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「俺、これ片付けるんで、奥村さん、追いかけてください」

「えぇ」


 慌ただしく出ていたく奥村さんの背を見ながら、おぼんに奥村さんが飲んでいたコーヒーを乗せる。ガタガタと音を立てながら店内に設置されているゴミ箱に突っ込む。スマホをポケットから出しつつ急いで奥村さんの後ろ姿を探す。

 決して人通りが多いわけではないが、大人や家族連れが多い中、子供一人で歩いている姿は目立つ。小さな背中を目指して一直線。なんとか見失うことなく奥村さんに追いついた。


「駅に向かっているのでしょうか?」

「そう、みたいね」


 俺と奥村さんは兄妹きょうだいを装う。横並びで田中さんを静かに追いかける。

 田中さんが向かう先で目立った物と言えば、駅しかない。資料通りなら、書店巡りや美術館や映画館だろう。

 だけど、田中さんの表情は硬い。インドア派の人でも外へ出かけることはあること。不自然ではないはずなのに。


「ヘン、なんですか?」

「わからない。私が気にし過ぎているだけ、だと思いたいの」


 眉を寄せ、不安げな表情を浮かべる奥村さんの言葉尻はとても小さい。

 改札を通り、ホームで電車を待ちながら、奥村さんはパスケースを握りしめていた。

 その不安に押しつぶされそうになっている姿は見ていることしかできなかった。

 だから俺も「考えすぎでしたね」って言えるように、そう願っていた。


 だけど、その願いは虚しくも消えた。


 田中さんが電車を乗り継いで足を運んだのは高級ブランドのショップが多数入る、大きな百貨店だった。

 俺でも耳にしたことがある有名な百貨店で、田舎者が敷居をまたぐには厳しいかも、と一瞬不安がよぎった。けれどそんなことは杞憂で、意外とカジュアルな服装の人が多かった。

 自分の服装でも目立つことがないと分かり、一息をついてすぐ、田村さんを追った。


「田中さん、以前もこういうショッピングでしてたんでしょうか?」

「出かける時はあったけど……ほとんど家にいるインドア派で、ブランド物には興味がない人だったわ」


 家族連れも多く、俺と奥村さんが目立つことはなかったけれど、田中さんが向かった高級フロアでは浮いた存在になっていた。

 田中さんは堂々と、ビシッと堅くスーツを決めた店員さんがいる、見るからに高級なブランドショップへ向かっていた。慣れた様子で店員さんと軽く会話をして、いろんな服やアクセサリーを試着している。

 どれも男物だ。彼女へのプレゼント、という可能性でもないことは明らかだ。


「その、でも。オシャレに目覚めたのかもしれないし……」

「ううん。彼は、田中さんは、高級ブランドの服を買うなら、絵画やアンティークを買うっていう人だったの」


 なんとか前向きな流れになればと思って、投げる言葉はすべてマイナスに動いている。

 奥村さんは、出会った頃の明るい表情は消えて暗く沈んでいる。

 それでも、少しでも、励ましになればと思って、糸のような希望でも、気晴らしになればと、俺なりに言葉を繋げた。


「いや、でも、嗜好なんて変わりますよ!」

「座敷童子。お前は何をしているんだ」


 その場をピシャリと切る、冷え切った声には、この数日、嫌と言うほど身に染みていた。

 ここにいるはずがない、玖郎の声だ。


「あ・・・」

「く、玖郎! これは、そのっ」


 あたふたとする俺を横目に、玖郎の目は奥村さんへとそそがれている。


「何もするな、と言ったはずだが?」

「その、私、心配で……それに彼にバレて、いませんし……」


 相談所とは違って、奥村さんは玖郎の吹雪ふぶく言葉に呑まれ、声は震えている。

 いくら玖郎のことが怖いと思っていても、この状況を黙って見過ごすわけにはいかない。1円玉サイズの小さな勇気を振り絞って、2人のあいだに入る。


「玖郎。女の子にそんなに問い詰めるなよ、奥村さんだって、悪気があったわけじゃないし……」


 奥村さんを庇うように、玖郎との間に体を滑り込ませたものの、頭の上にある見慣れない青紫の瞳は光の加減で揺れる炎が見える。後退りしそうになるのを耐えて、負けじと強い視線を返す。


「お前は悪気がなければ、人を不幸にしてもいいのか?」


 こんな態度をとったのだから、何かしら嫌味を強く言われると思っていた。

 だけど、玖郎の声は平坦で、静かな問いかけだった。


「え?」

「お前が言っていることはそれと同じだ」

「急になに。それに大げさ過ぎるっていうか」


 驚きつつも、あまりの言いように苦笑いしてしまう。

 でも、俺がこの言葉を口にした瞬間。


「笑い事になるか」


 玖郎の声は一気にするどく、冷たい。

 その言葉はまるでナイフのように、俺を突き刺す。


「他人ではない、友人や家族、近しい人間が、自分のおこないで不幸になって、お前は笑って入れるんだな」


 鼻を鳴らし、馬鹿にするような瞳で俺を見る玖郎。

 俺は無性に腹が立った。


「なっ、なんだよっ! 俺はそこまで言ってない」

「そうだろうか? 座敷童子を擁護するならば、そういうことだ」

「だからっ」


 玖郎の言い分がわからないワケじゃない、けれど、言い方が突き放す、そんな言い方に腹が立ったんだ。

 手のひらに力が入る。勢いのまま言い返そうとした瞬間。悲鳴にも似た声が響いた。


「やめてっ! 私が、私が悪かったわ……ごめんなさい」


 奥村さんは消え入りそうな声で謝ったあと、駆け出していなくなってしまった。


「……奥村さん」


 ついさっきまで燃え上がっていた体は、氷水をかけられたように冷え切った。

 俺は、奥村さんを追いかけることはできなかった。


「はっ。あいつも薄々感じているから、俺のところに来たんだ。俺のいう通りにすればいいもの」

「それにしても、言い方ってもんが」

「なんだ」


 玖郎のあの炎が揺らめく瞳とかち合う。


「あ、だから、その、言い方を、優しく言えたり、できるんじゃないかと、思います……」


 数秒前の勢いがなくなり、語尾になるにつれて、声が小さくなってしまったのは、仕方がないと思う。

 玖郎と二人っきりになってしまい、その上、絵画のような御尊顔があるんだから。

 ある意味、それで急激に我を取り戻したというのもある。


「・・・あ、目立つから、早く移動しよう」


 横を通り過ぎた人の話し声にハッとして、玖郎にそう言うと、眉間にシワが寄った。


「ん?」


 何か変なことを言っただろうか?


「お前の脳みそはにわとりなのか」

「はい?」


 いきなり、でこっぱちをズンと指で突かれる。


「いてぇ! 急に、な、なにすんだっ」


 指とはいえ、かなりの衝撃が頭に走った。

 思わず、おでこを両手で隠す。

 その様子を玖郎は再び鼻で笑う。


「今の俺たちには認識阻害がかかっている」

「え、それって俺にも有効なの?」


 言われてみれば、こんなに騒いで目立つ行動をしているにも関わらず、視線を感じない。品のある老夫婦やスーツを決めた店員さんもこちらを全く見ていない。


「まさか。俺がいるからに決まっているだろが」

「な、なるほど」

「その鳥頭が理解ができたところで、アイツを追うぞ」

「あ、え、あ、はい」


 いつの間にか買い物を済ませたのか、田中さんはブランド名の入ったショップバックを店員さんから受け取っていた。


「つーか、玖郎が来れるなら、俺、必要なくない?」

「出来の悪い尾行だと自覚があるみたいだな」

「すみませんね。だから、いらないんじゃないかって言ってんじゃん」


 人混みの中を誰ともぶつからずにスイスイと進んでいく玖郎に合わせて歩くようにしているが、俺は人とぶつかりそうになって、うまくいかない。なんでだ。

 もちろん、玖郎が遅れ気味に進む俺を気遣うことはない。


「俺には、他にもやらないといけない仕事が対象者の近くに、出来が悪くてもいてくれた方が大まかな場所を感知できる。範囲を限定できるか、出来ないかは、労力の差が歴然だ」

「んー? GPSくっつければよくないか?」


 よくわからないが、場所が特定できれば移動が楽だということだろう。

 姿を認識できないようになっているなら、GPSを仕込むのは簡単な気がする。


「お前はアホか。そんなもん、毎回つけててどうする。金がかかるし、アヤカシには効かない。そもそも人間が作ったものなんぞ使いたくもない」


 

 最新技術は使えれば、こんなアナログなことしなくて、コスパがいいのに。

 なぜだか玖郎は俺の提案を聞くなり、イライラしだした。

 たぶん、忙しい上、この技術を使うには金がかかる。口ぶりからすると、もしかしたらお金、経費で落ちないのか、それとももらえないのか。


 玖郎って見た目や言動のわりに、本当、社畜だよな。


「もしかして、つまり、俺は無料ただのGPS変わりってことか?」

「やっと理解できたか? きっちり、労力からだで払ってもらうからな」


 まるで悪役のごとくニヒルな笑みがこれほど合うのは、整った顔だからか分からないが、全身に悪寒が走った。


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