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第32話 入学式2

 結論から言おう。

 人が溢れる満員電車は俺には合わない。


 ギュウギュウとすし詰めにされるのはキツかった。それに、家から学校まで1駅しか移動していないと言うのに、9回もケツを揉みしだかれた。

 恐怖に竦んで無視を決め込んだが、もしかすると相手は一人では無いと思う。


 何故なら俺の周りでだけ常に人の流入が激しかったからだ。

 どういう訳か、人々が俺の周りをグルグル渦巻いていたのだ。皆が押し合い圧し合い、俺の体を不必要にベタベタと触っていた気がする。

 いちごの匂いの吐息を漏らすおじさんに、顔面を凝視され尻を揉みしだかれながら、俺は自転車を買おうと心に誓った。


 困っていたのは痴漢だけではない。人々の視線も怖いのだ。今まであまり感じる事は無かったが、ジャック・サイコ・ドラクルと同じ見た目になってから、人々から向けられる好奇の視線が痛い。家を出てから駅に着き、電車を待ち、電車に乗り、電車を降りてから学校の前に辿り着くまで、俺は常に人々の視線に晒され続けた。


 多分この見た目のせいだろう。髪の毛なんか銀髪だし、青目で美形だし、身長も高いので悪目立ちしてしまっているのだ。


 色々な人々が遠巻きにコソコソと話しているのはまだ良かった。いや、気持ちの良いものでは無かったけど。


 満員電車の中では、どいつもこいつも、俺の事を無遠慮に至近距離で見つめるのだ。


 人に見られる事に慣れていない俺にとって、それはあまりにも苦痛だった。


 そう。満員電車は、俺にとって色んな意味で地獄だったのだ。


「自転車は絶対に必要だな」

 俺は改めて呟いてから最上高等学校の門をくぐった。


 駅からここに至るまでの間もそうだったが、周りの人間の視線が痛い。二度見をされたり、ガン見をされたり、目が合うと固まってしまう者までいる。


 俺はどうしても目立ってしまうようだ。

 そりゃあこの見た目だもん。気になっちゃうよね。俺でも見てしまうかも知れない。


 校門から玄関に向かって歩いている間、あちこちから悲鳴が上がっている事にも気付いていた。


 流石に悲鳴は学校に来るまで聞こえなかったよ。悲鳴をあげられるのは不安になる。


 俺の瞳の色は気持ち悪いのかな? もしかしてちん〇んが出てるのかな?

 思春期の少年少女は感情を隠せないのだろうか。やっぱり悲鳴をあげられるのは辛い。


 学校の玄関に辿り着くと、大きな掲示板にクラス分けの張り紙がされてあるのに気が付いた。

 それを指でなぞりながら、自分の名前を探す。


 探しながら一周して気付く。

 あれ? 俺の名前って何だっけ?


 何しろ新しい名前になってまだ二日目なので、たまにふと忘れてしまう。


「えーっと…確か。青原ジャック」

 何度聞いても微妙な名前だな。ジャック・ブルーローズだもんな。なんだか売れないハーフ芸人みたい。


 俺は再び張り紙を指でなぞりながら自分の名前を探す。

 1学年にクラスは15。それぞれに35人程の名前が記載されている。流石マンモス校だ。1学年だけでも相当な規模である。


「あ、あった。一年J組か」

俺が自らの名前を確認して呟くと、周りで同じようにクラス分けの張り紙を見ていた女子達が、大きな悲鳴をあげる。


「ぬぅおっ!」

 何人もの悲鳴が重なったその声のあまりの大きさに、俺は驚いて身を竦めてしまう。


 恐る恐る周りを見回せば、地面に膝をついて落胆する者。拳を突き上げて喜ぶ者。壁に背を預けて涙を流す者。奇妙なダンスを踊りながら奇声を発する者。雄たけびを上げながら壁を殴る者。その反応は様々だ。


 暫く身を竦ませていた俺の肩に、誰かが手を置くのがわかった。

 手の主を確かめようと振り返ると、そこには顔を青褪めさせながら俺を指差し、ガクガクと震える男がいた。


 肩まで伸びる金色の髪。女子にも見える綺麗で整った顔立ち。顔を見るだけで女の子かと思ったが、俺と同じ男子用のブレザーを着ているので男で間違いは無いのだろう。


「ジャ…ジャック・ブルーローズナイト…」

 その男は瞳を大きく見開いて、アワアワと顎を震わせる。


「なんだよ…。人を化け物みたいに…」

 何が何なのか訳が分からないが、もしかして皆が俺を見ていたのはビビッていたからなのか?

 まぁ確かに。まだ16歳にもなっていないのに身長180cmごえは確かに怖いのか? 銀髪だからヤンキーだとでも思ってるのか?


 それは…ありえるな。


「ひ…否定はしないのかい?」

 金髪の男が何かを呟いたその時だった。掲示板の横に立っていた先生らしき人物が、クラス分けの張り紙を見ていた生徒達に向かって声を張り上げた。


「これから入学式を取り行います! 在校生が既に体育館で待機していますので、新入生は体育館前にクラス毎に整列っ! 残っている保護者の皆様は、体育館の中へお急ぎください!」


 どうやら、このまま入学式を始めるらしい。その場にいた人々が、それぞれ教師陣の指示に従って体育館へ向かう。


 俺は俺を指差したまま固まる金髪の男を置いて、体育館に向かう。

 訳の分からない奴に構って、先生の言う事を聞かずに怒られたくはない。俺はまぁまぁ真面目なのだ。


 それから体育館前に整列して、先生の誘導に従ってクラスごとに体育館へと入場する。

 流石マンモス校と言うだけあって、新入生の入場だけで、相当な時間を要した。

 俺はJ組。A組から順番に入場しているので、かなりの時間待つ事になる。


 その間クラスメイトの人たちとお喋りでもしたかったのだが、先生の指示によりお喋りを禁止されていてそれも叶わなかった。


 A組からI組の入場まで、体育館の中は終始ザワザワと騒がしかった。

 もう少しでJ組の入場という所で体育館の中を覗き見ると、在校生達が新入生を見て話し合ったり、保護者が子供の晴れ姿を写真に残そうと、あちこちからカメラのフラッシュが光っていた。


 しかし、J組の入場が始まって俺が体育館に足を踏み入れた瞬間。体育館の雑音がサッと引いていくのが分かった。

 在校生達も誰一人として喋る者はいなくなり、保護者達はカメラを構えたまま固まっている。


 え? なにこれ?


 俺は突然の出来事に戸惑いながらも、指定されたJ組の席へ向かって歩き続ける。


 そんなに、銀髪が珍しいのだろうか。居心地の悪くなった俺は肩を落として歩く。

 髪を黒くしてくるべきだったか…チラチラと上級生の席に目をやると、怖そうな雰囲気のお兄さん達が俺を睨みつけていた。


 あ、これ完全に悪目立ちしてるんだ。入学早々失敗した奴だ…。

 俺は顔を青くして肩を落とし、トボトボと歩き続ける。


 そんな時、静寂に包まれる体育館に可愛らしい女性の声が響いた。

「おーい! ジャックくーん! みすず姉さんに写真送るから、こっちに笑顔ちょうだーい!」


 俺を呼ぶ声に気が付いてそちらに目を向けると、桜さんが俺に向かって手を振っていた。


 桜さん…来てくれていたんだ。大学は大丈夫なのか気になるが、知り合いが近くにいる安堵感から、嬉しさで思わず顔が綻ぶ。


 その瞬間、体育館の中にいたカメラを持っていた人々が、一斉にバシャバシャとカメラを撮り始め激しくフラッシュがたかれる。


「ぐあぁ! 何だこれっ! 眩しいっ! 目がぁっ! 目がぁぁぁぁあ!」

 あまりのフラッシュの多さに、J組の生徒たちが顔を抑えて蹲る。


 意味不明な状況、目を抑えて絶叫し、転げまわる生徒が何人かいるというのにも関わらず、カメラを持った人々のフラッシュがおさまる気配は無い。


 後になってわかったのだが、皆が俺の事を撮っていたらしい。

 そして、その事が原因で俺には不名誉な通り名が付けられた。


 『輝く閃光シャイニングフラッシュ』。裏でそう呼ばれている事に気が付いたのは、少しだけ後になってからだった。

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