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魔導の残骸  作者: 清澄 武
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第29話 燐子


 どこか遠くからとてつもなく強い魔力が近づいてくる。それも凄まじい速さで。

 何者だ……?


「行こう律火! ここは危険だ!」


 私の手を強く引っ張り、ネロアがこの場を飛び立とうとする。なんだか妙に慌てている。ここへ向かってくる異常な魔力と関係が? まさか……敵?


「どうしたのネロア。なにか心当たりでも――」

「いいから急いで!」


 ネロアの有無を言わせぬ叫びが私の言葉をかき消した。そのただならぬ様子にそれ以上追及するのをやめた。


「……わかった。行きましょう」


 ネロアはなにかを隠してる。それがなにかはわからない。……できれば追求したかったけど。この場所が危険なのも事実。一刻も早く逃げたほうがいい。だけど……。あんな攻撃が飛んでくるならどこにいたって……。……やめよう。とにかく今はここを離れないと。


 グラウンドの上空では、巨大な黒い怪物が街めがけて光をまき散らしている。楕円の片側が口のように割れた歪なフォルム。口の上部にある、どこを見ているかわからない、巨大で不気味な瞳。巨大な口に膨大な魔力の光が収束する。それが、咆哮と共に街へ放たれる。大地は引き裂かれ、もはや街は見る影もない。私たちの前には惨状が広がっていた。

 ……とにかく今は、急いでつぐの元へ。


「こんにちは」


 飛び立とうとした時、不意に背後から無機質な声をかけられ、私はびくりと肩をすくめた。

 慌てて振り返ると、見知らぬ少女がそこにいた。

 まるで気配がなかった。いったい、いつの間に……。


 背中まで青い髪を垂らした少女は、同色の瞳でこちらを見据える。その表情からはなにを考えているのかまったく読み取れない。どことなく無機質な顔だと思った。


 私は無意識のうちに少女の魔力を探っていた。なぜそんなことをしたのかはわからない。なぜか反射的にそうしていた。

 なんだ、これ……。

 少女の全身からは異常とも言えるほどのとてつもない魔力が溢れ出している。私やつぐとは次元そのものが違う常軌を逸した莫大な魔力。何者だ、この子。

 この魔力、さっき感じたこちらへ向かっていた魔力だ。あの膨大な魔力はこの子のものだったのか。この子も魔法使い……なの? でもそれにしては魔力が強すぎる……。


燐子りんね……」

「久しぶり。ネロア」


 つぶやくように小さくその名を漏らしたネロアへ、青い髪の少女は無機質な顔で返した。


「……知り合い?」


 私の問いかけに、ネロアは俯いたままなにも答えなかった。

 怪物の咆哮が、また街を焼き尽くした。



 自分はどこか周りの人間と違う。おそらくは悪い意味で。

 物心ついた燐子が最初に感じたのは違和感だった。

 それは薄らぼんやりとしたもので、うまく言葉にできないけれど、たしかに存在した。

 始めは小さかった違和感は歳を重ねるほどに否定できないほどに大きくなっていった。


 燐子が周囲との差を明確に確信したのは、小学五年生のある日のことだった。

 燐子の隣に座る男の子がなにかを口にした。

 男の子の言葉に周りのクラスメイト達がクスクスと笑い出すのを見て、


(ああ、この子は今、なにか面白いことを言ったんだな)


 と心の中で判断した。


 なにが面白いのか微塵も理解できない燐子だったが、柄にもなく周りの子に合わせて笑ってみた。なぜそんなことをしたのか。今となっては覚えてもいなかった。たぶんなにかの気まぐれだろう。意味なんてない。

 燐子が笑うと、周りは微妙な雰囲気になった。


「はは……。やめろよ。美咲みさきさん困ってるじゃん」

「ごめん……」


 なぜか笑いを取ったはずの男の子に謝られ、燐子は「いえ」とだけ返した。

 急に静まり返るクラスメイト達。その様子に、


(なにか間違えてしまったのかな。ただ笑っただけだけど)


 燐子はなぜ謝られたのかもわからないまま、口を閉ざした。


 家に帰ってから鏡の前で一人笑ってみた。

 とても笑顔とは言えない歪な顔がそこにあった。


(ひどい顔)


 燐子は感情を現すのがとにかく苦手だった。

 それ以来、少女は学校から帰宅する度に鏡の前で笑顔の練習をした。一日も欠かすことはなかった。なぜか? なんとなくそれが大切なことのような気がしたからだ。

 毎日毎日、帰宅するたびすぐに鏡の前に立った。

 練習時間に反比例して、なかなか成長しなかった。


 学校の休み時間。

 生徒たちはたわいもないことを語り合い、笑いあう。

 そんなクラスメイト達を無表情に見つめながら、燐子は疑問に思う。

 彼らはなぜ笑うんだろう。

 なぜああも自然に他人と仲良くできるんだろう。

 燐子にはそれが理解できなかった。


 どこか傍観者のような自分。人の中にいて人の輪に加われない自分。

 周囲の人間がまるで役者のように見えた。

 自分以外の全員が劇をしていて、観客は自分一人。

 毎日毎日、観客席から彼らを眺め、自分が交わることは決してない。観客は舞台に立たない。

 奇妙な気分だった。

 そんな気持ちで燐子は毎日を過ごした。


 特別、疎外されていたというわけでもない。

 なのに感じる疎外感。

 自身の能力では解決不能なその感情。

 友達と呼べるような相手は一人もいなかった。

 うまく言葉にできない居心地の悪さ。

 人の中にいて孤独を感じた。


 学校へ行く。学校から帰る。鏡の前へ行く。笑ってみる。うまくいかない。観劇に明け暮れる日々。

 そんなことをしているうちに時は流れ、中学に上がった。

 ちょうどその頃だった。

 燐子がネロアと出会ったのは。



 燐子の住む、ここ三倉池さくらいけ市の外れには、廃墟となった洋館がある。

 数年前まで町屋まちやという富豪の一家が住んでいたらしいが、彼らはある日を境に、こつぜんと姿を消した。街の人々は一家の行方を口々に噂したが、真相はわからずじまい。一時は全国区のニュースになったこともあるが、それもすぐに忘れ去られた。

 それからしばらくした頃、すでに廃墟となっていた町屋屋敷に、幽霊が出るという噂が立った。


 そのせいもあってか、ただでさえ人の寄り付かなかった屋敷に近寄ろうとするものは、さらに減った。

 まるで手入れされていない家は老朽化が著しく、庭では雑草が伸び放題のひどい有様だった。

 そんな町屋屋敷に一人の少女の影。

 青い髪を背中まで垂らした少女――美咲燐子は屋敷の前に立ち、その全貌を静かに眺めていた。

 ノブを回すと立派な木製扉が軋む音を立てて開き、中から闇が漏れる。。少女は扉の隙間から暗闇の中に姿を消した。


 燐子は数日前からこの館に入り浸っていた。

 きっかけは、たぶんただの好奇心。

 幽霊が出るらしいというので、学校帰りに忍び込んでみた。

 結果は退屈なものだった。

 幽霊などと呼べるような存在に出会えることもなく、噂は噂でしかないことを確認しただけ。

 こんなものかと落胆もしたが、反面、発見もあった。


 ここは街の外れということもあり、街中と比べて格段に静かだった。しかも今は幽霊の噂のため、近づくものなどまずいない。

 人のいないこの屋敷にいると、燐子は不思議と心が落ち着いた。

 幽霊はいなかったけど、ちょうどいい憩いの場を見つけられたのは燐子にとってラッキーな出来事だった。


 電気が通っていないため、館の一階は目が慣れるまでは歩くのもままならないほどに暗い。しかし二階に上がれば廊下に張り巡らされた窓から陽の光が差し込み、十分な光量があった。

 窓の下の壁に背を預け、陽が落ちるまで本を読んだりスマホを触ったりして時間を潰すのが、最近の日課になっていた。


 壁に背を預けてスマホの画面に視線を落としていた燐子が、不意に廊下の奥を見た。


「……?」


 たまたま視界の隅に感じた微かな違和感。

 窓から夕陽が入るとはいえ廊下の奥は薄暗く、見通しは悪い。


(なんだろう)


 違和感の正体を調べるため廊下の奥までやってきた燐子は、


(……気のせい? なにかが見えた気がしたんだけど)


 その場を去ろうとした時、燐子はそれに気づき、みぞおちの高さに視線を落とした。

 そこにあったのはソフトボール大の黒い球体。穴のようにも見えるそれが、ただ静かに浮かんでいた。


「これは……」


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