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第26話 ソフィア・ブルーローズ・ソエラ5

「ほらこの森を抜けたら王都ナーパに着くわよ。もう少しだから頑張りなさい。まあ、息一つ乱れていないようだし、貴方は気合をいれる必要もないか」

 森の中、草の軽く踏み均された獣道を進みながらジャックに声をかける。


 私が一人で話しながら、ジャックは表情も変えずに黙々と私の後に続く。流石ドラクル一族の中でも随一の戦士として謳われる男だ。まだ少年から青年へと変わるばかりの年頃だと言うのに、毎日十時間以上歩き続けても、汗一つかいた様子を見た事がない。

 獣道を歩いていると言うのに、何かに足を取られて躓く事さえもない。本当に器用な奴だ。


「体のバランスが良い上に無尽蔵の体力ね。その身のこなしと体力で力を振るい続けるんだから、戦場で敵として貴方が現れても勝てないはずよね。生意気に歌になんかされちゃってさ。あの歌って何処の吟遊詩人が考えたのよ? センスの欠片もないと思わない? 貴方の本質も見抜こうともせずに、失礼な歌よね。はぁー…疲れた。ちょっと休憩しない?」

 私が膝に手をついて汗を拭うと、私の一歩後ろで立ち止まったジャックが無表情のまま私を見つめる。


「何よ? 私は元々か弱いお姫様なのよ? 私の名前知っているでしょ? ソフィア・青薔薇(ブルーローズ)・ソエラ。この世で一番美しいと言われる青薔薇の名を冠する美しい娘よ? こんなデコボコの山道を休憩もせずに歩き続けられる訳がないじゃない。ほら? 貴方みたいな体力馬鹿と同じペースで歩き続けられる訳がないって思うでしょう?」

 私は腰に下げた革の水筒から水を飲み、それをジャックに手渡す。


「ほら、飲みなさい。汗をかかないとは言え喉は乾くでしょ? 人ってちゃんと水分をとらないと死ぬらしいわよ」

 ジャックは私から水筒を受け取ると、ゴクゴクと喉をならしながらそれを飲み干す。


「え? バッカじゃない!? 飲み干してどうすんのよ!? あと一日は歩かなきゃいけないのよ!?」

 私の怒鳴り声を聞いて、ジャックは水筒を持ったまま固まってしまう。無表情のままだが、その様子を見ていると反省しているようにも感じられた。

 なんだかその姿が困った犬の様で、可愛らしく思った私は思わず吹き出してしまう。


「本当。私がいないと貴方は何も出来ないのね」


 ジャックを受け入れてからの2週間の2人旅は少しだけ楽しかった。ジャックは相変わらず一言も喋る事はないしその表情も変わる事はないが、心の底で通じ合っている気がしていた。

 

 暗くなった夜に私が不安になって泣いていると頭を撫でてくれて、言葉を返す事はないが私の話を聞いてくれる。

 時折エマールの夢を見て私が暴れだしても黙って様子を見ていてくれて、何よりこんな私のそばにいてくれる。


「少し暗くなってきたし、今日はそろそろ休むのも良いかもしれないわね。野営出来そうな場所を探しましょうか」

 まだ日が落ち始めてそんなに時間は経っていないし、急いで歩けば今日の内に王都に到着出来る可能性もあったが、もう少しだけ、この2人旅を続けていたかった。


 この2週間。こんなに心が軽くなったのはいつ以来だろう。


 周囲を探すと、野営出来そうな場所はすぐに見つかった。山の壁面に出来ている小さな洞窟を見つけたのだ。

 中に入り確認してみると、そんなに奥が深いわけでもなかった。洞窟の丁度中央に焚火の後があるが、旅人や猟師が休憩に使っている場所なのかもしれない。

 

「今日はここに泊まりましょうか」

 ジャックに支持を出して荷物を下ろし、洞窟の真ん中で薪木を燃やして暖を取る。


 2人きりでいられるのは今日で最後になるかもしれない。明日ジャックを引き渡した後、私がどうなるのかはわからないが、あと少しだけでも、ジャックと二人でいたかった。


 その晩、私は寝る事も忘れて夢中で話し続けた。ジャックの記憶に少しだけでも私を残しておきたかった。

 生まれ育ったソエラ王国の話。領民に優しく厳格だったお父様や慈愛に溢れたお母様、私の家族達の話。いつも傍にいてくれた私の大切な親友アルネの話。戦士として鍛え始めた時の失敗や、腰に差している剣は本当は碌に使えない話。私の理想とする男性像や、エルフ特有の物だが、耳を触られると弱いというちょっぴり恥ずかしい話。明日の天気の行方や、もう何日も同じものしか食べていないのに、晩御飯の話等どうでもいい話をしたりなんかもした。


 ジャックは相変わらず無表情で私を見ているだけだが、私の話を聞いて、私の事を理解してくれている気がした。

 焚火の火が消えて、朝日が昇り洞窟の中に光が差し始めた頃、私は焚火を挟んで向かい側に座るジャックを見て呟いた。


「なんでそんな場所にいるのよ。最後なんだから…少しくらいは私の隣に座りなさいよ」

 私がすねたように口を尖らせて小さな声で呟くと、ジャックは立ち上がり、私の隣に来て、同じ木の株に私とくっつくようにして腰かけた。

 

 私の隣に座ったジャックは、私の顔を見ようともせずに何処か遠くを見つめている。私は隣に座ったジャックの肩に頭を預けた。


 やっぱり、ジャックと離れてしまうのは嫌だった。


「このまま2人でさ。何処か遠くへ逃げちゃおうか。ソエラ王国もドラクル大公国も関係ない何処か遠くの大陸へ、敵国同士のお姫様と王子様って事も忘れてさ。貴方って体力だけは馬鹿みたいにあるじゃない? 誰もいない土地で、2人だけの農園を作るの。貴方には私が、私には貴方がいれば、それで充分だと思わない?」


 私の言葉を聞いても何の反応を示さないジャックに痺れを切らし、ジャックの横顔を見上げたその時、洞窟の入り口から差していた朝の陽の光が何者かによって遮られた。


 何者かと思い目を凝らして洞窟の入り口に目をやると、薄汚い恰好の3人の男達が、私の顔を見て下卑た笑顔を見せた。

 

「見ろよ兄ちゃん。俺たちのねぐらに綺麗な姉ちゃんがいるぜ?」


「ああ、きっとこれは俺達への贈り物に違いない。」


「しかもあの姉ちゃんはエルフだぜ。噂には聞いていたが、驚くほどの美人だなあ。なあ? やっちまおうぜ?」


 無遠慮にいやらしい視線を向けながら、三人の男たちは私の話で盛り上がる。

 迂闊だった。ここは盗賊のねぐらであったのかもしれない。ここに至るまで誰一人目にしなかった事から油断してしまっていた。


「久しぶりに大金を手に入れた次は、こんな別嬪さんとのお楽しみタイムか。俺達はついてるなあ」


「兄貴兄貴。だけどあの女。男連れだぜ?」


「まあ待てよ。俺たちは泣く子も黙る名の知れた盗賊団だぜ? 上等な服を着ているのを見る限り、あの男は貴族様だ。命が惜しけりゃ亜人の女一人くらい差し出すさ。なあ。そうだろ?」


 盗賊を名乗る男達の提案に、ジャックが答える事はない。

 私はゆっくりと立ち上がり、腰に差した剣を抜いて構えた。


「引きなさい。この男に貴方たち程度の賊が勝つ見込みは万に一つだって無いわよ?」

 三人の男達を睨みつけると、男達は顔を見合わせて大きな声で笑い始めた。


「ぎゃっはっはっは! 随分と気の強い姉ちゃんだな! だがその男! ビビッて動けない様に見えるぜえ!?」

 兄貴と呼ばれた男はそう叫ぶと同時、腰の剣を抜いて素早く私に近づき、私の剣を弾き飛ばした。

 男の惰力に抗いきれず、私は剣を手放してしまう。


「おい! 女を抑えていろ!」

 兄貴と呼ばれた男が叫ぶと、控えていた二人の男達が私の腕を捕まえて動きを抑えた。


「なあ? ビビッて動けなくなった兄ちゃんよ。命が惜しけりゃわかるだろう?この女は置いていけ。そうすりゃ命だけは助けてやるって言ってんだ。」

 兄貴と呼ばれた男のふざけた提案に、腹が立った私は大声で叫ぶ。


「ジャックがそんな提案聞く訳ないでしょ! こんな盗賊共に生きる価値なんて無いわ! 殺してしまいなさいっ!」

 私がそう命令を下すと、ジャックは勢いよく立ち上がった。


 その姿に驚いて、三人の男達がたじろいだ。


「私は忠告してあげたのに、あんた達の命はここで終わりよ!」


 私が叫ぶとジャックはクルリと身を翻し、私達に背を向けて洞窟の入り口へと向かう。


「ぎゃあはははは! 驚かせるな! ビビッて逃げんじゃねえか! お前達! 今日はお楽しみだぜえ!」


「いやあああはっは!」


「え…?」

 私はその事に驚愕して男たちに抗うのをやめてしまう。まるで思いもよらない出来事に、何も聞こえなくなり、何も考えられなくなった。


 その瞬間私の着ていた服が背中から破られた。

 露になった私の背中を見て、男達が声を上げる。


「兄貴! こいつ奴隷紋が付いていやがる! あの男が逃げればこの女は死んじまう!」


「何だとっ! 街まで行くのは面倒だな。これ以上お預けは食らいたくねえ!」

 兄貴と呼ばれた男は、洞窟を後にしようと背中を向けるジャックの背中にナイフを突き立てた。

 背中から貫通して腹から飛び出したナイフを見て、ジャックは力なく膝をつき、洞窟の壁を背もたれにして座り込む。


 血を吐きながら咳き込むジャックの瞳からは、次第に光が消えていった。

それと同時に私の背中に燃えるような痛みが走る。おそらく奴隷紋が消えたのだろう。それはつまり、ジャックが死んでしまったという事を意味していた。


「おお! 流石兄貴だぜ! 女の奴隷紋が消えたぞ!」


「これで今夜はパーティーだなあ!」


 騒ぐ男達の声をどこか遠くに聞いて、私の頭の中は真っ白になっていた。


 これがこの旅の終わりなの? 私とジャックは心で繋がってはいなかったの? ジャックは私を見捨てて逃げようとしたの? 本気を出さなくても勝てる筈の男達と戦う事よりも、私を捨てて行く事を選んだの?


「なんで!? なんでっ!? やっぱり貴方もドラクルの人間だったの!? 答えてよっ! ジャック!! ジャック・サイコ・ドラクルっ!」

 私がジャックの元に駆け寄ろうと暴れると、男達は慌てて私を取り押さえる。


「おおっと! 落ち着けよ姉ちゃん! あの兄ちゃんは死んだんだ。俺達が代わりに愉しませてやるって。げっへっへ。」

 組み倒され、腕を抑えられるが、私は必死にもがき続ける。

 

 こんな悪夢があるのか。あの二人旅の間に私が感じていた物はなんだったのだ。私があの男に抱いていたあの感情は何だ! 心で通じ合っていると思っていたのは私だけだったのか。私の気持ちを…こんな形で踏みにじるなんて! これがドラクルか!? 私がお前達に何をしたっていうんだ。

 

「あああああああああああ!!」


 

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