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第8話 プレイヤーズ

 それからしばらく、クロネのおっぱいを盗み見るのも忘れて物思いに耽っているときだった。不意にアーシェ様の声が馬車内に響く。


「あっ! ジャック様! 見てください。飛行船が飛んでいますよ!」


 アーシェ様の声で我にかえると、アーシェ様はこちらに満面の笑みを向けて窓の外を指差していた。


 あんな話をした後だと言うのに、俺に気を遣って明るく振る舞おうとしてくれる。


 本当に健気で可愛い。キャラクリをやり直したらアーシェ様との関係もリセットか…寂しいな。


 いや、かといってキャラクリをやり直さないなんて選択はないけど。


 このジャックというキャラクターが本当にドラクル家の人間であった場合。バックグラウンド、つまり生い立ちが壮絶すぎて全てが自由のこのゲームで上手くロールプレイする自信がない。


「な、何ですか…? 私の顔ではなく空を見てほしいのですが…」


「ああ、すいません」


 アーシェ様の顔を見ていると、アーシェ様が頬を膨らませて拗ねた様子を見せたので、俺は慌てて窓から空を覗く。


「なななっ! なんだあれはっ!」

 空を見た俺は、その光景を見て大声をあげて驚きながら窓にへばりついた。


 空には沢山の大きな船が浮いていた。


 宇宙船みたいに鉄で出来た飛行機やUFOの様な円盤形ではない。

 現実の世界の同じ名前の飛行船のように、上部に大きな気球が付いているわけでもない。


 海の上に帆を広げて航海するような、大航海時代に冒険家や海賊達が乗っていた木でできた巨大な帆船が空に浮いていたのだ。


 確かガレオン船と言うのだったか、それらが海を渡るのと同じように、大空に帆を広げ風を受けて空を渡っている。


 まさにファンタジー。そうだよ! 俺が欲しかったのはこういうのだよ!


「信じられない! 船が浮いてる! カッコいい! 一体どうなっているんだ!? すげえ!」


「うふふ。ジャック様は飛行船を見るのは初めてなのですね。まるで子供のようで可愛いらしいです。あれは船の底に沢山の浮遊石を入れているから空を飛べるのですよ。」


 感動にうち震えて顎を開きっぱなしの俺を見て、アーシェ様とクロネは可笑しそうに笑い声を溢した。

 笑われた事で恥ずかしくなった俺は、ふと我にかえって席に座り直し居住まいを正す。


「なるほど。浮遊石を…ね」


 もちろん浮遊石とかいう物のことなど何も知らないが、これ以上はしゃいで田舎者の様に思われるのは恥ずかしいので、今さら感はあるがクールに頷く。


 どうせ浮遊石なんて、字そのままで、浮遊する石って意味なんだろうし。

 成る程、それで飛んでいる訳ね。


「あら、もう少し見ていても良いのですよ。男の子は皆飛行船が好きですもの。私だって好きですし、憧れるのもわかります」

 アーシェ様は頬を赤くした俺をからかうように笑った。


「飛行船が沢山飛んでいるということは、そろそろ王都が近くなってきたということでしょう」

 その隣で同じようにクスリと笑ったクロネの言葉に頷く。


 二人にからかわれて赤くなった顔を隠すように視線を下に向けると、馬車がゆっくりと停車して、しばらくすると御者席の窓が開いてラフールが馬車の中を覗きこんだ。


「お嬢様。王都が見えて参りました。しかし…」

 ラフールはそこまで言うと、何だか気まずそうに表情を曇らせる。


「どうしたのですか?」


「はい。実は…王都の城門の周りに、これまで見たこともない数の人だかりが出来ているのです。この中には亜人も多く、すれ違った商人達の話によると、何やら騒ぎになっているようなのです」


「まあ、王都に亜人の集団が?」


 アーシェ様とラフールは、互いに顔を見合わせて難しそうにうなり始めた。


 なぜ唸っているのだろうか…。


 ああ、そういえばこの国には亜人を嫌う風習があって、それを嫌がって亜人は殆どいないと言っていたっけ。


「ドラクルとナーパとの戦で溢れた難民…?」


「それはないでしょう。いくら難民とは言っても、この国に近付こうと思う者はいないはずです」

 俺が漏らした呟きに、クロネが即答する。


 それもそうか…捕まって拷問を受けたり、問答無用で殺されるのが普通と言っていたもんな。わざわざそんな国に近づくわけはないか…。


「それに、どうやら亜人達は皆が武装していて、王都に入れずに一部の者がいきり立っているようなのです」


「え? 王都に入ろうとしているのですか? まさかこの国の事を何も知らないとでも?」


「わかりません。今からジュリーク領に戻るわけにもいきませんし、これはどうしたものか…」

 ラフールはそこまで言って、サスペンダーをパッチン。パッチン。と音をたてて指で弾きながら天を仰ぐ。


「ここで考えていても仕方がありません。先ずは王都に入って何が起きているのか確かめてみましょう。ジャック様もそれでよろしいでしょうか?」


 アーシェ様の言葉に俺を含めた全員が頷くと、ラフールはゆっくりと馬車を進めて城門へと向かう。


 アーシェ様のご厚意で乗せてもらっている俺が駄目だと言う道理もないだろう。


 しかし、武装していきり立っている者たちの間を縫って行くのだ。少しは警戒もした方が良いのだろうか。


 集まった連中のことが何となく気になった俺は、馬車の窓を開けて人々の声に耳を傾けてみた。


「ああー…どうなってんだよ。プレイ開始早々街に入れないとかどんな設定だよ」


「人間のプレイヤーが商人達から集めた情報によると、どうやらこの国には亜人を嫌う風習があるみたいだぞ」


「だから亜人の俺達は入門拒否をされているのか!? 畜生っ! そんな状況でこの先どうしろっていうんだよ」


「亜人には人間とは違う特性があるらしいからな…。その代償にプレイ開始の状況に差が出ているのかもしれん」


「ああー。人間でプレイ開始するんだったー…」


 おおう…。こいつら皆俺と同じプレイヤーだったのか。そうだとわかれば皆がこの国の事を知らなかったのも頷けるな。


 馬車から顔を出して周りを見渡せば、城門の周りにはパッと見で数百人程の人々が立ち尽くしているのがわかる。学校の体育館や運動場等で行われる全体集会で見るような数の人だかりだ。


 相変わらず不親切なゲームだな。亜人は別の場所からスタートさせてやりゃあ良かったのに。


 ん?


 ふと気付いてずっと先の城門に向けていた視線を馬車の周りに戻せば、馬車から顔を出した俺を見たプレイヤー達が、皆一様に俺を見て固まっているのがわかった。


「な、なんだよ…」


 俺の呟きは風に乗って溶けていき、誰の耳に届くこともなく、馬車が通った道から静けさが広がって行く。


「見ろ! あの銀髪の男! い、イベントが始まるに違いないゾッ!」

 静かになったプレイヤーの中の一人が俺を指差してそう叫んだのを切っ掛けにして、ガヤガヤと騒がしかった城門の周りには静寂が訪れ、その場の皆が俺へと視線を向ける。


 あいつ何勝手な事を言ってんだよ。何がイベントだ。ぶっ飛ばすぞ。


 叫び声をあげた革製の鎧を着込んだ青いバンダナのイケメンを軽く睨み付けると、俺は慌てて馬車の中へと顔を引っ込めてピシャリと窓を閉めた。


 全員に注目されていたし、遅かったかもしれない。


 こんな豪華な馬車に乗っているのだしな、膠着した状況にこのような豪華な馬車が通るのだ、ゲーム的に何かのイベントが始まるのかと俺でも思うだろう。


 何か勘違いが進んでいたらどうしようか…。


「どうされたのですか?」


 額をつたう冷や汗を拭う俺を見て、アーシェ様は心配そうに俺の顔を覗きこんだ。


「いえ、俺を見た者が俺がこの状況を打開してくれるんじゃないかと勘違いをしたみたいで…」

 俺が引きつった笑みを浮かべるのと同時に、御者席のラフールが小さな声で叫び声をあげた。


「ジャっ! ジャ、ジャック様っ!? この方達はお知り合いなのですか? 皆が此方を見ていて落ち着かないのですがっ!」


 御者席の小窓に目を向けると、戸惑った表情を浮かべ必死に汗を拭うラフールの隣で、ダークエルフがローブのフードを深くかぶり直していた。


 注目されているからな、ダークエルフは正体がバレないか心配なのだろう。こんなに亜人がいるのだから、今さら隠す必要もないと思うが。


「いえ…知り合いというわけでは無いのですが…多分ここにいる者達は俺と同じプレイヤーなんですよ」


「ぷれいやあ? それは何でしょう? ジャック様と同じ?」

 アーシェ様は不思議そうに小首を傾げる。


「ええ。そう言えば、まだ話していなかったですね。俺もこのアナザーワールドオンラインのプレイヤーの一人なんですよ」

 俺が首を縦にふりながら説明すると、クロネとラフールもお互いの顔を見て首を傾げた。なんだか反応が悪いな。


 まさか、ゲームのキャラクターは自らがゲームのNPC、そして俺達の事をゲームプレイヤーとして認識してはいないのだろうか?


 いや、考えてみればこのゲームはリアリティーを追及しているのだしな。そんな雰囲気をぶち壊すような設定は設けないのが普通なのかもしれない。


「いえ、すいません。言い方が悪かったですね。うーん、そうだな。彼らは同郷の者達と言うべきでしょうか。そして俺と同じくこの国の情報を持たない為、王都の中に入れないと解った後も、この場から動けずに困っているのでしょう」


「まあ、ジャック様と同郷の方々なのですか? このように多様な種族が入り交じって暮らす国があるのですか!?」

 俺の言葉を聞いて、アーシェ様は興奮して俺の手をとった。


 その手は温かく柔らかい。ちょっとで良いから指先を舐めてみたいな。なんてね。そんなことより。


「ああ、はい。なんというか…あのー。そう。こことは別の大陸。ああ、違うか。大陸ではなく、周りを海に囲まれた小さな島国ですね。そこから来たのです。俺達の祖父の時代や、もっと昔には、人種や種族の違いによる垣根や争いがあったとはいえ、ここにいる皆も多分そうで、若い世代の殆どがそれとは無縁だったので、皆ここまであからさまな差別に戸惑っているのでしょう。何とかしてあげたいのは山々なのですが…」

 俺はそこまで言ってこめかみをかいた。


 同じプレイヤー同士助け合いたいのは事実だ。しかしゲームの設定上この国では亜人種は不遇な扱いを受けるし、王都には入れないだろう。


 それは事実なのだし、俺にはどうすることも出来ない。


 パッと思い付くのは、ここにいる全員で城門を打ち破り、王都と城を落とせるかチャレンジしてみるということくらいか。今は全員初心者なのだし、戦闘経験もない俺達ではほぼ間違いなく失敗するだろうけど。


「あ、そうだ。そういえばアーシェ様の故郷のジュリーク領は、亜人とは友好を誓っているのでしたよね?」


「ええ」


「例えばの話ですが、ここにいる者達にその情報を与えて誘導してやっても良いですか?」


「ええっ!? ここにいる全員をでしょうか?」


 俺の質問にアーシェ様は驚きの声をあげて、クロネとラフールを交互に見る。


「し、しかし、武装したこの集団がジュリーク領で問題を起こす可能性は無いのでしょうか。私は主の土地に更なる危機が訪れやしないかと心配でございます」

 ラフールは静まり返った民衆の中をゆっくりと馬車を進めながら呟く。


「それについては、確実な安全は約束出来ません。同郷とはいえ、俺も彼ら一人一人の事を詳しく知っているわけではないので…。しかし彼らはこの世界を周る冒険者達です。ジュリーク領の南に広がるという魔物の森の探索権を与えれば、彼らはそこの探索に力を注ぐはずです。冒険者が魔物の森のモンスターの動きを抑えてくれれば、シュミネ侯爵の心配事も少しは減らせるとは思いませんか? それに、ジュリーク領の隣にあるっていう獣人の国…なんでしたっけ…そう! ズーランダ王国! そこに、ここにいる獣人達を引き渡すのはどうでしょうか? 亜人や獣人はこの国にいれば殺されてしまう可能性の方が高いのですよね? それを保護したという名目で引き渡せば、ズーランダ王国の獣王様も、悪い様にはとらないのでは?」


「むむむ! それは!」

 ラフールは馬車内へと振り替えって笑顔で大声をあげる。


「それに…彼等をジュリーク領に誘う事にもう一つ、利点と捉えることがあるのではないでしょうか」


「それは何でございましょう?」


「これは万が一ドラクル家がジュリーク領に攻めてきた場合のことですが、彼等を味方に引き入れて共闘できる可能性があります。城に常駐する兵士達とは違って、彼等にはその時だけ報酬を与えれば良いのですから、ドラクルが攻めてこなかった場合は報酬の支払いは不要なので、シュミネ侯爵の都合の良いように使うことも出来るのでは?」


「ふむ…しかしどうでしょう。彼等をドラクル家に使われる可能性は?」


 ラフールの質問を受けて、俺は馬車の椅子に深く座り直し、天井を見上げて小さく溜息を吐いた。


「うーん…勿論ありますね」


 俺の提案をラフールは真剣に吟味しながら考えを巡らせている。アーシェ様とクロネもそれは同様で、顎に手をあてて思案している様子だ。


 同じプレイヤー達に情報を与えるために適当な言葉を並べただけだったのだが、こうも真剣に思案されては迂闊な事が言えなくなってしまう。


 俺は一生懸命に頭を働かせて言葉を紡いで行く。


「ですから恩を売っておくのです。ここにいる殆どの者は、このままでは、この国の者達に命を奪われる可能性が高いですよね? それを救えば、シュミネ家は間違いなく彼等の命の恩人です。命より尊い恩など、この世にはそうそうないでしょう? それに、彼等は冒険者です。魔物の森の探索権は間違いなく喜びますし、今のこの状況で活用できる拠点を教えて、救いの手を差し伸べるんです。後は誘導ですが、それが出来れば彼等は更に喜ぶかと思います。ああ、あとそれに…」

 俺はそこまで言って言葉を区切り、アーシェ様を見つめた。


「それに?」

 アーシェ様は興味津々と言った様子で、俺の目を見つめ返してごくりと喉を鳴らした。


「ジュリーク領が麗しいアーシェ様の暮らす領地だと知れば、死んでもジュリーク領を守ると息巻くものも多いはずです。この俺のように」


 俺の言葉を聞いて、アーシェ様は顔を真っ赤に染めてボフンと湯気を出した。


 それらしい理由をつらつらと並べ立ててはみたが、最後の言葉は我ながらちょっとキザすぎただろうか。


 しかし、俺のこの考えはそれほど見当違いと言う訳でもないはずだ。オタクなら男女問わず、誰だって彼女の可憐な美しさと、その心の清らかさに魅了されるはず。


「俺の考えははあくまで憶測にすぎません。3人でしっかりと話し合って、決断をお願いします」


 しかし臆病な俺は、決断を相手に委ねると共に、その責任も押し付けるのだった。

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