第6話 貴族令嬢 アシュリーエール・シュミネ
「ジャック様。こちらが我が主、シュミネ侯爵のご息女のアシュリーエール・シュミネ様でございます」
ラフールとダークエルフの後に続いて馬車の元へと辿り着くと、ラフールの主であるシュミネ侯爵とやらの娘アシュリーエール・シュミネが、態々馬車から降りて待ってくれていた。
紹介を受けた彼女は俺を見ると仄かに頬を染めて、スカートの裾を摘まんで膝を曲げ、ゆっくりと頭を下げた。
「アシュリーエール・シュミネと申します。アーシェとお呼びください。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
アーシェという娘は、貴族というのが頷けるほど、気品と美しさに溢れた娘だった。
プラチナブロンドの髪は綺麗な艶を放っていて、頭の上でまとめてポニーテールにしてある。
キメの細かい白い肌は、名工が作った陶磁器の様に綺麗で、パッチリ二重の目に緑の瞳、その下にある小さな鼻と薄いピンクの唇は、あどけない笑みをたたえる少女の中にあって、確かな色気があった。
着ているドレスは薄い青色で、彼女の少女らしい美しさを引き立てている。
う、美しい…美しすぎるよ。
流石次世代ゲーム! 俺たちオタクの理想とする美しい女性の表現が想像を絶するぜ!
このお姿で怪我人を放っておけず手を差し伸べるような優しい性格の貴族という設定なんて、運営はプレイヤーを殺しにかかっているな!
完全無料を謳ってはいたが、彼女の為だけに全財産を運営に投じたくなるぜ。
運営ヤッホォーイ!!
「お嬢様。此方は《冒・険・者》のジャック様でございます。」
ラフールは、冒険者の部分をやたらに強調して含みのある言い方で俺の紹介をする。
何で強調したし、お前やっぱり何も解っていないだろ。
ラフールに視線を向けると、彼はウインクをして親指を立てていた。
とりあえず無視しよう…
「お初に御目にかかります。俺は《た・だ・の!》冒険者のジャックです。この度は態々馬車を停めてまで気遣っていただきありがとうございます。貴女のような女神の様に美しく、心の清らかな女性と出逢えたことを、大変嬉しく思います」
俺は自己紹介を終えると、先程のラフールを真似て、左足を半歩後ろに下げ、握った左手を腰に置いて、右手は開いて胸を抑えて頭を下げる。
ゲームのキャラクターだと解っているのだから、綺麗な女性の前でも緊張はしない。むしろ少しでも格好いいところを見せようと、背伸びをして爽やかな笑顔も添えた。
アーシェ様は俺の挨拶を受けて、頬を染め視線を下げて頷いた。
「お、お上手ですこと…」
彼女の反応を見ていると、俺の笑顔も満更ではなかったのかな。と思う。
そりゃそうか、今の俺って超絶美青年だもんね。
「それよりも、何か事情がおありなのですね。」
あれ? またもや勘違いをされている様な気がするな。
アーシェ様の視線を辿ると、ラフールがアーシェ様に向かって何度も大きく頷いているのが目に入った。
馬鹿者! 何で頷いているんだ!
勘違いも何もこいつのせいか。アーシェ様は、こいつの言い回しから何かを汲み取ったのだろう。
ここまで来ると、これはゲームのイベントの仕様なのだろうか。もう無視して話を進めちゃうか。
俺がもう一度頭を下げるのを待って、ラフールはアーシェ様の後方に掌を向けた。
「アーシェ様の後ろに控えているのは、護衛兼侍女のクロネにございます」
ラフールの言葉にアーシェ様の後ろに目を向ければ、そこにはメイド姿で佇む、猫耳を生やした黒猫の猫娘が立っていた。猫娘と言っても、人間に猫耳と尻尾が生えただけの違いだ。
アーシェ様に負けず劣らずの美女っぷりで、猫らしくつり目の瞳は金色に輝いている。髪の毛や耳の色から黒猫タイプの亜人なのだと解るが、こちらも肌は白く美しく、そして何よりおっぱい様がおっぱい様らしくおっぱいをしている。
体を引き締めて見せるという黒色の、そしてボディラインを強調させる事は無いはずの、ゆったりとしたデザインのメイド服の下にあっても、おっぱいがおっぱいをしていると解るほどのおっぱいだ。要するにデカイ、そして揉みたい。
リアル猫耳メイドっ! ビバっ! おっぱい!
気が付けば俺は、彼女に対して目を閉じて手を合わせていた。
いや…ここまで来たら、既にこのおっぱいはおっぱいにあらず。
神の域に達しているだろう。これはこの世界の信仰対象に違いない。
有り難うございます。
「な、なぜ私は拝まれているのでしょうか…」
瞼を閉じて手を合わせる俺の耳に、鈴を転がすような可愛らしい戸惑いの声が届いた。
うむ。そうだろう。会ったばかりの人間が、いきなり自分に向かって手を合わせれば、誰だって戸惑うしビビる。
俺が逆の立場なら、余りの意味の解らなさに、思わず放屁する事だろう。
瞼を開いて周りを見れば、皆一様に驚きの表情を浮かべている。ダークエルフなんて体全体でリアクションを取って驚きを表している。お前はリアクション芸人かよ。
「失礼しました。今日という日の素晴らしさに、一度に二人の美女に出逢わせて頂いたことに、神(運営。もしくはおっぱい)に感謝の祈りを捧げていたのです。」
俺は心からの賛辞を述べるべく言葉を並べる。
本当はクロネのおっぱいを拝んでいただけだが、それを本人に対して言う必要は無いだろう。
俺も思春期だ。ゲームキャラとは言え同じ年頃の女の子たちに、おっぱい好きのパイパイボーイと思われたくはない。
俺の言葉に、クロネは顔を真っ赤にして俯いた。
「驚きました。ジャック様はこの国にあって、一般的に亜人という呼ばれ方をされてしまう獣人の事を、毛嫌いなさったりはしないのですね?」
アーシェ様は、掌で口を抑えて驚いている。
ラフールもその隣で頷き、クロネは不安な表情でこちらを見ていた。
「毛嫌い? まさか! そんな事はしませんよ! 当たり前ですっ! リアル猫耳メイドは男の夢! 夢を嫌う者がこの世におりましょうかっ!? 否っ! そんな輩は存在しません! 亜人を嫌う人間の気がしれませんっ!」
俺は胸に拳を置いて熱く叫んだ。魂の声を皆に聞いて欲しい。この世界で亜人と呼ばれる立場にあるらしい彼女らを嫌うなどどうかしている。彼女たちは愛でるべき存在なのだ! 男の亜人は知らんっ! どっか行け!
「私も亜人排除を謳うこの国のプロパガンダ等は大嫌いです。その意見が合うことは大変嬉しく思います。ですが…ジャック様は本当にお上手なのですね。そこまで女性を褒めると、勘違いをする方も多いでしょう。お気を付け下さいませ」
「まさか、女性を誉めるなど生まれて初めてです。普段から軟派な態度をとっているのだと勘違いはされたくないですね。俺の賛辞は心からの言葉だと、ご理解いただきたいです」
アーシェ様の注意に対して、俺は凛とした態度で応える。
するとアーシェ様の顔がみるみる赤くなるのが解った。
誉められ慣れていないのかな。初で可愛い。抱き締めたい。髪の臭いを嗅ぎたい。
気付かれないように、そっと吸ってみようか。
すぅぅぅぅう。
あ、良い香り…
すぅぅぅぅう。
ヤバイ。やめられない。
音もたてずにこの吸引力。
俺はこの技を、|とても静かで吸引力の変わらないただ一つのスキル《サイレント・ダイソン》と名付けよう。
癖になる。やめられない香り。あと一度だけ…
すぅぅぅぅう!!
「そして!」
息を思い切り吸いこみはじめた瞬間、ラフールの声が響いて、ビックゥ!!と体を震わせる。
まままままま、まさかっ!
|とても静かで吸引力の変わらないただ一つのスキル《サイレント・ダイソン》がバレたとでも言うのかっ!?
「ジャック様の後ろに控えているのが、ジャック様の護衛のエルダ様です」
なんだ。ラフールの様子を見る限り、どうやら顔を赤く染めてモジモジと俯いたアーシェ様とクロネに助け船を出す為に、今日一番の大声でダークエルフを紹介したのだな。
その言葉の後に続き、アーシェ様とクロネは、俺にしたのと同じ様にダークエルフに頭を下げた。
驚いたことに、ダークエルフはそんな二人に対して礼儀正しく深々と頭を下げたのだった。
こいつの事だからもっと粗暴で素っ気のない態度をとるものだと思っていたので意外にも品があるのだな…。
その後、馬車に乗り込む前に身を清潔にしようと、その場で服を脱いで着替えたのだが、アーシェ様とクロネが目を塞いだ掌の指の間から俺の体をガン見していた事は気付かなかった事にして、馬車に乗り込んだ。
今の俺はかなりのお洒落マン。
黒革のパンツとブーツに白い七分丈のシャツと黒革のベストを着こなしている。アーシェ様のご家族のお古らしいが、サイズはピッタリで着心地も素晴らしい。本当に戴いてしまっても良かったのだろうか。
あと、着替える際に右の手の甲にうっすらと光を放つ紋章みたいなものもあったが、これはどうでも良いか。と、すぐに新しい黒革のグローブをはめた。
それから護衛であるダークエルフと御者のラフールは御者席に、アーシェ様とクロネと俺は馬車の中のそれぞれの席についた。
驚いたことに、ラフールはあれで御者と護衛を兼ねているらしい。国の精鋭騎士が30人程で相手取っても敵わないほどの実力を持っているらしいが、本当なのだろうか?
四頭の白馬が嘶き、ゆっくりと進み始めた馬車が大きく揺れるが、耐えられず酔うほどの揺れでもないだろう。
俺は馬車の窓の外の風景を見るふりをしながら、時たま横目でクロネのおっぱいを盗み見る。
馬車の揺れに合わせて震えるそれは大変見事だ。実に見応えがある。
ログアウトしたらおっぱいプリンを食べようかな。
俺がしばらくそうやっていると、アーシェ様がオホン! と咳払いをした。
ななな、何だ。バレたのか…?
俺は顔を青くしながらアーシェ様の顔色を窺い見た。
「ジャック様。外の景色を楽しむのもよろしいですが、折角ご一緒出来たのですし、私達とお話をいたしませんか?」
なんだ…バレていなかったのか。良かった。
俺はホッと息を吐いて、笑顔を作って二人を見た。
「そうですね。是非」
俺が頷くと、アーシェ様は花のような笑顔を浮かべて喜んでくれた。
しかし困ったな。俺にはこの世界の知識など無いのだし。ましてや同じ年頃の女の子達がどの様な話題を好むのかが全く解らない。
話をすると言っても、材料が何もないのではな…。
とりあえず手持ちの情報を話していくしかないか。
「そういえば、アーシェ様はジュリーク領という土地の出身と言っていましたね。ジュリーク領とはどの様な土地なのですか?」
「私の故郷が気になりますか!? ジュリーク領はですね! オモロの街から約1000キロほど東の地にあり、東には獣王様の治めるズーランダ王国、南には魔獣の森が広がる辺境の土地なのです。その土地の場所故に、ジュリーク領をあまり知らぬ者達は怖がって近づこうとはしませんが、実際は怖いことなんか何もない素晴らしい所なのです」
アーシェ様は故郷について尋ねられたのがよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら両手を広げて話をしてくれた。
「ナーパ王様と獣王様の仲があまり良ろしくないとは言え、ジュリーク領と隣接するズーランダ王国の村の方たちとは、昔から交流があって仲は良いのです。お父様は獣王様とも進んで交流を持っていますし、私のお父様のおかげで、ナーパ王様は獣王様と戦争をせずに済んでいると言っても過言ではありませんね」
アーシェ様はそこでエヘンと胸を張って俺に向かってウインクをした。
おそらく褒めて欲しいのだろうな。なんて可愛らしいんだろう。
「アーシェ様のお父様、シュミネ侯爵はとても立派な方なのですね。いつかお会いしてみたいものです。」
「ほ、本当ですかっ!? でしたら、いつかジュリーク領に遊びにいらっしゃってください! 私がお父様にご紹介いたしますし、クロネと共に領地の案内だっていたしますわ!」
「そうですね。それではその時は是非、案内をよろしくお願いいたします。」
「ええっ! 勿論です!」
アーシェ様は笑顔で大きく頷くと、クロネと手を合わせて喜んだ。
知らぬものは怖がって近づこうとはしないと言っていたし、故郷に興味を持って貰えるのが嬉しいのだろうな。
俺は会話が上手く成立したことに気をよくして、二つ目の情報を切り出す。
ドラクル一族。つまり、このゲームの中での俺と、俺の家族である可能性のある者達についての質問だ。
アーシェ様達が知らない可能性もあるが、情報を持っているなら話を聞きたい。
「それはそうと、アーシェ様とクロネは、ドラクルという一族について何か知っていますか?」
俺が恐る恐る尋ねると、先程まで絶えなかった笑い声がピタリと止まり、馬車の中には急な静寂が訪れる。
心なしか空気が凍りつき、気温も少し下がったように感じる。
「ど…どうしてドラクル家の話を?」
アーシェ様は笑顔をひきつらせて、少し青ざめた顔で此方を見た。
何か物凄く嫌な質問をしてしまったようだ。こんな空気になるくらいなら、パンツの色でも聞いていれば、まだ幾らかましだったのかもしれない。答えが聞けたなら俺も嬉しいし。
しかしこの質問は駄目だ。この質問に答えてもらっても、俺は嬉しい気持ちにはならないだろう。
アーシェ様はドラクル家を知っている。そしてドラクル一族は、俺の想像したとおり悪名高い家なのだろう。
堪えきれなくなったのか、突然大声で泣き声をあげ始めたアーシェ様を見て、申し訳なさと不安で胃を痛めるのだった。
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