第4話 ジャック・サイコ・ドラクル
俺達は盗賊達の棲みかになっていた洞窟をあとにして、森を抜けて街道へと出るために、木々の間の草の踏まれて作られただけの獣道を歩き続ける。
草の下がどのようになっているのかは見えないが、木の根が張り巡らされていたり、水溜まりができていたり、大小様々な石が落ちていたりで、しっかりと舗装された道ではないのでとても歩きづらい。
一歩進んでは足を滑らせて転び、二歩進んでは石を踏んで足を捻り、三歩進んでは木の根に足を取られてすっ転ぶ。
洞窟を出てから体感で五時間くらいは経っただろうか。それなのに未だこの調子で一向に森を抜けられる気配はない。
俺が再度石に躓いて膝を打ち、瞳に涙を浮かべて痛めた膝を撫でていると、ダークエルフは半眼でこちらを睨みながら大きな溜め息をついた。
「何だよ…歩き慣れていないのだから仕方がないじゃないか。」
俺はぼやく様に呟く。
ダークエルフは俺の言葉を無視して、俺が立ち上がって歩き始めるのを待ってから、また先を行く。
こいつは先程からずっとこの調子だ。
俺が喋った事に対して驚いたかと思うと、無言のまま歩き出したのだ。
俺は慌てて後を追うが、俺とは一定の距離を取り、それ以上は離れないが、近づこうともしない。俺の声は届いていると思うのだが、完全に無視を決め込んでいる。
俺との関わりはなるべく持ちたくないとの意思表示なのだろう。
俺のキャラクター設定について、少しでも何か情報が聞けないものかと思い色々な話を振ってはみたが、こうもとりつく島がなければどうすることも出来ない。
亜人に対する暴虐の数々だとか、呪われた血の一族だとか、思い返せば物凄い事を聞いてしまっている。
その後も情報を聞き出す為に、歩きながら会話の糸口を掴もうと奮闘してみた。
出身はどこなのか?とか答えられても解らないだろうものから、話しやすそうな家族や友達の話。腰に剣をさしているのでどれくらい戦えるのかや、好きなタイプや性感帯などの恥ずかしい質問もした。
天気の行方や、昨日の晩御飯は何だったのかなんて意味のない質問をしたりもしたが、やはりどれも無視されてしまった。
そろそろ森を抜けて街道へと差し掛かるだろうかという時、何度目かわからない転倒から起き上がり、少しだけ遠くに行ってしまったダークエルフを呼び止めようとして、俺はいまだダークエルフの名前を知らない事を思い出す。
「そういえばお前…名前は?」
こちらに気付き立ち止まったダークエルフの近くに駆け付けて俺が尋ねると、ダークエルフは恐ろしい形相で俺を睨んだ。
「いい加減にしなさいっ! ジャック・サイコ・ドラクル! お前と不必要な会話はしたくない! 街に着けば別れてもう会うこともないのだから馴れ合うつもりもない! 黙って歩きなさい!」
何がダークエルフの気に触ったのか、ダークエルフは物凄い剣幕で、綺麗な銀髪をバサバサと揺らしながら捲し立てた。
「お、おう」
ビビった俺はそれだけを返すのが精一杯だった。また頭突きを連発されてはたまらない。彼女によって植え付けられた恐怖は簡単には拭えないのだ。
しかし良いことが聞けた。
《ジャック・サイコ・ドラクル》これは恐らく俺の名前で間違いないだろう。
キャラクタークリエイトで決めたのではない名前も出てきた。入力欄にあったのはジャックという名前だけであったはずだ。
サイコ・ドラクル
もしかすると、この名前で他の人から情報を引き出すことが出来るかもしれない。
呪われた血の一族と言われるくらいだ。ドラクルという一族は、このゲームの世界では少しだけ有名な可能性もあるしな。
先ほどのダークエルフの言を信用するのならば、ろくな一族ではない可能性が高いので、名乗りはせずにそれとなく情報を聞き出さなければならないだろう。
俺が一人で思案していると、足を止めたままのダークエルフが、何かを窺うようにこちらを見ているのに気が付いた。
「な、なんだよ?」
「別に…」
ダークエルフは暫く俺の様子を見たあと、クルリと身を翻してまた歩き始める。
そんな事があり、その後も黙々と歩き続け、やっとのことで街道へと出ることが出来た。ゲームの中で五時間超も歩かされるはめになるとは思わなかった。
空を見れば日も大分傾いている。洞窟を出るときに朝露に煌めく森の木々や、朝を知らせる何処か愉しげな小鳥達のさえずりに感動を覚えたものだが、一日の時間の経つのは早いな。
「五時間…いや、もうすぐ日暮れか。半日も山道を歩き続けたのか…俺ってやれば出来るじゃん」
俺は、達成感に満ち溢れた気持ちで額に伝う汗を拭う。集中して歩いたお陰か体感時間よりも大分経っているようだ。
「馬鹿なの? 陽は昇ったばかり、洞窟を出て一時間も歩いていないわ。本気で言ったの? 気持ちが悪いんだけど。」
ダークエルフは俺に罵りの言葉と共に事実を告げると、背負ったリュックをおろして、中からローブを取り出して着込みはじめた。
時間の感覚を間違えただけで気持ちが悪いと罵られるとは思わなかったぜ。相当嫌われているな。
それよりも、俺はダークエルフがローブを着込むのを見て首をかしげる。春先の様な気候で涼しいとは言え、山道を歩いてうっすらと汗をかいたのに、彼女には肌寒かったのだろうか。
俺が首をかしげるのを見て、ダークエルフは首を横にふる。
「ここは亜人の殆どいない、亜人嫌いの多い人間の国よ。私みたいな亜人が堂々と道を歩けば何をされるか解らない。ローブで姿を隠す必要があるのよ。」
ダークエルフはローブの帽子を目深に被りながらそう告げる。
膝元まで丈のある真っ黒なローブに、顎から頬をつたって耳元まで隠すようなマスクをつけた。顔は目元以外が隠れてしまっているせいで怪しさ満点なのだが、それも亜人だとバレるよりは遥かにマシなのだという。
亜人を嫌う人間の国か…差別が酷いとかなのかな?
「どうヤバイんだ?」
「それを…お前が聞くの?」
つい口に出てしまった言葉に、ダークエルフは機嫌の悪さを隠そうともせずに怒気を含めた声で質問を返す。
と言われてもな…そういえば俺の使用しているこのキャラクターであるジャックは、亜人に対して暴虐を繰り返していたみたいな事を言われたんだったか。
一体どんなことをしていたんだろう…ダークエルフの俺に対する態度を見ていると、それを知るのがどんどん怖くなるな。
俺が不安な表情のまま押し黙ると、ダークエルフは大きく息を吐いて舌打ちをした。
「問答無用で殺される確率の方が高いでしょうね。すぐに殺してくれるならまだ幸せ。怒りの捌け口として拷問の末に殺されるなんてざらよ。性奴隷にされればそれは避けられるのでしょうけど、その場合は死んでいるとも言えるわね。おかしな性癖を持った主人によっては長く生き地獄を味わう事になるのだろうし。それが一番恐ろしいか…」
「そ…そうか」
ダークエルフが淡々と話す内容に言葉がつまってしまう。どう言葉を返していいのかがわからない。
俺がうつむいて歩いていると、ダークエルフは今の話は無かったとでも言うように話を変える。
「この街道を西に真っ直ぐ進めば、日が暮れる前には街に着くわ。街に近い分馬車の通りも多いから、あなたを見て馬車を止める者もいるはずよ。私は一言も喋らないから上手くやって乗せてもらいなさい。そうすればお昼過ぎには街に着けるかもしれないわね。」
そこまで言うと、ダークエルフは俺の手に小さな袋を握らせる。
ジャリジャリと音がなる。
コインかな?
「さっきの盗賊共から頂いた金よ。交渉に使えそうなら使えばいいわ。街までそんなに距離もないのだし、ぼったくられる心配も無いでしょう。おかしいと思ったら私が止めるようにするから。」
ダークエルフは黙ったままの俺に一気に説明を終えると、街道を振り返って道の脇に寄った。
俺もつられて振り返れば、4頭の白馬に引かれて、紫の下地に金で模様が描かれ、華美に装飾のされた馬車が近づいてくるのに気が付いた。
あー。これはないな。絶対に面倒なやつが乗っているだろう。関わりを持つのはやめた方が良いだろうな。この馬車はできるだけパスしたいけど、どうせゲームのイベントかなんかだろうな。
俺がダークエルフに遅れて街道の脇に寄ると、馬車は何事もなく通りすぎていった。
あれ?思い過ごしか…。
「あれは無視して正解ね。この国の貴族の馬車でしょう。関わるとろくなことにならないわ。」
ダークエルフの言葉に頷いて返すと、100メートル程先で4頭の白馬が嘶き、馬車が急停車をした。
何事かと思いそちらを見ていると、馬車から飛び降りた小太りの御者が、駆け足でこちらへと向かってくる。
「こっちにくるみたいだぞ? 面倒くさそうだな…逃げるか?」
「冗談でしょう?目をつけられてしまったのなら諦めるしかないわ。逃げればそれこそ面倒な事になりかねないのだし。精々機嫌を損ねないように頑張りなさい。」
「そうか…」
俺は、目の前に立ち止まり膝に手をついて肩で息をする小太りの男を見て、小さな溜め息をつくのだった。
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