第9話 乱闘
馬車がナーパ王国の首都オモロへと入るための門に近づいていく。
窓から外の様子を盗み見ていた俺は、そろそろ門へと辿り着こうかというタイミングで、未だ相談を続けるアーシェ様達3人に向かって小さく咳払いをした。
それに気付いて、難しい顔で問答を繰り返していた3人は、一度話し合うのを中断して俺の顔を見つめる。
「取り敢えず、俺がこの馬車に乗ったままでいるのはアーシェ様達にもご迷惑が掛かりますし…俺は一度馬車を降りてプレイヤー…同郷の者達と情報交換をしたいのですが…」
俺が恐る恐る言葉を並べると、3人は顔を見合わせてアーシェ様が小さく頷いた。
「そうですね。ジャック様も同郷の方々との積もる話も有るのでしょうし、彼等をそのままにしておくと問題が起こる可能性もあります。それに気が付かず、私達だけで話し込んでしまいました。申し訳ございません」
小さく頭を下げるアーシェ様に向かって、俺は慌てて首を振る。
「いやいや! 謝るのはこちらの方です。俺のせいで変に注目を集めてしまって申し訳ないです。それに変な提案までして、3人を困らせるような真似をした事についても謝らせてください。すいませんでした」
俺が頭を下げると、アーシェ様がボソリと呟いた。
「その事なのですが…」
俺が顔を上げると、アーシェ様は何かを決心したような顔で大きく頷いた。
「ジャック様の提案を受けようかと思います。この方達を…ジュリーク領に招きましょう!」
「え!?」
アーシェ様の言葉に、俺は驚きの声をあげてラフールとクロネの顔も交互に見つめる。
二人もアーシェ様と同じような表情で頷く。
「ジャック様と同郷の方々です。他人を差別せず、善良で有ることを信じます。勿論、これだけの人がいればそうでない方もいらっしゃるでしょう。この中の何方かが問題を起こしても、ジャック様に責任を問うような事もいたしません。上手く事が運べばジャック様の案、問題があれば私とラフールの案と言うことで、お父様にはお話しします」
「え? それは…」
それは俺にとってあまりにも都合が良すぎる。上手く行った場合は褒美なんかも期待できるかもしれないし、問題があった場合も俺はおとがめ無し。もしかすると、領主の娘であるアーシェ様は大丈夫だろうが、従者であるラフールには罰が下る可能性だってありそうだ。
俺が眉を吊り上げたままラフールを見ると、ラフールは真剣な表情を崩し、にこやかな笑みを浮かべて頷いた。
「ジャック様はやはりお優しい方でございますね。私への罰を心配されているのでしたら、そこは心配せずとも大丈夫でございます。こう見えて私、主からの信頼は厚いのです。多少のミスごときで大きな罰は受けないでしょう」
「それに、お父様はとても優しい方なのですよ。お父様がこの場にいれば、きっと同じ決断をしたでしょう」
ラフールの言葉の後にアーシェ様がそう付け足して、3人は顔を見合わせて笑い声をあげた。
「ありがとうございます」
俺は3人の優しい言葉に感動して、目を潤ませながら感謝を述べる。
「それで、ジャック様にはお願いしたいことがございます」
頭を下げる俺に向かって、今度はクロネが話し出す。
「私達はこれからそのまま王都へと入り、そこでジュリーク領へ向かう船を用意して参ります。その間にジャック様にはシュミネ家の名代として、ここにいる者達への情報の提供を行ったのち、ジュリーク領へと渡る希望者を募っておいてほしいのです。いえ、希望者だけではございませんね。このままでは、ここにいる亜人は、間違いなく処刑されてしまうでしょう。今この場で、同郷の皆様を救えるのはジャック様だけなのです」
え? ちょっと待って…名代!?
「ジュリーク領では亜人を拒むことは有りませんが、ドラクル家からの侵攻の可能性が有ることは、絶対に伝えておいて下さい。それを了承いただけた方のみ、私が責任を持ってジュリーク領へとご案内いたします」
名代と言う言葉に驚き固まったままの俺をそのままにして、アーシェ様はそう告げた後に、自分の胸元から取った青いバラのブローチを俺の胸元に取り付ける。
「これが、シュミネ家の者であることの証となります。ジャック様の権威が及ばないこの国でも、この国の四大貴族と称されるシュミネ家の者であるとわかれば、多少の便宜も図って貰えるでしょう。私から城門にいる者達には言伝てしておきますが、王都の兵に何か言われた場合にはそれを見せて下さい。シュミネ家が責任を持ってこの問題を預かります。ここにいらっしゃる方々が、いつからここにいるのかは判らないですが、恐らくこれは一刻を争う問題です。この国の亜人を嫌う者達にジャック様の同郷の方々を傷つけられる前に、一気に話を進めてしまいましょう」
「え? ちょ…まっ!」
問題って何!? 傷つけられるって何? そんなに深刻な問題なの?
俺の返事を待たずして、馬車の扉を開いたラフールが俺を外へと促す。
促されるままに馬車の外へと出ると、ラフールが呆然としたままの俺の両手を取って力強く握った。
「ジャック様の同郷の方々を救いたいというそのお気持ちに、私達は強く心を打たれました。後の事は心配せず。どうか皆をまとめておいて下さい。すぐに船を用意して参ります! では!」
ラフールのその言葉を後にして、アーシェ様ご一行は、俺とダークエルフをその場に残して城門の中へと馬車を駆る。
力強く手綱を握ったラフールに呼応して、四頭の白馬は勇ましく嘶き、城門に突っ込んでいった。
土煙を上げながら街の中に消えていく馬車を見つめたままの俺を見て、ダークエルフは大きな舌打ちをして呟いた。
「あれは、シュミネ家の証を貰うための演技なの? それとも本気でここにいる者達を救うつもり? コイツらはどう見てもドラクル大公国の者ではないわ。あんなに人が良さそうな人達に、良くもあんな大嘘をペラペラと並べられたものね」
ダークエルフはイラつきを隠さずに怒気をはらんだ声でそう告げると、冷ややかな視線を俺へと向ける。
「大嘘? 本気でここにいる人達を助けたいんだ。それは事実だぞ?」
俺の言葉に、ダークエルフは訝しげな表情を向けて溜息を吐いた。
「それで? もしその言葉が本気だと言うのなら、一体どうやってここにいる者達を纏めるの?」
ダークエルフの言葉を受けて、俺は腕を組んで唸りながら大きな溜息を吐く。
正に問題はそこなのだ、何百人もいるプレイヤー達を、俺が纏め上げる? どうやって? その方法がいまいちピンと来ないでいる。
しかしそうか、ここにいる皆は俺の姿を見て、イベントの始まりを期待しているのだから、この状況を利用する手立てを考えるか?
そこまで思案して、俺は少しの違和感を覚えた。
先程まで俺の姿を見て、イベントの開始を期待して静まり返っていた城門の周りに、再び喧騒が戻っている。周囲を見回せば、馬車から降りた俺を見ている者も一人もいない。
状況を確認しようと周囲を確認している俺に向かって、ダークエルフが呟いた。
「動くのが遅かったわね。既に騒ぎ始めているバカがいるようよ」
ダークエルフが顎で示した方向に目を向ける。
ダークエルフが示した場所では、体長3メートルはあろうかというゴリラ風の男に向かって、やたらと金ぴかの鎧を着込んだ眩しい男が叫んでいた。
もしかするとこの状況を利用できるかもしれない。そう考えた俺は、喧騒の中心に近づいて、その様子を見守ってみる事にした。
「まさか断るわけではあるまい! 今ここで我が作るクランに入る意思を示せば、我とお互いに助け合えるのだぞ! 今後、我のようなキャラリンクシステムによって一歩先を行くプレイヤーが、そなたのような初心者に声をかける事などないかもしれぬのだぞ?」
金ぴかの男は、そう叫びながら自らの金色の盾を天へと向かって高々とかかげた。鎧にも盾にも太陽の灯りが反射してまぶしい。やめろ馬鹿。
「なに!? あの金ぴかの馬鹿みたいなやつはキャラリンクシステムに当たったのか?」
「あの下品な見た目で!?」
「いやでも…あの格好で当たってもなぁ…」
金ぴかの男の掲げた金ぴかの盾を見て、周りを取り囲んでいたプレイヤー達がより一層騒ぎ出す。
それを聞いて金ぴかの男はニヤリと笑った。
おい、良いのか。だれも誉めてはいないんだぞ。ちゃんと聞いていたのか? お前はバカとか下品とか言われているんだぞ。
「我が作るクランの配下となれば、我がクランが力をつけた暁には、そなたを我がクランの幹部に取り立ててやろう! キャラリンクシステムに当たった公式チーターのクランだぞ! 一緒に攻略組のトップを走りたくはないか? どうだっ!?」
金ぴかの男がそう叫ぶと同時に、それを周りで見ていたギャラリーの声はさらに大きくなる。
「公式チーターのクランか…確かにそれは何とも心強い」
「そ、それって俺達一般プレイヤーにとってはかなり良い条件なのではないか?」
「あの金ぴかにつけば…」
へー。公式チーターとかあるんだ。クランとかは何となくわかる。チームみたいな集団を指すのだろうけど、キャラリンクシステムってなんだろう?
とにかくあいつは大声でそれを宣言する事で、いきなり沢山のクランメンバーを募るつもりなのだろうか。あいつ、馬鹿に見えて結構やるじゃないか。
「彼もなかなかやるね。今の話を聞いて、ここにいる殆どの者が彼に惹きつけられているのがわかるよ」
俺が思案に耽っていると、いつの間にか俺の隣に立っていた金髪碧眼の優男風の男が、微笑みを浮かべて静かに呟いた。
俺に比べるとまだまだだが、結構綺麗な顔立ちをしている。静かに微笑むその姿は神々しくもある。いや、俺と比べると本当まだまだだけど。こいつもキャラクリに成功したのかな。
優男の周りには誰もいないので、今のは独り言かな? 結構大きめの声だったけど…こいつ痛い奴なのかな。大きめの独り言ってちょっと怖いよね。あっちに行ってくれないかな…。
俺が怯えた目で優男を見ていると、優男はこちらに気付いて小さく頷く。
「これは失礼いたしました。僕の名前はエリシオス。エリシオス・アフロデュー。アフロデュー家の次男です」
そう言いながら優男エリシオスは、優雅に頭を下げて、その真っ白で綺麗な右手を俺に差し出した。
「お、俺はジャックだ。こちらこそよろしく。」
俺はそう言ってエリシオスの手を握り返す。
うわ。思わずよろしくしちゃった! 嫌だよ! 怖いよ。
「へえ。僕の家名を聞いても驚かないんだ? ってことは、君は僕よりも位の高い家柄。若しくは同等の家柄の貴族なのかな?」
エリシオスは何かを探るように目を細めて微笑みながら、俺の表情を窺う。
貴族? ってことはこいつは、この世界の住人。つまりNPCなのか。こんなところで何してるんだろう。
マジであっちに行ってくれないかな。こいつ超面倒臭そう。
「いいえ。失礼しました。学がなく、貴方が貴族様で有ることに気がつきませんでした」
俺は肩を上げて小さなため息をつくとそれに応えた。粗相があると何かされるって言うし、本当に貴族って面倒臭い。
「いや…こちらこそ失礼した。貴族がこんな場所にいるんだ。バレると不味いよね。お互いに。君が家名を出さない以上、余計な詮索はしないよ。君に嫌われたくはないからね」
エリシオスは微笑みを絶やさずに言葉を続ける。
「所で君は…彼の言っている言葉の意味がわかるかい?」
エリシオスは思案するように顎に手を当てながら、探るように俺の表情を見つめた。
金ぴかの言っていること? キャラリンクシステムとか言うやつのことかな?
エリシオスの問いかけに、俺は首を振ることで答えを返す。
「やはりそうか…。NPCには僕たちの世界の言葉、ゲーム用語が通じない…。であれば…彼は不味いことをしている可能性があるのではないか?」
エリシオスは顎を押さえてブツブツと小さな声で呟いた後、体を震わせ、先程の金ぴかの男を見つめて驚いたような表情のまま固まってしまった。
俺もつられてエリシオスの視線の先を辿ると、金ぴかの周りに結構な数の男達が群がっているのがわかった。
「いきなり殴りかかるとは! そなたらはなんなのだ!?」
金ぴかは動揺を隠さずに声を張り上げる。
「ははは! 俺たちはこの国の善良なる国民だ。貴様のように亜人を配下におさめようとする非国民の悪魔が大嫌いなんだ! よって…貴様を葬ってくれる!」
先頭にいた男は叫びながら剣を抜くと、有無を言わさず金ぴかを斬りつける。
「どわぁっ!!」
金ぴかはその斬撃をかろうじて避けると、そのまま後ろに転がって距離をとって立ち上がり、刀身まで金ぴかに光った剣を抜いた。
「おのれ! 何か勘違いをしてはいないか!? 我が悪魔とはどういう事だっ! 我はクランメンバーの勧誘を行っていただけだ! 今なら許すっ! ここは引けっ!」
「何を言っている…亜人は神の教えでは、モンスターでありながら人の形を為す卑しい種族だ! 神の教えを無視して亜人を優遇しようなど、悪魔の所業ではないか! こっちは亜人のせいで王都に入れずにムシャクシャしてんだ! そのゴリラ諸共貴様をぶっ殺して憂さ晴らししてやる!」
不味いな…もしかしてあの金ぴか結構やばいんじゃないのか? っていうか、NPCは亜人と関係を持とうとしただけでその相手を嫌うのか。神の教えとか言ってたけど、宗教が絡むと余計に面倒な事になりそうだ。しかも殺そうとまでするなんて超物騒じゃん。
アーシェ様にこの場を任されたのに、このままではこの場所から騒乱が広がってしまう。ここから飛び火して周りで同じようにNPCが蜂起したら、それこそ目が当てられない。
様子を見てプレイヤーを纏め上げる方法を模索するつもりだったが、どうやら考えるのに時間をかけてしまったそのせいで、動くのが遅くなりすぎた。
慌てた俺は、剣を抜いたNPCに近づこうと喧騒の中心へと飛び込む。
「ちょっと待ってくれ! ここで争っても仕方がない! 取り敢えずは皆落ち着こうじゃないか! この胸のブローチを見てくれ! これは俺が…」
そう叫びながら剣を抜いた男の肩に手を置くと、その手は思い切り払いのけられ、更に左の頬を殴りつけられて、よろめいた俺は体勢を崩して尻もちをついてしまう。
「うるせえ! 殺されたくなければ、亜人でもねぇ部外者は黙ってろ!そのブローチが何だって言うんだ! 頭沸いてんのかクソ野郎!」
NPCの男は、痛みに頬を押さえ唖然とする俺に向かって暴言を吐いた後、すぐに金ぴかに向き直った。
倒れた俺を見て、周囲にいた他のNPC達が「そうだそうだ!」と声をあげる。
不味い…全てが遅すぎた。アーシェ様から預かった名代としての証も、一市民相手には効果を発揮しないようだ。このままでは本当に騒乱が広がってしまう。こうなっては仕方がない。この手はあまり使いたくなかったが、武力介入をしてでも、直ぐにこの場を落ち着けた方が良いのかもしれない。
名代としてこの場を任されてしまった責任もある。遺恨を残さない為、殺さず、出来るだけ傷つけずに…。
左頬に走る痛みを堪えながら思案を巡らせる俺の肩に、誰かが手を置いた。
「ジャック! 大丈夫かい!?」
その手の主は、先ほど大きな独り言で俺を困惑させた男だった。確か名前を、エリシオス。そういえばこの男は貴族を名乗っていたはずだ。
「なあ、エリシオスだったか? お前の貴族の力を使ってこの場を収める事は出来ないのか?」
俺がおでこを伝う冷や汗を拭いながら尋ねると、エリシオスは困った顔で首を横に振る。
「ぼ、僕にそんな力はない。それに、一市民に僕の身分を証明出来るものが何も無いんだ」
そうか…それならば仕方ない。ここは俺が行って助けるべきだ。
意を決して頷くと、エリシオスは何かを感じ取ったのか、俺の手首を掴み強く握った。
「ジャック? 何を考えているんだい? ここは兵士の助けを待つべきだ」
「間に合うかな? いや、その前に亜人が溢れるこの場所に、しかも亜人を助けるために態々兵士が出張って来るのか? ここで人死にが出たら後味が悪いぜ? 俺、あの金ぴかの事も結構嫌いじゃないし助けてやりたいんだ。お前もどうだ? 人数が増えればあるいは、この場を収めることだって出来るかもしれない。何より、このまま騒乱が広がってしまうのは不味いだろ?」
俺は震える拳を抑えてニヤリと笑い、エリシオスに視線を向ける。
「なんで僕が…」
エリシオスの言葉を否定と捉えた俺は、仕方ないかと視線を落として頷いた。それを受けて、エリシオスは何かを決意したように大きく肩を落としながら溜息を吐いた。
「はあ…相手は25人。僕は多少魔法が使えるから、ここから見て一番奥に居る男五人の眼の前で小さな爆発を起こす。まだ力がないから殺傷能力は皆無だけれど、それでも大きな音で注意を引きつける事くらいは出来るはずだ。それを合図に、ジャックは目の前の敵から抑えてくれ」
エリシオスは顎に手を置いて早口でそう捲し立てた後、青ざめたまま不安な表情を俺に向ける。
「僕は、まだ死にたくないよ」
「誰も死なないさ。遺恨を残したくない。敵も殺すなよ?」
俺のその言葉の後、エリシオスは大きく頷いて、自らの作戦通り、こちらから奥にいるNPCの男達の眼前で小さな爆発を起こす。
ドバン!
「ぐわああああああああ!!」
男達の悲鳴が重なり、その爆発で5人の男のうち3人が、爆発によって目を潰されてのたうちまわり、他の男達もそちらへと注意を向ける。
俺は爆発音に注意を引かれた一番手前の男に向かって跳びあがり、その後頭部に向かって思い切り拳を打ちこんだ。
「でぇぇえりゃぁぁぁああ!!」
ゴン!
と鈍い音がなったかと思うと、後頭部を殴られた男が振り返り、ギョロリと此方を睨みつける。
あっれー? おかしいな。俺の考えならもっとズバンと、こう、錐もみしながら吹っ飛んだりすると思ったんだけど…。
「っ痛ぇな! この野郎!」
後頭部を殴られた男は怒りの声をあげて、手に持っていた刀を俺に向かって降り下ろそうと上段に構える。
危ないと思ったその瞬間、その男の側頭部に鉄の塊が打ち付けられ、男はそのまま吹っ飛んでいく。
「ぃ良くやったぁぁぁあ!!」
吹っ飛んだ男の立っていた場所のその後ろで、大きな槌を持った大男が雄たけびを上げた。
「おぬしの心意気に惚れたっ! 吾輩も加勢する!」
槌を持った大男はさらに他のNPCに向かって槌を振るい始め、あっという間に5人のNPCを沈めた。
「こここ、殺すなよっ!」
大槌で殴られて吹っ飛ぶ男たちを見て、不安になった俺は思わず絶叫する。
「ぎゃあああああああ!」
更に後方で悲鳴が上がったのに気付いて振り返ると、燃えるように真っ赤な髪をツインテールにまとめた釣り目がちの女が、その手に持った自らの体よりも大きな鎌で、NPCの男達を次々と斬り伏せていた。
「ここは任せなさい!」
俺と目があった彼女はそう叫びながら、その大鎌をマーチングバンドのバトンでも振り回す様にクルクルと回転させながら男達をなぎ倒す。
「頼むからそいつらを殺さないでくれぇぇぇぇっ!」
両手をあげて絶叫する俺に、赤髪ツインテールは怪訝な表情を向けた。
「分かったわよ…」
その言葉を聞いて、少しだけ胸を撫で下ろす。
しかし、よくもまああんなに器用に大鎌を振り回せるな。きっと、おっぱいがちっさいからかな。
俺が得心して頷くと、シュンッ! と風を切る音が鳴って、俺のもみあげの一部がハラリと落ちる。赤髪の女を見て冷や汗を流すと、またも後方で奇妙な声が聞こえた。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!」
その声の主である男達の方へ目を向けると、男達はバチバチと音を発しながら大きく痙攣して倒れていた。
「こいつらは私が抑える…」
少し表情の薄い金髪の女が、両方の手の上でバチバチと電気を発しながらそう呟いた。
「かぁんでゃんしゃああああっ!!」
その光景を見て、男たちが感電死するのではないかと思った俺は言葉にならない絶叫をあげる。
「分かってる。安心して。殺しはしない。」
金髪の女の言葉で、俺は再び安堵する。全く持って心臓に悪い。名代としてプレイヤーの纏め役なんて、そんなものを安請け合いするべきではなかった。
「はあ…」
しかしそれよりも、この子はおっぱいが大きいから武器は振り回せないのかな。頷くと同時、シュンッ! と音がなり、今度は先程と違う側のもみあげの一部がハラリと落ちた。視線を向けたわけではないが、後方から物凄い殺気を感じる。
あの赤い女は人の心でも読めるのだろうか…。
「何となくっ! ふざけた事を考えているのがっ! わかるのよっ!」
赤毛の女は大鎌を振るいながら叫んだ。
「安心してくれ…峰打ちだ。暫く眠るがよい。我は無闇な争い事は好きではなかったのだ。そのまま引いてくれれば良かったものを…」
その呟きに視線を向けると、金ぴかがその金ぴかの剣を鞘に納める所だった。
カチンっ! と音が鳴ると同時、その周りにいた先程金ぴかに斬りかかっていたNPCを含めた7人の男達が、一斉に倒れ落ちた。
ええー…てめぇ金ぴかこの野郎。お前強いのかよ。俺の加勢は何の意味もないではないか。ただ後頭部に拳骨かましてちょっと痛めつけて、一人の注意を引いただけじゃん。しかもなんか敵の生死を心配して泣き叫んでたし。恥ずかしい事この上ないな。
俺が唖然としながら辺りを見回すと、金ぴかに喧嘩を売っていたNPCの男達は、突然の乱入者達にあっという間に組伏せられていた。
と、金ぴかにもう一度視線を向けると、その後方で、先程金ぴかに勧誘されていたゴリラに斬りかかろうとする男の姿が見えた。
「危ない!」
俺が叫びながら走りだすと、俺の声でゴリラの危険に気がついた金ぴかが、ゴリラを庇ってその背中を斬りつけられる。
金ぴかが倒れるのと同時に、エリシオスがそのNPCの眼前で爆発を起こして目を潰すと、俺は走った勢いそのままに、そいつの鳩尾に向かって全体重を乗せたパンチを叩きこむ。
今度は当たり所が良かったのか、そのNPCは後方に吹っ飛んでいき、そのまま意識を失った。
「そんな! ワタスのせいで!」
ゴリラは自らを庇い大量の血を流す金ぴかを抱きかかえて、涙を流しながら嗚咽を漏らす。
金ぴかは苦し気に呼吸をしながら、少し虚ろな表情を浮かべて、無理矢理に笑顔を作ってゴリラの頬へと手を伸ばす。
「なに、クランメンバーを守るのは…リーダーとして当然のこと。そなたが気に病む必要はないのだぞ」
金ぴかは血を吐き出しながら、ゴリラの頬を伝う涙を拭った。
せっかくNPCの暴漢を全て倒したというのに、金ぴかが死んでしまっては全く意味がない。
周りにいてその光景を見守っていた他のプレイヤー達も、皆黙りこくって辺りは静まり返っていた。
「私に見せて下さい。うん。これくらいなら治せると思います」
そこへ、頭から爪先まで修道女の様な服を着た銀髪の少女が駆け寄ってきて、金ぴかの背中に手を当てる。次の瞬間その手がピカッと光り、金ぴかの傷があっという間に塞がった。
銀髪の少女の手の光を反射した金ぴかの鎧の光を、直接見ていたのだろうか、槌を持った大男が「目が、目がぁああああああ!」と叫んでいた。
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