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5・初仕事


 玖郎に観察しろと言われた男は、奥村さんが相談してきた男性だった。


 名前は、田中 和幸かずゆき。デザイン会社に勤務している27歳。写真を見る限り中肉中背で黒髪と、ごく普通の見た目には、勝手に親近感がわいてしまう。

 職場での評価は、新人と中堅の間の社内では板挟みになること多い、微妙な立ち位置に属しており、立ち回りが上手いとは言えないけれど、真面目でコツコツ仕事をするため、重宝されている。ほか人柄として、服装も派手な印象もなく、休日の過ごし方も慎ましい。

 職業病のようなところもあると思われるが、映画を観たり、本屋さんに行くか、それとも家で勉強しているか……基本的にはインドアに過ごしていることが多い。

 この最低限の情報は、どうやって調べたかわからないけれど、玖郎から渡されていた資料にまとめられていた。


「とりあえず住んでるアパートまで来たものの。完全不審者じゃん、俺」


 資料にはご丁寧に住んでいる住所まで書かれていた。つまり、行けってことですよね。とさっした俺は、朝から電車に揺られて張り込みをしている。

 でも、こういうのって、姿を認識できないようにしている玖郎が最適のような気がする。なんて考えてしまうのは仕方がないと思う。かと行って、あの場所を一人でお留守番しろと言われてもなかなかにハードルが高い。

 消去法で考えれば、ある意味、当然のお仕事内容かもしれない。


「まぁまぁ。資料を見た限り、部屋から出ない可能性もあるしな」


 頭の中がごちゃごちゃしている時に、言葉を発すると、不思議とスッキリする。

 田んぼばかりの田舎と違って、歩けば人にぶつかる都会。ダラダラと独り言や所(かま)わず動物に話しかけていた癖を日々抑えていた。

 でも、俺の脳内はキャパオーバー、朝も早いし、人もいないしと気を張ることもなく肩の力も抜けている。

 つまり、久々の解放感。気持ちがいい。

 それに”張り込み”という、画面越しの刑事ドラマで観ていたことをいままさに自分がやっている、というのは気分が上がるものである。地元だったら鼻歌どころか、声を出して歌っていたかもしれない。


「なんの可能性があるの?」

「それはですねー・・・え?」


 頭の中でBGMが流れる中、胸下から聞こえた女の子の声。

 ギギッとひと昔の前のロボットのように鈍い動きで、声の元を見る。

 そこには、丸い瞳をした小学生。たぶん高学年ぐらいの愛らしい女の子が、きょとんと俺を見ていた。


「え、いや、あ、えっと……」


 人がいないと思ってとっていた行動を人に発見されると脳内処理が追いつかない。

 しかも、今は張り込みをしている。

 言いたいことが、いや、この場を切り抜ける言葉がまとまらない。


「あ、あぁ。キミってまだ狭間はざまにいるんだっけ」


 言葉が途切れ途切れになる俺を見た女の子は、何かを思い出したかと思うと、ひとり納得するように頷いた。

 どこに納得要素があったのか、俺にはさっぱりわからなかった。とりあえず耳に残った言葉を繰り返す。


「はざ、はざま?」

「うんうん、動揺してる。いやー、久しぶりに人の驚いた顔をみたなー」


 女の子は、声をこぼしながら明るく笑った。


「ではあらためまして。私、奥村 識よ」

「は、はい?」

「”座敷童子”って呼ばれてた女って言ったら分かるかしら?」


 背筋をピンと伸ばした女の子は、それはそれは楽しそうに唇でキレイな曲線を描いた。


「え、えぇぇ!?」


 俺は隠れていることを忘れるぐらい、大きな声を上げてしまった。



「落ち着いた?」

「えぇ、まぁ」


 あの後すぐ、慌てて自分の口を塞いだけれど飛び出した声が戻るわけもなく、周囲の視線が気になった俺は一区画をぐるりと回った。

 朝の時間だったこともあり、営業しているお店も少なく、人もまばらだったことが救いだ。ほんの数分、離れれば気まずかった空気は消えていた。観察対象の田中さんも、外に出る可能性が低い時間だったこともあるけれど、歩くことを提案してきたのは少女になった奥村さんだった。

 今、俺たちが座っているファーストフードの場所も、奥村さんから「張り込むならココがいいわよ」と教えてもらった。


「えっと、その姿は……」


 朝食もそこそこに家を出た俺は空腹を感じはじめていた。

 お店に入って一気に食欲がわいた俺はハンバーガーセットを、奥村さんはコーヒーを、窓際にある2階のカウンター席に並んで座りながら、張り込みを再開することになった。

 いまのところ、動きはない。

 視界が外れるスマホを操作するわけにもいかず、そうなると会話をするという選択肢しかない。当たり障りのない質問をすればいいのかもしれないけれど、やはり気になるのは見た目、そのものだ。

 大人の女性から、少女の姿へ。

 触れていいことなのか迷いながら出した言葉は、ふわふわとした曖昧な言葉になってしまった。

 奥村さんはそれでも嫌な顔ひとつせず、笑って説明してくれた。


「ほら、私って元が座敷童子でしょ? 見た目に変化をつけるのは得意なの」

「そうなんですね。どっちが得意なんですか?」


 明るく語る姿に俺の肩の力が抜けていく。動きの悪かった唇も滑らかになりはじめる。


「どっちかー。うーん、得意と言うなら、少女こっちの姿だけれど、この世で生活するには、大人あっちの方が適しているのよね」


 確かに、昼間から少女がフラフラとしていたら、補導対象だし、大人の方が手堅く会社で働くことができて良いのかもしれない。


「なるほど」


 頷きながら納得していると、奥村さんは不思議そうに呟いた。


「キミって、本当にまっさらなのね。死神さんは教えてくれないの?」

「あはは……」


 なんて答えていいのか、わかならないので笑ってごまかした。


「狭間なんて中途半端だし、こっちの世界に片足突っ込んでいるんだから、いる意味わかんないけどなー」

「あのー。これ聞いていいのか分かんないんですけど、その”狭間”ってなんです?」


 昨日の相談中にも、奥村さんは”狭間”と口にしていたから気になっていたが、あの雰囲気の中で聞く勇気は出なかった。


「えっ!? それも教えてもらってないの?」


 丸い目はさらに丸く、口をあんぐりと開けている奥村さん。

 それほど非常識っていうか、そもそも教わってないのがおかしいってことなのか。


「えぇ、まぁ。その、たぶん、俺が臨時のバイトだからじゃないですからね?」

「そういうもんなのかしら……まぁ、確かに死神の仕事って、ブラックでなりたがる人いないって聞いてはいたけど」

「でも、玖郎は用がなくなれば、簡単に記憶を消せるって言ってたし、臨時の扱いってこうなんじゃないですかね」


 頬に指先をつけて傾ける奥村さんを横目に、俺は玖郎のしかめっ面が頭に浮かんできて苦笑いしてしまった。


「簡単に記憶を消せるんだ」

「はい、言ってましたよ。死神の特殊能力なんですかね」


 奥村さんは目をパチリと瞬かせた。

 俺からすれば、奥村さんの座敷童子と玖郎の死神は同じアヤカシだと思っていて、お互いの能力とかなんでも知っているように考えていたけれど、違うのかもしれない。


「そうなのかもね。あ、でね。狭間の説明なんだけど、簡単にいうと、キミのいるヒトのいる世界、この世、うつなんて言うけれど、そして、私のようなアヤカシのいる隠り世。その間を、狭間と言うの」

「なるほど?」

「なんと言うか、使うのはアヤカシ側ではなく、ヒトに対してよく使われるわ。アヤカシと関わりがないけれど、隠り世を不思議と認識しているヒトのこと、例えば、キミみたいにね」


 奥村さんの説明を聞いても、ピンと来ることがなかった。

 玖郎に合うまで、あやかしなんて自覚したことはなかったし、変なモノを見たような記憶もないんだけど。霊感がある、なんてことも勿論ない。

 でも、ばあちゃんに”あの言葉”を言われていたあの頃は、もしかしたら不思議な出来事が多かったのかもしれない。

 現在いまの俺には遠い記憶すぎて、おぼろげにしか覚えていないこと。


「でもヒトがいるには気が安定しないから早い段階でどちらかに寄せるって聞いたような気がするけど……私は現し世との関わり深いアヤカシってこともあって、詳しくは分からないの。ごめんね」

「いえいえ! 俺のことがそもそもイレギュラーって感じなので、気にしないでください」


 奥村さんが申し訳なさそうな顔をするので、俺は慌てて訂正する。

 そもそも、玖郎が教えてくれないのが問題なわけだし。


「……キミはイイ子ね」


 ふっと微笑んだ奥村さんからこぼれた言葉はお世辞とかじゃない。純粋なキモチが包まれているように聞こえて、胸があたたかくなった。


「マジっすか!」


 大きな声が出た。

 すぐに周囲からの視線を感じて、声の音量を下げる。

 でも一度、高まった気持ちは収まらない。


「すみません。嬉して、つい、すみません。でも、俺、この春に田舎から上京したばっかりで、知り合いもいなくて、新生活とか学校とかめちゃくちゃ大変で、それで、それで、褒めてもらえるの久しぶりで、ほんと、嬉しいっす」


 言葉に出して気づく、俺は、いろんな環境の変化に疲れていたけれど、どこどなくそれを見せたくなかったんだ。道端で出会う足元に近寄ってきたかと思うと、触ろうとすると逃げる、野良猫みたいだったんだ。


「あっ。言葉遣いっ」

「あはは、気にしないで。ホントにキミは珍しいくらい、イイ子よ」


 今は少女の見た目をしている奥村さん、だけど、年上らしい柔らかな笑みを浮かべていた。

 そのことが、自分をさらけ出してしまった気恥ずかしさもあって、顔に熱が上がっていく。


「あり、ありがとうございます」

「田中さんっ」


 お礼を言い終わる前に、ガタッと椅子が動く音と共に奥村さんの声が続いた。

 奥村さんの視線を追うように目を動かすと、田中さんがアパートの前を歩いているところだった。


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