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第3話 狂人ダークエルフ

「ねえ! ねえってば! いい加減に起きなさい! いつまで眠るつもり!?」


 頭に強い衝撃が走り、痛みに悶えて転がりながら目を覚ます。


 膝をついて頭を抱えたまま視線を上げると、先程の薄い衣服から黒いシャツと革製の防具に着替えたダークエルフの女が、足を上げてこちらを睨み付けていた。


 蹴り起こしたのか!? 槌で殴り飛ばした挙げ句に蹴り起こすとはどういう神経をしているんだよ! 人が気絶している間に着替えたようだが…。


 まさかこいつ! 着替えを見られるのが嫌だからと、暴漢から助けたこの俺の頭をあの槌で殴ったのではあるまいな。


 俺はあの時、確実に死んだかと思ったぞ!


「なんでお前を助けた筈の俺をあんな凶器で殴り飛ばしたんだ!? あれがダークエルフなりの感謝の仕方とでも言うのか? 野蛮人め!」


「え…? なんですって?」

 俺が眉間にシワを寄せたまま怒鳴り声をあげると、ダークエルフは一瞬キョトンとした表情で固まった後、物凄い剣幕で怒鳴り返してきた


「自分がワタシにしたことを忘れたの? あんたがあいつらにワタシを引き渡したんでしょうが!」


「えっ?」

 今度は俺が戸惑う番だ。ダークエルフの言葉を聞いてたじろぐ。俺がダークエルフを暴漢に引き渡した?


「なに? ワタシに殴られて記憶が飛んだの?」


「どういう事だ! ああなった経緯を説明しろ!」


 呆れたように呟くダークエルフに向かって俺は大声で尋ね返した。


 どうやら俺の物語の導入部分の憶測は外れていたようだ。ダークエルフの説明によると物語の始まりはこうだ。


 知り合いと落ち合うために目的地に向かう二人旅の途中、ジャックとダークエルフはあの3人の盗賊に襲撃された。


 そこでジャックは盗賊の交渉を受けて、その提案に乗ったのだ。

 その提案とは、ジャックの命を助ける代わりに、自らの奴隷であるダークエルフを差し出す。という内容であったらしい。


 ジャックがそれを了承し取引は成立したのだが、奴隷の持ち主の所有権の変更には、特別な魔法の行使が必要になる。


 所有権を変更せずにその持ち主と奴隷との距離が遠く離れてしまえば、逃亡阻止や命令違反を犯した奴隷を苦しめるための魔法によって、身体に刻みこまれた奴隷紋の魔法が発動してダークエルフは死んでしまうらしい。


 所有者変更をするには、特別な魔法の使える奴隷商人のいる街へと赴かねばならないが、それを煩わしく感じた盗賊たちはやはり面倒くさくなり、洞窟を出ようと背中を向けていたジャックをナイフで刺してぶっ殺し、持ち主の死亡による奴隷紋の契約破棄を手っ取り早く行おうとした訳だ。


 そして山賊たちに裏切られた憐れな下衆野郎はそのまま息を引き取った…はずだった。ダークエルフの背中にあった奴隷紋が消えたことで、ダークエルフも盗賊たちもそう思ったらしい。


 しかし、何故かジャックこと俺は生きていて、地面に這いつくばり、嗚咽を漏らして泣きじゃくり、鼻水を垂らして、嘔吐し、無様ながらも盗賊を仕留めた。


 先程大槌で頭を殴られたのは、ダークエルフを盗賊に引き渡そうとした事に対する報復なのだという。


 なるほど…そういう経緯があったわけか。鼻水は垂らしていたとしても、泣きじゃくってはいないが、話を聞く限りそれは100%ジャックが悪い。最低な主人公じゃねえか。どんな物語だよ。


「す…すいませんでした」

 俺はダークエルフが未だ俺に向け続ける憎しみの視線の意味を理解して、地面に膝と手をついて潔く頭を下げた。


 こんな美人をそんな風に扱うとは、このゲームの主人公はどんな設定の主人公なんだよ。


 いや、プレイヤーの数だけ物語の導入ストーリーがあると謳っていたからな。この設定は俺だけなのか。下衆な主人公とか終わっているな。どうロールプレイしていけば良いんだよ。


「は…は?」

 ダークエルフの表情を盗み見ようと恐る恐る視線を上げると、ダークエルフは俺が頭を下げるその光景を見て、だらしなく口を広げたまま固まっている。


「何だ。驚いているのか? 俺は自分の非は素直に認めるぜ。正直に言えば、先程目覚める前までの記憶なんて微塵も持ち合わせてはいないが、話を聞く限りジャックは相当な下衆野郎だったんだろう? 俺がやったわけではないし謝って済まされる問題ではないが…まあ謝らせてくれ。本当にすまなかった」


 俺は彼女の瞳を見つめて言いきると、再び頭を下げた。


 運営が用意した設定に乗っかってなんかやらないぜ。俺は清廉潔白の正義の味方プレイがしたいんだ。そして皆にチヤホヤされたい。この美しい見た目のキャラクターにはそういうのが似合うだろうが。運営はわかっていないな。全く…。


「え? 目覚める前の記憶がないですって!?」


「ああ…そうか。お前に打たれたからじゃないぜ? 無い記憶は盗賊に刺されて目覚める前の記憶だ。」

 驚いて目を見開くダークエルフを横目に、俺は言葉を続ける。


「どういう設定なのかは知らないが…一緒に旅をしていたんだ。お前にも思うところはあるのかもしれないし、ジャックとお前にどういう関係性があったのかも解らない。しかし俺はジャックであってジャックでは無いのだし、今までのジャックは死んだと割りきってくれ。実際ナイフでぶっ刺された訳だし、一度死んだんだろう。だからこれから俺は新しいジャックとして生きていく。」


「ふざけるなっ!」

 俺が一方的に喋り続けていると、ダークエルフが急に怒鳴り声を上げてワナワナと肩を震わせた。


 突然のダークエルフの大声にビックリして固まっていると、ダークエルフは俺の胸ぐらを掴んで自分のもとへと俺を引き寄せ、思い切り頭突きをかます。


 ゴンッ! と、大きな鈍い音が洞窟の中に響き、俺は目眩に倒れそうになるが、ダークエルフが胸ぐらを掴んだまま離さず、俺の身体を支えていて倒れる事を許さない。


「そんなに簡単に過去を捨てられるものかっ! 特にお前達の場合はっ! ワタシにした仕打ちを忘れたなどと宣うのは許せないっ! 思い出せっ! お前達が亜人に対して行った暴虐の数々をっ! 思い出せっ! お前達一族の非道をっ! 思い出せっ! その身体に流れる血がいかに呪われているのかをっ!」

 ダークエルフは思い出せと叫ぶ度に、俺へと渾身の頭突きを繰り返す。


 俺は何度も意識を失いそうになったが、ダークエルフが掴んだ胸ぐらを何とか外し、フラフラと後ずさって膝をつく。視界がグラグラと揺れて思考もままならない。


 何だよこいつ…相当イカれてやがる。それともこの主人公はそんなにヤバイことをしていたってのか? ゲーム開始早々にこの憎まれようは何なんだ。やっぱりクソゲーだな。説明も無しにこの状況をどうしろっつーんだよ。


「何よ…ふざけないでよ…何で電流が流れないの? ワタシに苦しみを与えろよっ! 何でお前が怯えた目でワタシを見るんだよっ! 立場が…立場が逆でしょうが…」

 ダークエルフは視線を彷徨わせながら、涙を流して呟く。


 俺はその涙に動揺して動けず、狂ったダークエルフを見つめる。


 それに耐えられなくなったのか、ダークエルフは俺の目の前を横切って洞窟の入り口まで行くと、用意してあったのだろうか、置かれてあった大きなリュックを背負って洞窟を後にした。


「何だよ…どっちがふざけてるんだよ。女に手をあげられるわけないだろうがボケナスっ! 俺はお前の知る俺じゃねえんだよっ! 勝手な設定を押し付けんなっ!」

 俺は苦し紛れに洞窟から出ていったダークエルフに向かってそう叫んだあと、訳もわからずに立ち尽くす。


 怖い思いしてまで暴漢に立ち向かい折角助けたのに…。何だよこれ。

 胸くそわりーぜ。ログアウトするか…。


 俺が大きな溜め息をつくと同時に、ダークエルフが洞窟の入り口の影から顔を出した。


「何してるの? 早く来なさいよ。離れすぎるとワタシが死んでしまうでしょうが。」


 は?こいつ何を言ってるんだ。

 離れると死ぬって…先程の奴隷契約の紋章がなんちゃらって話か?

 でも、奴隷紋は消えたって言っていたじゃねえか。なぜ死ぬんだよ。


 俺の訝しげな表情を見て、ダークエルフは大きく舌打ちをして地面を蹴った。


「あんたが生き返ったことで奴隷紋の契約が再び交わされたのよ! 良いから街まで行って、そこでちゃんとした手順で奴隷紋の解放をしなさい。そしたらあんたの目の前から消えてあげるから。」


 何だよ。それならそうとハッキリ言えよ。


 つまりダークエルフは、このまま俺がログアウトしてここから消えてしまえば、奴隷紋の魔法だか呪いだかで死んでしまう可能性があると言うことか…。


 うーん。正直これ以上こいつを助ける義理はないし、こいつはどうせゲームによって生み出された只のプログラムなのだし、それでも良いんじゃないかとは思う。謂れの無い罪に暴力を振るわれたことも癪に触る。


 だけど、こんなにもリアルに創られていて、言葉を交わした相手を見殺しにするのもなんだか忍びない。

 仕方ない…とりあえず街までは付き合ってやるか。ついでにもう少しこのゲームの様子も見よう。


 しかしファンタジー世界の街か…一体どんな街並みなのだろうか。少しだけワクワクしてしまうのは隠し切れない。


 興味を引かれた俺は、ダークエルフの後に続いて洞窟の出口へと歩みを進める。


 すると、ダークエルフは再び驚愕の表情を浮かべて俺の顔を見つめた。


 一体今度は何だと言うのか。

 俺が素直にダークエルフに従うことにでも驚いているのか?


「な…なんであんた喋ってるの? なんでそんなに表情豊かなの?」


「は?」

 ダークエルフの問いかけに、俺は間の抜けた表情で返す。

 今度はどんな因縁をつけるつもりなのだろう。


「貴方…だれ?」

 訝しげな表情でダークエルフを見つめる俺に向かって、今度はダークエルフが間抜けな表情を向けるのだった。

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