラスを刺激しないためにソールは槍を置いていくことにした。レオンも杖を腰にさし、巣が目的ではないという態度を取った。

 ゆっくりと接近する二人にカラスたちが鳴き騒ぐ。しかし太陽の使者の木が激しく葉を震わせると、急に静かになった。

 豊かに葉の茂った枝に蕾が生まれる。同時に甘い匂いが充満した。まるで運命の恋人に巡りあったかのごとく木が歓喜しているのを、レオンは感じた。

「すごく歓迎されてるね」

 隣のソールにささやく。ソールは複雑な表情をのぞかせたが、返事はせずにまっすぐ木を目指した。

 少し高い場所にある蕾がまず、ぱっと花ひらいた。続いてあちらこちらで開花が始まる。どの花もソールを誘っている。自分に触れてくれと訴えている。

「どれにする?」

 ソールの問いかけに、レオンは一番手の届きやすい場所で咲いている一輪を指さした。

「あれにしよう」

「わかった」

 蜜の香りがいっそう濃くなった。選ばれたのがわかったのか、花がますます花びらを広げる。

「炎の神の御元にはべりしは十一の側近の一、太陽の使者ソール。我は王の眷属にして、汝との絆深き者。今ここに汝とつがう者導きたれば、内なる力を宿し実を我が手に賜い、浄火の種とせん」

 レオンが祈りの言葉をつむぐ。同意したとばかりに花がふるりと揺れるのを見て、レオンはソールとうなずきあった。

 嫉妬か羨望か、他の花々が強い芳香を放つ中、ソールがそっと手をのばす。なでるような優しい触れ方に、性格が出ているなと思ったレオンの目の前で花が赤く輝き、あっという間に実を結んだ。

 たっぷりとふくらんだおいしそうな赤い実を、レオンは丁寧にもぎ取った。

「よし――ソール、ありがとう」

 しげしげと眺めた実を、キュグニー教官から預かった袋に入れる。役目を果たしたソールも笑みを浮かべ、二人で木に背を向けたとき、「ソール!」とリリーが悲鳴をあげた。

 驚いたレオンの横からソールが消えた。ふり返ると、花をつけた枝という枝がソールを絡めとっている。強引に受粉を迫る気だと察して腰の杖をにぎったレオンを、「レオン、お前はだめだ!」とルテウスがとめた。

「大気を司りし風の神カーフ。我は請う、我に仇なすものどもに疾風の爪牙を!!」

 一番にリリーが『嵐の法』を放ち、まとめて枝を切り裂く。締め付けられていたらしいソールは地面に膝をつくなり咳き込み、再びソールを捕らえようとした枝は駆けてきたオルトが剣でたたき斬った。

 ソールに肩を貸したオルトとともに木から離れる。ビュッと鞭のようにしなって飛来してくる使者の木の枝をレオンは尻目に見た。リリーとルテウスが交互に法術の壁ではじくが、めったに現れないつがいを逃したくないのか、枝は執拗にソールを追ってのびてくる。

 ソールもやっと自力で走れるようになったところで、オルトが本格的に応戦に転じた。レオンとソールは戦いに参加するなとキュグニー教官に指示されていたため、ひたすら逃げるだけになったが、あまりのしつこさに全員の顔があせりと恐怖に染まっていた。

 そしてどうにか使者の木の枝が届かない距離まで逃げおおせ、七人はその場に座り込んだ。

「何だあれ。執念深いにもほどがあるだろう」

 まだ油断できないとばかりに、オルトは使者の木があったほうへ視線を向けている。

「使者の木の中では扱いやすいほうだって、キュグニー先生は言ってなかったっけ……あれで扱いやすいって、他の木はどれだけ危険なんだか」

 ぜえぜえと全身で荒い呼吸を繰り返しながら、レオンもこぼした。

 カラスが傍観者でよかった。もしカラスが使者の木に味方したら、自分たちは相当な苦戦をしいられていたはずだ。または、キュグニー教官ですら渋い顔をした闘いの使者マケスタイだったら――考えられる展開にレオンはぞっとした。

「ソール、大丈夫?」

 心配するリリーにソールが即答しなかったことで、セピアが寄ってきた。ソールは「悪い、頼む」と服を脱ぎ、その状態に皆が息をのんだ。かなりの力で縛られたらしく、ソールの肌には木の枝がめりこんだ跡がびっしりとついていたのだ。

 すぐさまセピアが『治癒の法』をかけ、傷がきれいに消える。痛みもなくなったらしく、ソールが首と肩を回してほぐした。

「ちょっとなめてたな」

「あんなにすさまじいとは思わなかったもんね」

 巻き込んでしまってごめんとあやまるレオンに、みんな無事だったんだからいいとソールは微笑した。

 そのまま一気にふもとに下りた七人は、手分けして野宿の準備に取りかかった。非常食として『食卓の布』を持ってきているし、ソールはまだ休憩しておいたほうがいいと皆が勧めたが、もう心配いらないからとソールはいつもどおり手際よく夕食を作り、レオンたちはすっかりなじんだソールの味を堪能した。

 翌朝、レオニス火山を発った七人は、リリーの『早駆けの法』を受けて昼前にはフォーンの町に到着した。先にリリーの家に立ち寄り、キュグニー教官に太陽の使者の木の実を渡す。薬ができるまでの間、七人はリリーの家で昼食をとりながら、危険な目にあったことをシータに報告した。

「そういえば、ソールの名前の由来ってやっぱり太陽の使者なの?」

 セピアの質問に、肉を皿に取っていたソールが肯定した。

「俺の母さんは炎の法専攻生だったんだ。俺が生まれたとき、ちょうど朝日が昇る頃で、そこから思いついたって聞いた」

「まさに自分の分身みたいだから、よけいに執着したのかもね。あんなに人を追い回す粘着質の『ソール』って、かなり刺激的である意味新鮮だよね」

 こっちの『ソール』とは大違いだと言うレオンに、皆がうんうんとうなずいたところで、薬が完成したとキュグニー教官が現れた。

「自宅に持ち帰ってもかまわないけど、まだ時間があるから、よかったら飲んでいくといい。不安になるような変化があってもすぐ対応できる」

 確かに初めて口にするものなので、症状が正常かどうか自分では見極めがつかない。それに、フォルマもシータと話していたほうが気がまぎれるだろう。

「わかりました。じゃあ……」

 さっそくと、渡された小瓶のふたを取ったレオンを、キュグニー教官が慌ててとめた。

「ここで飲むと間に合わなくなるよ」

「――そんなにすぐ効き目が表れるんですか?」

 衝撃的な忠告に、全員が唖然とする。

「……僕、生きて帰れるかな」

 長くて三時間はかかるとキュグニー教官は言っていた。使者の援護で腹痛は起きないらしいが、飲んだ瞬間からとまらなくなるくらい激しい下痢にこれから挑むと思うだけで、心が折れそうだった。

「レオン、頑張れ」

「これで最後だよ」

 同情と励ましを一身に浴びながら、レオンはキュグニー教官に付き添われ、薬を手によろよろと部屋を出た。



 結果、二時間で決着はついた。出すべきものがすっかり出たと判断したキュグニー教官が、「よく耐えたね」とねぎらう。しかし想像を超える激しい排泄を経験したレオンは、返事をする元気すら残っていなかった。

 尻の穴がひりひりしている。不純物だけでなく、ありとあらゆる内臓まで失われてしまったかのような気分だった。

 脱水症状に陥っていたので、キュグニー教官に頼まれたシータが薬の混ざった水を運んでくる。ずっと客間で待っていた六人の前で、レオンはぐったりと長椅子に横になった。

 本当に、これですべて終わったのだ。あとはキュグニー教官が調合したヘルツクロブフェン病の薬を継続的に服用していけばいい。

「よかったね、レオン」

 フォルマがそばに来て、レオンの頭をなでる。心から喜んでくれているのがわかる。

「うん。ありがとう、フォルマ……ありがとう、みんな」

 この仲間に出会えてよかった。こぼれ落ちそうな涙をこらえ、レオンは目を閉じた。 


次が最終話です。早ければ今日、遅くても明日の午前中には投稿する予定です。

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