第2話 アナザーワールドオンライン プレイ開始!
「キャアアアアアアアアア!!」
甲高い女性の叫び声に驚いて目を覚ます。どうやら俺は眠ってしまっていたようだ。
少し頭痛を覚えた俺は目頭を軽めに摘まんで頭を振った。頭の中でグワングワンと音が鳴っているようだ。
目頭から手を離してふと気付く。
何だか鉄臭い。口の中にはドロリとした感触と血の味が広がり、頭皮と服の中に大量の土が入り込んでいるようで気持ちが悪い。それにさっきの叫び声は何だ?
寝ぼけ眼のまま辺りを確認しようと顔を上げると、目の前で一人の女性が3人の男達に組伏せられ、それに抵抗しようと必死に足掻いているのが目に映る。
男達は下卑た笑いを浮かべながら、ズボンの中に手を入れて自らの股間をまさぐっている。
マジかよ…これって…そうだよな? 何で俺はこんな場所にいるんだ?
確か…。
俺は目の前の光景を見つめながら思案する。
確か俺は、アナザーワールドオンラインを起動してキャラクタークリエイトを終えた後、プレイ開始時間を待ちきれずに居眠りをしてしまったのだったか。
自らの身体を確認すると、キャラクタークリエイトで作ったキャラクターのジャックが、キャラクタークリエイト終了と同時に着ていた物と同じ衣服を着ているのに気付く。
何故か白シャツのお腹の部分は真っ赤に染まっていて、その中心にはザックリと穴が空いていた。
その穴から覗く肌に傷は付いていないが、衣服や周りに広がる血溜まりと辺りの雰囲気から、目の前に転がっているナイフで腹でも刺されてしまったようだ。
自らと周囲の様子を窺ってから、顎に手を当てて考える。
ははーん。なるほど…だんだんわかってきたぞ。
そういえばこのアナザーワールドオンラインは、UIやプレイヤーに対する説明等が不親切、むしろそういった物は全くないのだとも評されていた。運営によればそれは、より異世界の現実感を肌で感じてほしいからだと言っていたが。
まさか、いきなり戦闘チュートリアルに飛ばされるとは…。
いや、そういえばプレイヤー毎にゲームの導入部分、つまり物語の始まりも全く違うものになっていると言っていたか。
俺の場合はこのパターンだったというわけだ。
三人の薄汚い男達。そいつらに組伏せられているのは、肌が浅黒く、髪は銀色で耳先が長く尖っている女性。あれは多分ダークエルフかな?
ジャンルはファンタジーMMORPGだし多分そうだろう。
エルフがいるとは運営も分かっているじゃないか。
うんうん。と一人頷いてから、空想する。
俺の場合の物語導入部分は恐らくこうだ。
主人公である俺ジャックは、この洞窟の中に引き摺り込まれようとしているダークエルフの女性を見つける。それを助けようと薄汚い男達に闘いを挑むが、返り討ちにあって腹部にナイフを刺され、倒れてしまう。
男達は俺を殺したと思いこみ、ダークエルフの女性を手込めにしようと夢中になっているが、そうはいかない。
主人公である俺は実はまだ生きていて、この山賊風の男達を打ち倒し、ダークエルフの女性を助ける。男達を倒して上手く立ち回れば、ゲームの住人であるかもしれない彼女を、仲間にすることも可能なのだろうか?
そこまで考えて、改めて周りを見て俺は心の底から感動する。
異世界に降り立ったような錯覚を覚えると評されていたが、ハッキリ言ってそんなレベルじゃない!
これって本当に降り立っているんじゃないか!?
衣服や髪の毛の間に入り込んだ砂はざらざらと気持ちの悪い感触がハッキリと解るし、口の中に広がる血の味や匂いだってそうだ。
薄暗い洞窟の中は洞窟の真ん中の焚火に照らされていて、壁に積み上げられた岩は苔生している。手を伸ばせばその苔に触れることも出来て、湿ってヌルヌルとした感触もしっかりと感じられた。
それにジメジメとした洞窟の中で争っている女と男たちのせいか、周囲にムンムンと立ち込める熱気。男達は何日も風呂に入っていないのだろうか、むせ返る様なその臭いだってハッキリと感じる。
これがVRゲーム。なんて素晴らしいんだ!
おっと! 思案している場合ではなかった。こうしている間にも女性の貞操に危機が迫っているのだった。
チュートリアルであるためか、山賊風の男達は女性に夢中で、未だに俺が目覚めた事に気が付いてはいない。
相変わらず操作のナビゲーション等が出る気配はないし、実際に身体を動かしてみて、このゲームでの身体の動かし方、操作感覚を身に付けろということなのだろう。
女性がこれ以上嫌な思いをする前に、先ずは行動を起こしてみるべきだ。
悪即斬。悪党など問答無用で即刻斬り捨ててやろう。
俺は静かに深呼吸をすると、男達になるべく気付かれないようにゆっくりと立ち上がり、目の前に転がっていた刃渡りが30cm以上はありそうなナイフを拾いあげる。
その時に踏み込んだ土の音が、ジリリと洞窟の中に響くが、ダークエルフの女性が暴れていてそれよりも大きな音を立てているおかげで、どうやらまだ暴漢たちに俺のことはバレてはいないようだ。
これがゲームだとわかっているのに、戦闘の予感に胸の鼓動は速くなり、ガクガクと足が震える。
こ、怖えー…緊張する。
意図せず乱れた呼吸を整えようと深呼吸をして頷き、自らを奮い立たせると、女性に股がり今まさに自らの物をズボンの中から取り出した大男へと一気に詰め寄り、思い切り振りかぶったナイフを後頭部に向かって突き立てた。
「ぐぼぇっはぇっ!!」
後頭部にナイフを突き立てられた男は声にならない呻き声を上げると、ゆっくりと振り返り、鬼の形相で俺を睨み付け、そのまま横向けに倒れて、白目を剥いて泡を吹き痙攣しだした。
後頭部に刺したナイフが男の口からその刃先を覗かせ、焚火の火の明かりによって照らされたそれが、男の吐いた血と唾液によって、ヌメヌメと光っている。
その光景を見た俺は、突き立てたナイフの感触の残る右手を大きく震わせながら、「おえぇぇぇぇっ!」と、思い切り嘔吐した。
痙攣する男の顔面に俺の吐瀉物がふりかかり、血の中で呻く男とその光景に、更に連続で吐いてしまう。
何だこれっ!? いくらなんでもリアル過ぎるだろっ! 人体をナイフで突き刺す感触の表現は必要なのか? 辺りに広がる血の匂いと、俺の吐いた吐瀉物のすえた匂いを感じさせる意味はあるのか?
「あ、兄貴! 嘘だろ! 目を覚ましてくれ!」
「兄貴がやられるなんて嘘だっ! 兄貴っ!」
俺が口を抑えて蹲っていると、呆気に取られて固まっていた他の二人の男が叫び声を上げた。
そうだ。蹲っている場合ではない。敵はあと二人もいるのだ。
「はっ! はぁっ! はっ!」
俺の身体は未だに全身がガタガタと震えていて動くことがままならない、腰が抜けて呼吸も乱れ、それを整えることも出来ずに焦りを感じる。
「畜生っ!」
未だ立っている男のうちの一人が腰に差した剣を抜き、俺へと切りかかるためにその刀身を振り上げる。
「う、うわぁああああ!」
俺は何とか後方へと転がってそれを避けると、涙で霞む視界を彷徨わせて武器を探す。
死にたくないっ! 死にたくないっ!
あまりにもリアルな光景に、俺は身体を震わせ無様に這いつくばりながらも、武器を探して手を伸ばす。
思い切り剣を振り下ろした男が力の向いたままに躓いて転がっているのを横目に、俺は先程刺し殺した男の腰の鞘から剣を抜いて何とか立ち上がる。
と、その隣で未だに男の死体を見て呆けたままだったもう一人の男と目が合う。
「あああああああ!」
恐怖に駆られて動揺していた俺は、そのまま手に持った剣を横薙ぎに振るった。
勢い良く剣を振り抜くと、剣を振り抜いた先の壁にピシャシャッ!と音が響き、大量の真っ赤な血がこびりつく。
がむしゃらに振り抜いた剣は、男の首を捉えて斬っていた。
男は斬られた首を押さえる、規則的にピャッピャと血が溢れだし、飛び散ったそれらが俺の顔面を汚す。
首を斬られた男は大量の血を吹き出しながらも、俺を睨みながらくずおれた。
「ああああああああああ!! きさまぁぁぁ!!」
俺に斬りかかり転がっていた男は、その光景を見て更に叫び声を上げ、俺を殺そうと立ち上がろうとしている。
駄目だ! 駄目だ! 駄目だっ!
男が立ち上がれば俺は確実に殺される。運良く避ける事などそう何度も出来はしないだろう。
打ち合えば、惰力の高そうな男に容易に切り伏せられる自分の姿が簡単に想像出来る。
男は大きく突き出た腹が邪魔なようで、その動きは見た目通りやはり鈍重だ。
俺は形振り構わず男に向かって踏み込むと、足をもつれさせ躓き倒れながらも、男の顔面に剣を突き立てた。体重の乗った勢いのある剣は男の右目に深く突き刺さる。
「がべぁっ! かひゅ…」
突き立てた剣が男の右目から後頭部へと抜け、またも手に伝わる気持ちの悪い感触ごと剣から手を離すと、男は奇妙な声を漏らしながらうつ伏せに倒れ込み、洞窟の中には静寂が訪れる。
あっという間の戦闘体験だった。
か、勝ったのか…? チュートリアルで相手が弱かったのだろうが、良く良く考えてみれば、初めての戦闘で3人の男を相手に立ち回れた事は、とても凄いのではないのだろうか。
精神的に来るものがあったし、物凄くキツイ闘いだった。慣れない感覚に、大分取り乱してもいた。
だがどういう経緯があれ、結果的には此方は傷ひとつ負わずに一方的に闘いを終わらせることが出来たのだ。上手くチュートリアルをこなせたのでは無いだろうか。
「おえぇぇぇぇっ!」
そこまで考えて、俺は胃の中にあるものを全て吐き出す勢いで、再び吐瀉物を撒き散らす。
辺りに転がる暴漢達の死体が、立ち込める血の濃い臭いが、未だ手に残る剣で人を斬りつけ突き刺した感触が、俺が男達を殺した事を物語っている。
なんてクソゲーだ。リアルを追及し過ぎだ。本当に殺人を犯してしまったような感覚に捕らわれ続けてしまう。治まらない吐き気のせいで気分も悪い。
ログアウトしてもう二度と起動してやるもんか。
そこまで考えて、俺は暴漢達に襲われていたダークエルフの女性の事を思い出す。そういえば彼女は…。
確認しようと振り返ると同時に、そのダークエルフの女性が叫び声を上げながら大きな槌を構えた。
「この腐れ外道がっ! 死にさらせぇぇぇえっっ!」
女性はその美しく整った顔を憎しみに歪め、俺の側頭部目掛けて大槌を振るう。
体力も気力も果て、全く意味の理解できない俺は、その光景を見ながら、頭に走る衝撃に意識を手放すのだった。
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