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8・突撃

※変更(田村さん→田中さん)

いまさらながら、登場人物の名前が似ていたので変更しました。




 街を照らしていた夕陽は沈み、空に残っているのはその残り香となるオレンジだけ。

 数分と立たずとして暗い闇が空を覆ってしまった。

 街灯もポツポツときはじめ、夜に備えている。


 俺はプレートに名前が出ていない、部屋の前に立った。


「ハァー。気が重い」


 田中さんの部屋番号は、確か203。

 番号をもう一度確認して、インターホンを鳴らしたが、反応はない。だが、小さな窓からは明かりが漏れている。


「留守なわけないんだよな」

 

 そもそも自宅に帰って、外に出ていないことは張り込んでいたので確認済みだ。

 もう一度、インターホンを鳴らし、今度はノックも追加する。強めに叩いたドアはゴンゴンと重い音がした。


「すみませーん、田中さーん。郵便でーす」


 嘘も方便ほうべんである。

 ダメ元で声をかけると、物音が聞こえて鍵が回る音が響いた。


「なんですか……」


 細く開かれたドアから見えた田中さんの顔は、昼間みた時と違って、憔悴しょうすいしきった顔だった。

 たった数時間、部屋にいただけなのになにがあったのだろうか?

 その変わりように驚いていると、田中さんは言いにくそうに口を開いた。


「あの、僕はなにを頼んだんですか……着払いなら、送り返してもらえませんか……」

「え?」

「じゃ、僕はこれで……」


 田中さんは言い終わるすぐ、ドアを閉じようとした。

 慌てて、ドアのフチに手をかけ隙間に足を挟んで、阻止する。

 刑事ドラマ観ててよかった。


「ちょ、ちょ待って、あ、いてててっ!!」


 でも実際やると、こうなるなんてドラマではやってなかった。


「ななな、なんですかー!?」

「いっ! やっ落ち着いて! その、落ち着いてくださいっ」

「ひぃぃぃ! ど、どろぼっ!?」


 田中さんは叫びに近い声を上げた。

 刑事ドラマの真似して、リアル刑事が来ちゃうとか笑えないぞ。

 最悪な状況を回避すべく、痛みに耐えながら俺は頭をフル回転させた結果。


「ちが、違う、あ、いや、その、俺は、奥村さんの弟ですっ」

「え?」


 田中さんはあっさりとドアを握っていた手を離した。

 次の瞬間、俺は倒れるように後ろへ飛び転んだ。

 全力でドアを引いていた分、勢いがついたまま全身を柵にぶつけ、鈍い音が頭の中で響く。


「くっ……」

「きみ、だ、大丈夫っ!?」


 痛みに耐え震えている俺を見て田中さんは、おろおろとした声を出す。

 最近、こんなことばっかりだな、なんて嘆きそうになるけど、田中さんを見てると、人の良さがにじみ出てていてほっこりしてしまう。

 奥村さんの言う通り、いい人なんだと思った。


絆創膏ばんそうこうしかないんだけど、使わなくて大丈夫?」


 宅配員から弟へと名乗りを変えた、不審者に対して、その上、お茶まで出してくれるこの対応……めちゃくちゃいい人だ!


「いえいえ! 突然、押しかけてしまったので、ほんっと、気になさらないでくださいっ」

「大丈夫なら、良かったよ」


 疲労の影は残っているもの、穏やかな物腰で、奥村さんが言っていた誠実な部分が垣間見えた気がした。

 最近出会った顔だけの粗暴な男とは大違いだ。玖郎はお茶を出すどころか、威圧と冷淡な言葉で俺の心は震え上がっていたことが走馬灯のように脳内を一瞬、駆け抜けた。


「それでしきさん、あ、お姉さんはなんて?」

「あー! そうですね! それがですね……」


 しまった、まったく考えていなかった!

 急ピッチで、なんて話してごまかすかを考えていると、田中さんが諦めたように小さな息をこぼした。


「え?」

「いいんですよ。僕が、調子に乗って、こんな身の丈の合わないブランド買ってて、嫌気がさしたんでしょ?」

「あー、それは、その……」


 合っていると言えば、合っている。

 今の田中さんの変化に嫌気がさしている、というか困っていて、好意があるからこそ玖郎のところに奥村さんは来た。

 でも、理由を話すことが正しいことなのか、わからない。言葉が浮かばない。


「いいんです。会社でも、最近変わったって言われて……自分でもわからないんですけど、きっと調子に、乗ってしまったんだと思うんです」


 田中さんは俯いてしまい、その表情は見えない。

 声色は悲しみ悔やんでいるように細い。


「僕、すごく要領も悪いし、人付き合いも下手。人の倍、時間をかけてやっと完成させる、ダメな人間なんです。好きだからこの仕事に就いたのに、周りに迷惑をかけてて良いのかなって、自信を無くしていた時に、織さんに会って、僕の人生観が変わりました」


 影の中に見える口元は笑っている。

 声色に暗さが増していく。


「織さん、すごいって励ましてくれて、ちょっとずつ自信を持てるようになって、そうしたら、プレゼンで選んでもらえるようになったり、仕事が順調になっていって、それで、先輩に今、良い流れきてるから、宝くじでも買ったらどうだって言われて、冗談のつもりで、話のネタになればっ買ってみたら……100万当たってしまって、臨時ボーナスだと思って、ちょっと良いモノ買おうと思ったんです。そうしたらどんどん楽しくなってきて、お金がなくなって、それで、また、くじ買って、当たって、じゃあ、次、競馬とかどうかなっなんてテキトーに買ったらまた当たって」


 田中さんの手はブルブルと震え出した。

 息継ぎとも言えない荒い息遣いと重なる言葉。


「使えば使うほど大金が手に入る、真面目に働いていたことがバカらしい。でも……気づいたら、周りに人がいなくて……織さんから連絡も来なくなって……買い物を止めれば、でも、いつの間にか買い物をしていて、お金が、どんどん請求額が膨れ上がって」

「あ、あの」


 出会った頃の穏やかさが消えている。

 それだけじゃない。部屋を埋め尽くす空気も、重く苦しいものになっている。

 いや、酸素の薄い山頂みたいに実際、息苦しく感じる。


「僕もわからないんです。どうしてこうなってしまったのか、わからないんです! 別れたい織さんの気持ちもわかる、けど、僕は、僕は織さんのことがっ」


 急に立ち上がった田中さんは興奮している。

 目が合っているのはずなのに、どこか遠く、焦点が合っていない。


「お、落ち着いてください」


 なんとかなだめようと伸ばした腕は、なにも掴めないまま宙を掻く。

 その腕は田村さんに捕らわれてしまい、引っ張られたかと思うとあっという間にテーブルの上に体を打ち付けた。

 一瞬、息が止まる。

 飲みかけのグラスが倒れて、テーブルからこぼれ落ちる水音が響く。


「君がここにいれば、織さん、もう一度、来てくれるかな?」

「ちょ、ちょっ」

「連絡を返してくれるかな?」


 テーブルに押さえつけられた体は腕ひとつ、まったく動くことができない。

 まるで紐で縛りつけられているみたいだ。

 押さえ込まれてると言っても、まったく動けない、なんて、おかしくないか。


「た、田中さん! 離してください! 落ち着いてください‼︎」


 出来る限りの大きな声を出したが、田中さんの反応はない。

 俺の言葉は届いてない。ブツブツと言葉をつぶやき続けている。


「くそっ」


 意地でも動こうともがいていると、低周波で震えているような奇妙な音が聞こえた。

 なんの音か、自由がきく目を動かしてみるが、なにもない。テレビ……もしくはスマホから漏れて聞こえているのだろうか。

 普段だったら気にしない些細なことが気になる。


 息苦しい。

 なんなんだ。

 ぞわぞわと全身を覆いはじめる寒気。

 早く、この場を立ち去りたい。


「こやつ、うまい匂いがする」

「我らのしろにぴったりじゃ」


 突然、耳元で囁かれた言葉、誰だ。

 照明が消えた。

 真っ暗になった。

 それだけじゃない、黒いもやが部屋を埋め尽くしているんだ。


「美味い、美味いぞ」

「ここまでじゅんな気に出会えるとは」


 痛くもないし、触れられているワケではない。

 ただ、声がするだけ。そして、ガリガリとなにかを削られる音が聞こえる。

 その音は段々と遠くになっていく。


「な、んなんだ、よ……」


 言葉も発することができない。

 口が動かない。目の前がぼやけていく。腕に、指もちからが入らない。

 変化していくことに気付きながらも何も出来ず、ただぼんやりと目の前を見ることしかできない。

 その視界さえ、消えそうになった瞬間、落雷のような轟音が響いた気がした。


「お前は昔からなんでも受け入れすぎなんだよっ」


 ずるりと泥の中から抜け出したような感覚がした。


「拒否するなりしねぇと、護符ごふも効かねっつうの」


 頭の上からガンガンと落ちてくる怒声が少しずつ、はっきりと聞こえてくる。ここ最近、聞き慣れた声だ。


「玖郎、そこまでだ」

「あぁ?」

「そもそも、お主がきちんと説明しないのが起因だと思うが?」


 もうひとつ、聞き慣れた声が増えた。


「チッ」

「それよりも目の前のモノノ怪を始末しなくていいのか?」

「わかってる・・・そいつを頼む」

「勿論、妾にまかせるが良い」


 ふわりと柔らかいものに包まれる。

 遠くで、ガラスの割れる音が聞こえたような気がした。



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